第4話「採用通告」
私はカートライト団長より二人で相談するからと伝えられたので退室し、通された応接室に緊張しながら彼らの判断を待っていた。
雇って欲しい……もう、祈ることしか出来ないけれど。
ライルは平の竜騎士で自分には権限はないと言ってはいたけれど、長年知っていて、信頼することが出来る彼が同じ場所に居てくれるなら私にとっては確かに心強い。
ああ……今朝。紹介状を片手に出て行ってしまった使用人たちは、私がまさかこんなことになっているなんて誰も思わないはずだ。
けれど、お父様だって短期間のうちに色々あってだいぶ追い詰められていたと思うし、借金を返さなければいった気持ちが先行して、娘と息子を置いていくという選択をしたのだろう。
同情の余地はある……お父様は、一夜にしてすべてを失ったのよ。
そんな悲劇があったのだから、少々行動がおかしくなっても仕方ないのよ。突如として、家族解散宣言をしてしまうくらいね。
私は彼らが下す決断を待って、とても緊張していた。
ここでカートライト団長に断られてしまう事だって、容易に考えられた。雇ってもらいたいけれど、それは私の希望だし、彼らはそれを受け入れなければならないという決まりはない。
やがて、カートライト団長と共に居た金髪の男性が一人で応接室へと現れた。
いよいよ……雇ってもらえるかどうか、判明するのね。
緊張で両手を握った私を安心させるようにして、彼はにこやかに微笑んだ。
「……団長ユーシスは貴女をここで雇っても良いと、言っておりました。良かったですね。グレンジャー伯爵令嬢。僕はセオドア・オブライエン。アレイスター竜騎士団の副団長を務めております。どうぞお気軽に、セオドアとお呼びください」
先ほどカートライト団長の背後に居た彼は、副団長だったようだった。
「私もウェンディで構いません! セオドア様。私の希望にお口添えしていただきまして、本当にありがとうございました」
私はパッと立ち上がり、背の高い彼に何度か頭を下げた。
……良かった! これで、アレイスター竜騎士団で私も働くことが出来るわ。
これは働くことについてのほんの第一段階目突破だとわかっているけれど、さっきまで九割方断られてしまうのではないかと不安だったから、感極まって思わず涙目になってしまった。
私にとってはこの上ない安全な働き先よ。ここを紹介してくれたライルだって、居てくれるもの。彼を頼れるというのも大きいわ。
「様は要りませんよ。ウェンディ。それでは、僕らは同僚ということになりますね」
「あ……では、セオドア副団長ですか?」
「いえいえ。セオドアで構いませんよ。僕も、ウェンディと同じなのですから」
私は彼の意味ありげな言葉を聞いて、首を傾げた。竜騎士は貴族の血を持っているか、それとも、王族の血を持っているかに限られる。
そういえば……さっき聞いた、彼の名前のオブライエン……オブライエンというと、あの公爵家の?
「まあ……! セオドアはオブライエン公爵家の方でしたか! 大変、失礼しました。私は社交界デビューもまだで、あまり皆様の顔も知らず、本当に申し訳ありません」
オブライエン公爵家は王家に近く、古い歴史を持つ高位貴族だ。公爵家の名を持つ彼の顔も名前も知らず、粗相をしてしまったと慌てた私にセオドアは苦笑した。
「いえいえ。僕も社交界にはあまり顔を出さないですし、ウェンディが顔を知らなくて当然です。社交界デビュー前ですか……すぐに良き縁談が決まりそうだったのに、残念でしたね」
セオドアは非常に心苦しいと言わんばかりに胸に手を置いたけれど、私はその言葉に首を横に振った。
「いえ……なかった未来を悔やんでも仕方ないですわ。無意味ですもの」
「……おや。なんだか、僕の思っていた方ではなかったようですね」
私がはにかんでそう言えば、セオドアは顎に手を当てて言った。
「……え?」
真顔で彼が言った言葉の意味を、理解出来なかった私は不思議に思い首を傾げた。
「いえ。何でもありませんよ。それでは、ウェンディの職場へと案内しますね」
ぽかんとした私を置いて、さっさと廊下に出る彼を慌てて追った。
「……大変ですが、頑張ってくださいね」
「はいっ……! 無理を言って働かせて頂けるのですから、当然のことです」
私の言葉を聞いてセオドアは一瞬振り返り、良い笑顔で微笑んだ。
「とても良い心がけですね」
私たちはそれから長い廊下を歩き、騎士団の建物の隣にある、大きな建物にたどり着いた。
セオドアが重い扉を開ければ、空気が篭っていたのかムッとした熱気が伝わった。
……何かしら?
「僕もウェンディに働いてもらえて、とても嬉しいです。それでは、君にはこちらで働いてもらうことになります……」
私は先に中に入ったセオドアに続き、建物内部へと入った。
そこに居たのは、床に敷かれた金色の藁の上で寝たり遊んだりしている色とりどりの可愛い子竜たち。まだ孵っていない大きな白い卵も孵化中なのか、柔らかそうな毛布に包まれて奥に見えた。
「わあ……なんて可愛いの」
私がその光景をパッと見て思ったのは、これだった。
建物の中に居る沢山の子竜たちは、とても可愛い。属性の色なのか、色とりどりの鱗を持ち、幼い彼らはまるまるとしていて、竜というよりも、まるで大きなぬいぐるみのようだった。
ごろんと丸まって眠る寝顔だったり、何か楽しそうな声をあげていたり……大きな硝子瓶でミルクを飲んでいたり。そして、首には同じ赤いリボンが巻かれていた。
「それでは、ウェンディには、この子竜たちの世話をする、『子竜守』をお願いしようと思います」
「『子竜守』……っ、ですか!?」
私は初めて聞く単語を聞いて驚き、そして、私の声に反応したのか可愛い鳴き声を一斉にあげた子竜たちを見て、思わず微笑んでしまった。
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