第2話 bad guy
45年前、とある惑星で発見された、宝石にも似た赤い結晶群。
ただ美しいだけに思われたその石が、新しいエネルギー源として脚光を浴びたのは、ちょうど15年ほど前のことだ。
動力素――安定性に乏しいのがデメリットだが、少量で石油や石炭とは比較にならない大きなエネルギーを生むことができ、原子力と違って残留物もない。すべてが燃え尽き汚染物質が生まれることもないときて、爆発的な速度で研究が進み、現在ではクリーンで有力なエネルギー源となっている。
この惑星アルゴノーツの水深6000m付近の海底――
酸素のない海中では単に綺麗なだけの石であるが、採掘し、エネルギー供給のために使えば、非常な高値で取引される。
今や、技術よりもそれを実行するエネルギーの方が、必要とされているのだ。
動力素の使い道が判明してから15年――つまり、コウ・アマガイは全宇宙動力素回収協会の最初期のメンバーである。
最初期からこの星で深海へ潜り、そして、それまで共に勤務していた者を同時期に失った。
10年間一度も起こらなかった、潜水艇の事故によって。
潜水艇を動かすには、最低でもパイロットのほかにもう1名コパイロットが必要だ。
事故の後、基地に滞在する人員は減り、常時2名を維持。
以降、コウ・アマガイと共に深海に潜る相棒は、繰り返し変更されている。
すべて、コウの相棒から異動希望が出されたことによるものだ。
◇◆◇◆◇
恒星がのぼる前、早々に海へ出ようとしていたコウの前に、ルールはひょこりと顔をのぞかせた。
ヘルメットの下からこぼれた黒い髪が、背中で揺れる。
「遅かったですね、ようやく出発の準備ができたんですか」
ルールの出で立ちは、潜水艇の乗船員に規定された潜行服とヘルメット。
その後ろには、既に整備の終わった潜水艇がある。
「お前、なんで」
「食事も休息も不要だと伝えましたよ。潜水艇の取り回しの方は、まあ……昔取った杵柄ってやつで」
ルールは、顎先で潜水艇の耐圧扉を指す。
「行くんでしょう? バックアップします」
「相棒とは認めないと言ったが」
「となると、私の自由意思で行動するしかないですね。指示をくれるなら従いますが」
「…………」
「では、行きましょうか。どうぞお構いなく。こちらはこちらで好きにやらせていただきますから」
動かないままのコウを尻目に、ルールは扉に近づくと、滑らかな動きで開錠した。途端、潜水艇内の淀んだ空気が外へあふれる。
脇に避け、微笑むルールの脇を通って、コウは艇内に乗り込んだ。
振り向かないまま呟く。
「お前には操艦させないからな」
「結構です。浮上後の後処理係とでも思っておいてください」
「言ってろ」
吐き捨てるように言うと、ルールが潜水艇に入るのを待って、扉が閉められた。
◇◆◇◆◇
真っ暗なモニターの外を、コウはじっと見ながら繊細な手つきでレバーを動かしている。
その横顔を見ながら、ルールもまた自分の手元のレバーを握っていた。
集中しすぎて、鼻血が出そうな気がする。
深海の水圧等に関係し――ている訳ではない。
作業の難しさに相まって、どうやら自分はこの手の閉塞した空間が苦手らしいと、ようやく気付いた。
潜水から数時間。ようやく6000kmに到達した潜水艇内に電灯はついているとは言え、全体の薄暗さと狭苦しい圧迫感は変わらない。
「……今更降りるって言ってももう無理だからな」
様子がおかしいことに気づいたのだろう。こちらを見もせずに、コウは唸るような声をあげる。
ルールは、ため息をついて正直なところを答えることにした。
「こういうのが苦手……ってこと、自分でも初めて知りました」
「昔取った杵柄ってのはどうした」
「整備士だったんだ。乗る方ってのはこういう感じなんですねぇ」
周囲をぐるりと見回す。
目の前には大小の計器がびっしり天井までついており、コウの目の前のモニタは最小限。膝どころか太ももまで触れずには座れないほどの狭さだ。
互いに顔を突き合わせるほどの距離で触れあいながら、居心地の悪さをに身じろぎするルールと違い、慣れているのかコウの方は落ち着いた様子でレバーや計器に向き合っている。
手持ち無沙汰も数時間続けば音を上げるほかなく、またこの狭い空間ではコントローラーをルールから隠し続けるのも当然不可能だ。そうして、出発前の口約束はどちらからともなく早々になし崩しとなり、現在はコウが潜水艇の操作を担当し、ルールが回収を担当する分担となっている。
少なくともコウは、操艦からだけはルールを遠ざけることに成功した訳だ。
「いいか、俺1人でどうにでもなる。次回からお前は乗らなくていい」
「いや、大丈夫……慣れれば大丈夫だから。それより、あの……難しいな、これ」
ルールが今、両足の間にはさんで取っ組み合っているのは、
この潜水艇には、動力素を回収するために、機械腕が2本、艇の前面下部につけられている。
細長く関節の多い腕は、ぱっと見クレーンのアームに近い形状。長さは3mほど。
それに対し、拾うべき動力素一つは、概ね大人の拳一個分くらいか。
うまくレバーを動かしボタン操作をして、海底に散らばった動力素を拾い、潜水艇の底に設置されたバスケットに回収するのがルールの仕事――なのだが。
「はぁ!? なんで掴めないんだよ、このクッソ難しいクレーンゲーム、いい加減にしてくれ」
「ヘタクソ」
「カメラに映らないんですよ! アームの先追っかけて永遠にカメラの角度変え続けなきゃいけないじゃないですか。だいたい、動力素って下手に衝撃与えると爆発するでしょう?」
小さなモニターの先では、ルールの動かす機械腕の先が、潜水艇のライトに照らされ赤く光る動力素を掴もうとしては、海底を転がしてつかみ損ねている様子が映っている。
膨大なエネルギーの凝縮された動力素を、アームの先がつつく度に、ルールはびくりと肩を震わせることになる。
こめかみを伝って、ぽとりと汗が落ちる。息苦しさからの緊張と、想像以上の難易度への焦りによるものだ。
「うっ……く、くそ、こいつ……」
「そっとやれと言っている。機械腕を壊しでもしたら、今日の成果はお前の呑気な海底見物で終わるぞ」
「わかってます、けど……むっずか……しい」
「おい、そっちからアームを近づけるとカメラから外れる――ほら外れた」
「っるっさいなぁ! そんなに文句言うならあんたがやれよ!」
思わず顔を上げて怒鳴ったところ、予想外に冷静なまなざしとぶつかった。
コウの薄い緑の瞳はルールを見据えたまま、静かにルールの足からコントローラーを奪っていった。
代わりに、潜水艇本体のコントローラーを渡される。
「動かすな。保持してろ。船体が傾くようなら操作しろ」
言いおいて、ちらりとモニターをのぞいたコウは、指先で慎重にレバーを動かした。
滑らかに、かつ丁寧に動くアームの先が、ほどなく動力素を優しく掬い上げる。
動力素をうまく引き寄せ、バスケットの底に静かに置きなおすと、ようやくコウは再びルールに視線を戻した。
「くっ……うまいじゃないですか」
「15年も同じ仕事やってりゃ当然だ」
「なるほど、これが業績SS査定の理由な訳ですね……ノンデリの割に仕事は丁寧」
「言ってろ。デリカシーだの気遣いだのは、海の上に置いてきた。この程度もできないなら、やっぱりお前を潜水艇に乗せる理由はないな。戻ったら本部に連絡して、即交代を申し入れてやる」
「……無駄だと思いますけどね」
単なる相棒として来たわけではなく、ルールは監査官だ。
動力素回収の役に立たなくとも、もう一つの役目がある。
コウは答えず、だが明らかにルールに聞こえるように舌打ちをした。
態度の悪さにこちらもあからさまなため息をつくと、2人は改めて次の動力素回収に向かったのだった。
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