第3話「説得」
「……それで、竜騎士ライル・フォンタンの紹介で、このアレイスター竜騎士団で働きたいと?」
何とかアレイスター竜騎士団で働きたい事情を言い終えた私は、座ったままで先ほど私が慌てて書いた書類を片手に持つ男性から鋭い眼差しで睨まれていた。
それは比喩的表現のはずなのに、触れれば切れてしまいそうな刃物のような視線とは、この事なのかもしれない。檻の中に居る肉食の猛獣に獲物として、見定められているような……そんな気分。
誰かからそんな視線を向けられることが産まれて初めての私は、内心冷や汗をかきつつ、とても居心地が悪かった。
逃げ出したいけれど、逃げられない。
だって、私はどうしても……ここでの、アレイスター竜騎士団での仕事が欲しいもの。姉がお金もない無職だと知ればリシャールが、貴族学校から私の元に戻って来てしまう。
それだけは、避けたかった。
目の前の、立派な机に座っている男性。このアレイスター竜騎士団の騎士団長に、どうにかお願いして縋ってでもここで雇ってもらわなければ。
彼の名前は有名なアレイスター竜騎士団長ユーシス・カートライト。
黒い髪に涼やかな青い目を持つ精悍で整った美形の男性で、何故かとある貴族の傍流の血筋であるのに、現在竜騎士としての資格を持つ何人かの王族たちよりも、竜力を自在に引き出すことが出来るのだと言う。
竜騎士団に属する竜騎士たちは皆貴族で、古えの竜の末裔だというディルクージュ王国の王より、叙爵されることで与えられる竜力という力を持っていた。
私も貴族なので、使ったことは無いけれど竜力を持っている……はずだ。だって、これまで必要がないから、使うこともなければ、その存在を感じるような事もなかった。
竜力がある貴族の証として、私にはグレンジャー伯爵家の紋章が心臓上に刻まれている。
そして、最年少で国最大規模を誇るアレイスター竜騎士団団長を任されたというユーシス・カートライトは、あらゆる面で特別な竜騎士で、私もこれまでは名前を噂を聞いていただけだった。
けれど……目の前にすると、こんなにも圧が強い男性だとは思わなかった。
「……そうです。何か私に任せられそうな職があれば、是非雇っていただければと思います」
彼が放つ強い圧への緊張感に押しつぶされてしまいそうになりつつ、どうにか声を絞り出して頷き、再度目の前に居る二人の男性を見た。
そんなカートライト団長の後ろには、何故だか私に向けて楽しそうに微笑む金髪青目の男性が居た。
彼はカートライト団長とは真逆とも言える、優しそうで柔和な容姿を持っていた。
「ユーシス。別に良いじゃないか。彼女を雇ってあげなよ」
「おい。セオドア。適当な口を挟むな」
セオドアと呼ばれた男性は、カートライト団長の言葉を聞いて、やれやれと額に手を置いた。
「事情を聞いただろう? 若い身空でたった一人になってしまって。可哀想だよ」
「……その理由で人助けをしていたら、俺の身が持たない」
「おいおい。それに、彼女は君がご希望の、珍しい働きたい貴族女性だよ? 僕たち、ずっと探していたじゃないか。ジリオラの後釜にピッタリ!」
「……若過ぎる。しかも、未婚だ」
「その程度……ほんの誤差の範囲内だよ。見てみなよ。ライルがどうしても放って置けないとここへ連れてきた理由がわかるよ。今まで働くことに無縁だった貴族令嬢が、たった一人でこんな風に、働く先を探しているなんて! 聞けば、誰もが涙する悲劇だよ……彼女をここで見捨ててしまうことは、騎士道に反する悪い行いだと思うね」
芝居がかった仕草で両手を動かした彼は言い、カートライト団長は顔に難しい表情を浮かべた。
「しかし……何のために、今まで長年若い女性を雇わずに、ここまで来たと思っているんだ」
私を雇ってあげればと言ってくれた彼に、カートライト団長は真面目な顔で首を横に振った。
「それは、前時代的な遺物と言えるあの『恋愛禁止』があるからだろう?」
「……まあ、そうだな」
渋い表情を浮かべたまま、カートライト団長は頷いた。
「彼女は見るからに真面目そうな性格で、お育ちの良い貴族令嬢だ。僕たちのような竜騎士ならばそれなりの稼ぎを持っているし、もし騎士団の中の誰かと結婚することになり、仕事をすることなく生きていけるようになるならば、彼女にとっても良いことじゃないか。お祝い事だ。誰も困らない」
まあ……そうなの。恋愛禁止だったのね。全く知らなかったわ。アレイスター竜騎士団。
私はただ生きていくためにお金を稼ぐための働き先を探していただけで、職場での恋愛を望むなど考えもしなかったから、恋愛禁止であったとしても、それは何の問題もないわ。
「あのっ……私は恋愛なんて、するつもりはありませんし……他の方々に迷惑をかけぬように、一生懸命に働きます。だから、どうかお願いします。私を雇ってください!」
私は両手を組んで祈るようにお願いして、彼ら二人は黙ったままで、互いの意志を確認するように目を合わせた。
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