久乙矢「エンケラドゥスの夜明けの魚」への感想。
春葉節
「エンケラドゥスの夜明けの魚」感想。
このレビューはanon pressに2024年12月25日より公開されている、久乙矢「エンケラドゥスの夜明けの魚」についての感想です。
作品を読まれていない方には何の話なのかさっぱりだと思いますので、是非、読んで頂きたいです。
この作品は、公開以前に下読みとして感想を述べ、執筆者と軽い意見交換をしたことがあります。
その当時の読解はどうにも浅かったと反省しつつ、今回は感想を改めようと思います。
久乙矢さんの作品に触れたのは「さなコン2」に投稿されていた「丹色の星火」が初めてでした。
「そうして人類は永遠の眠りについた。」をお題文としてコールドスリープという月並みな発想に陥りがちな中で、久さんは武田騎馬軍の落ち武者二人が非ヘテロな関係と言葉を交わし、それによって知性を伴った構造体が目覚め、宇宙的な規模で全て(人類や文明にとどまらない)を呑み込み拡張していく中、もう一度、超空洞に人類を見出し共生関係を築く。
「そうして人類は永遠の眠りについた。」のだ。
はっきり言って、未だに理解が及ばない部分がある小説ですね。
でも、圧倒的な創造力、豊かな筆致、言葉にするのも難しい力で駆動する物語が、私を魅了したのです。
じゃあ今回はどういった感想を抱いたか?
「創造力」について。
人間が地球外の空間に踏み出すことは、地球環境という揺り籠のバランス取りとは違い、全く適していない環境での生存が求められると思います。
そのサバイバルの基本的な要素として「食事」があります。
この話は地球外のアミノ酸に生命を見出し、仮想シミュレーションの結果、食べ物にまで状況を進めた世界観になっています。
食一つとっても大事な宇宙環境に、人類がどう適応していくか、そのエスカレーションが話の根幹に関わっていることが、徐々に明かされ……。
魅力的な食事シーンには地球外の「海鳥」「蟹」「味噌汁」「酒」などが現れます。フレーバーテキストと言えばそこまでですが、食を題材にする小説にその魅力が備わっていなければ、台無しでしょう。
実は以前の指摘で、食べ物の名前が全てルビになっていたのですが、その時は目が滑ってしまって大変な思いをしました。
一工夫変えるだけで非常に読みやすく魅力的になっていて驚きました。
「筆致」について
相変わらず、上手すぎるっぴ☆
本文引用「氷原には、真鍮色の柱が一条穿たれていた。柱の肌は赤錆に覆われ、吹き付ける氷雪に侵されていたが、大地に真っ直ぐ屹立し、氷原にくっきりと影を投げかけている。その根元に這う何台もの作業車たちは、柱の巨きさに比べれば粒のように小さい。」
これは惑星規模の「釣り竿」を冒頭で描写している文です。
表現力で、開幕から心をざわつかせてくる。
作者の上手さに、私はこの文だけでやられている感はあります。
コロニーの表現もあまり盛らずに端的で、読み手の想像力をかき立てつつ、地球の外側の話だと頷かせる説得力を感じさせます。
「大局に抗えない話」だと以前のverでは感じたが……。
実は、実は、の大ネタが明かされるのは、後半ではあるのでネタバレは避けますが、文明崩壊レベルの問題に物語は踏み込んでいきます。
その解決の糸口がほんの少し見えたところで、物語は幕を閉じます。
抗えない大局と決着が着くのは、今ではないが、長い長い、いつかを感じさせるだけで十分に感じました。
「不利な大局が安易ではないか? もう少しWhyを捻るべきでは?」
これは「丹色の星火」がぶっ飛びまくっている事と比べると、今作は意外と地味で現実的なSFにおさまっています。
以前の下読みで感じて突いて出た言葉でしたが、改めて読むと、あまり気にならなくなっていました。
こちらの気の持ちようなのか、あるいは改稿による印象の変化なのか判断がつかないですが、いずれにせよ引っかかりは薄くなっていました。
「主人公はヒーローに見えるか?」
この物語の主人公は、強い意志で苦難に立ち向かえる人物であることが後半で明かされます。
まぁ、その前にもハイスペックなところは窺えます。
でも何せ、ハゲた中年太りの男性というフィクション的な都合の良さを書いていないあたりが、以前に少し引っかかったのです。
でも今回の感想としては、ヒロインにとって主人公は代えがたいヒーローであり、不利な大局を乗り越えるのに必要不可欠な人間だと表現されています。
フィクションらしい都合の良さ、よりも物語の誰にとってヒーローらしいか、が重要なのでしょう。
「まとめ」
知り合いの書き手では最推しが、年末に突然anon pressに掲載され驚きましたが、以前の下読みより納得感、読み味、読後感の全てが洗練され上手く働いた印象でした。
欲を言うなら。
久さん、新作もっと読ませてください。 以上
久乙矢「エンケラドゥスの夜明けの魚」への感想。 春葉節 @HALdesu
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