第4話 BIRDS OF A FEATHER
ルールが惑星アルゴノーツに来てから1ヶ月。
間に短い休日を挟みつつも、日々の釣果は上々で、この調子なら今期の目標回収量は簡単に達成できそうだ。
今日も今日とて潜水艇の2人は、海底6000mを這っている。
「静かですねぇ」
「だからってくっちゃべるな」
少しばかり軟化したコウの態度は、しかし相変わらず謹厳である。
もちろん、ルールの方も負けはしないのだが。
「じゃあ、喋る代わりに歌っちゃいますか!」
「やめろ」
「ああ~♪ 遠く果ての星~♪ 見知らぬ世界に君はいる~♪」
「や、め、ろ! このどヘタクソ」
軽い取っ組み合いになりはしても、狭い潜水艇。しかも底部に動力素を抱えたままでは、さしてはしゃぎまわるわけにもいかない。
ルールは早々に歌を止め、コウは振り上げた拳を降ろした。
静かになった潜水艇の中、ふう、と吐いたルールの息の音が妙に耳につく。
だが、暗い海はすぐに、夜のようにそんな小さな音を搔き消していった。
周囲を見回し、ふとその物寂しさが口につく。
「深海に1人で潜るのは、怖くはありませんでしたか」
「怖い? なにがだ。幽霊か、怪物か? 妹(セツ)のことなら、別に、この潜水艇で死んだ訳じゃない」
「そりゃそうですよ、事故のあった潜水艇はバラバラになって発見されその後廃棄……いえ、そういう話じゃなくて。1人きりで孤独とか、寂しさとか」
「こっちにいても上にいても、どうせ1人だ。何人か相棒は来たが、どいつも邪魔なだけだった。なら、どこにいたって変わりはしない……5年前から、ずっとそうだ」
「また、そんな」
普段はこんなことで怖気づかないルールの方が、慌てて距離を離しかけた。
コウは顔色一つ変えないまま、モニターを見つめている。
「生き残った者の義務だ。事故の後、俺はさんざん原因を探した。セツからの最後の通信が、ちょうどこの辺りだ」
「ああ、資料で見ました。最後に通信を受け取ったのはあなたでしたね、コウ」
ルールの言葉に、コウは頷く。
「だから、なにかあったとしたならここだろう。だが、それらしいものはなにもなかった。この周辺に谷はない。仲間たちの腕は確かで、動力素をぶちまけるなんて操作を誤ることもない。機械腕が岩に引っかかったとか、バスケットが泥に絡まったとか、トラブルがあったなら最後の通信でセツがそう言ったはずだ。通信が突然途切れるまで、セツはいつもの明るい声だった。俺には言えないなにかを抱えていたのでは、なんて何度も言われたが、声を聞けばわかる。あれから何度も聞いたが、あいつはなにも気づいちゃいなかった。気づかないまま――事故にあった」
声に悔しさがにじんでいる。
そのことに気づかないふりで、ルールは踏み込んだ話をすることにした。
「最後の通信は録音されていて、その現物はあなたがまだ持っているんでしたよね? 文字に起こしたものは資料として目を通しましたが、現物は確認できてなかったな」
「……聞きたいか」
「ぜひ。なにか発見があるかもしれませんし」
「上に戻ったら貸してやる。だが、そうだな……せっかくならここで聞いてみるか。あいつと同じ状況で聞いたら、俺もなにか気づくことがあるかもしれん」
胸ポケットからするりとその録音データが出てきたことに、少しばかりルールは驚いた。
だが、それが写真と同じ場所にしまわれていたことに気づいて、何も言わないことにした。
コウ・アマガイにとって、きっとそこは彼女の思い出をしまう場所なのだろうと理解したからだ。
艇内の小型コンピューターに携帯メモリを読ませる。
すぐに録音データは解凍され、5年前の音声を流し始めた。
『もしもし、コウ? こっちは好調よ。10年採りまくっても回収すべき動力素はまだまだたくさんありそう。しばらくはあたしたち、食いっぱぐれないわ。ねえ、どうする? 次のボーナスが出たら、どこに行きたい?』
『調子がいいわね、まったく。そうね……行き先なら静かな場所がいい。広々とした草原みたいなところ。大事な人と一緒に』
『えぇ、海でしょ! ちゃんと砂浜とかビーチは欲しいけど、青い海と輝く太陽……見てたらやっぱりリゾートしたいでしょ!』
『海か……泳ぐだけならここでもできるが』
『やだぁ、この辺の海なんて足つかないし、疲れるばっかりだもん』
『おい、お前ら。無駄話ばかりしないで、仕事はちゃんと進めておけよ』
『そうよ、どんな夢を見るのも勝手だけど、いずれにせよ動力素を回収しなければ――』
『…………おい? おい、どうした。おい、セツ! ジュディ、ロバート!? おい、セツ! 応答しろ、セツ!』
軽やかに笑う娘の声と、それを窘める不機嫌そうな女の声が交互に聞こえ、間に少し小さく響く若い男の声。
それから、今よりも少し若いコウが笑いながら止める声が聞こえて――そして、唐突な無音。
最後は、コウが必死に妹の名を呼び続ける声で、録音が終わる。
ルールは、どんな表情を浮かべるべきかさんざん迷った結果、結局は苦笑を浮かべることにした。
「なるほど、確かに元気そうだな、あなたの妹は。深海にいながら草原に行きたいなんて」
はっとした顔で、コウがルールの目を見る。
真剣なまなざしのまま、なにかを言おうと口を開いた。
「お前、今――」
言葉は最後まで聞き取れなかった。
音とともに激しい揺れが起こった。
「うわ!?」
バランスを崩したルールが、コウの身体にしがみつく。
それを振り払う余裕もなく、コウはモニターに目を向ける。
そこには、巨大ななにものかの触腕が映っていた。
白く透けるような太い柱は、先端がやや広がっておりそこに細かな吸盤が無数についている。
「――イカの足!?」
ルールの声が船内に響く。
確かに、形状は二人が良く知る軟体動物のそれによく似ていた。
大きささえ無視すれば、だが。
二撃目。
横からひっぱたかれるような衝撃に、ルールの身体は大きくかしいで、船内の壁に頭を打ち付けた。
計器のガラスが割れ、内部の部品が飛び散ったのが見える。
「危ないから頭を押さえて体を固定してろ! ――いや、もう、こっちに来い!」
コウの左手が、ルールの肩を抱き寄せる。
自分の胸板に押し付けるように腕を回すと、コウ自身は右手を近くのポールに絡ませ、姿勢を固定した。
コントローラーのレバーを動かし、即座に後方へ移動する。
追ってくる触腕をカメラに捉えつつ、できる限り速くその場を離れようとして――触腕の向こうに、丸く輝く月のようなものが映った。
それが、巨大なイカの目であることを理解するまで、ルールにはしばらく時間がかかった。
「なんだあれ――ふ、浮上しよう、コウ! すぐにここから離れなきゃ……!」
「浮上より横移動の方が早い、水圧の影響を考えなくて済むからな。目の位置からして、相手は上を取ってる――どこかに隠れてあいつをやり過ごしてから浮上しよう。そうじゃなきゃ、5年前の二の舞だぞ」
ルールの脳裏に、資料にあった当時の写真が浮かぶ。
バラバラの船体。水圧に潰され、原形をとどめない人体の破片。
どうしても回避したい未来を頭から振り払い、コウにしがみつく。触腕から逃れるため、旋回を繰り返す船内では、とてもではないが自力で姿勢を保持するのが困難だ。
コウもポールに腕を引っかけたまま、奇妙に捻った姿勢で潜水艇の操作に没頭している。ルールの視線に気づくと、目を逸らし独り言のようにつぶやいた。
「……大丈夫だ、この潜水艇のエネルギー源は動力素。幸いにして、たった今回収した動力素がある。船内にさえ取り込めれば、海水から酸素を生成するための機構も、エンジンへの補給も問題ない。このまま深海に潜むとしても1ヶ月以上もつ。逃げ回って隠れればなんとでもなる」
落ち着いたコウの声は、まるで自分自身に言い聞かせるようでさえあった。
ルールは慌てて頷き返す。
やがて潜水艇の動きが細かくなり、しばらくして完全に止まった。
「岩陰に着いた……ちょうど、穴蔵にもぐりこんだような形になったな。このまま、しばらくここで待機して、化け物イカの姿がカメラに映らなくなったら、頃合いを見計らって浮上する。いいな」
「了解……」
頷き返すと、コウはすぐにルールから視線を逸らしモニタにかじりついた。
その視線の真剣さには、どうにかなると安心させる口調とは裏腹に、妙な焦りが混じっている。
「なあ、大丈夫……だよな?」
「さあな、5年前のことを考えれば安心する要素なんてほぼないが」
ちらりとコウがルールの顔に目を向ける。
よほどひどい顔色をしていたのだろう。すぐにため息をつくと、たった今自分で言った言葉を撤回した。
「録音には、襲われたという声も化け物イカを見つけたという会話も入っていなかった。出会い頭にすぐやられたんだろう。事故の直後、捜索用の予備艇でこの辺りをうろうろしていたときさえ、俺はあいつの姿を見ていない。5年前にセツたちが出会ったのと同じ化け物だとすると、あいつは移動してエサを探すタイプの生物なんだろう。数日も隠れていれば十分だ、すぐに飽きてどこかへ行ってしまうさ」
もともと低く沈んだ声をした男だが、らしくもなく明るい言いざまは、元気づけようとしてくれているらしい。
ルールは、応えるようにひきつった微笑みを浮かべて見せた。
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