第4話
傷を縫わなければいけない。止血の為に巻かれていた包帯が解かれると、傷が露わになった。深い。斬りつけられたというより、短い刃を、深く刺し込まれた感じだ。咄嗟のことじゃない。相手は、ネーリのことを認識する時間があったはずだ。近くに寄り、致命傷を与えている。通り魔じゃないとフェルディナントは思った。
致命傷はその左肩のものだが、ネーリは右手の甲にも傷があった。左肩よりは浅手だが、刃が走っている。変わった場所にある傷だったので、斬りつけられた後にネーリが自分を庇って切られた場所なのかもしれない。そうでもしないと、敵が狙う場所ではないからだ。
ベッドは暖炉の前に置かれた。
まだ凍える季節ではなかったが、ネーリは全身濡れていたので、負傷したあと海の中に投げ捨てられた可能性があった。フェリックスがどういう状態で彼を発見したのかは分からないが、波打ち際にいた。しかし、長時間水の中にいたのではないだろうと軍医は言った。
「今日は風も強く、涼しい。長時間海の中にいれば、この季節でも凍えてしまったはず」
そうなる前に発見できたことだけは救いだった。冷え切っていたが、凍えてはいない。
今は暖炉にも助手が次々に薪をくべてネーリを温めようとしている。傷を縫われている間も彼は意識が無く、それでも額に汗が浮かんでいて、凍えているのか、熱に浮かされているのか、分からなかった。ただ、深く眉を寄せて苦しそうで、そんな彼の表情を一度も見たことが無かったから、何かをせずにいられなかった。
ネーリの手首を握り締める。
弱く打ち返す脈だけが、フェルディナントを勇気づけた。
深手を負い、死んで行く仲間を、同じように戦場で看取ったことも、一度や二度じゃない。自分だっていつそうなるか分からない。そういう覚悟をしているつもりだった。
(それでも、こいつだけはダメだ)
ネーリだけはこんな戦や、訳の分からない相手に、刺殺される、そんなことになっては絶対にダメなのだ。
白く、細い身体。
一緒に眠るようになって、眠る時、優しい表情でこちらを見て微笑ってくれる顔を思い出し、彼の身体に触れる手に、力を籠める。深い刃を受けた時、どんなに痛くて怖かっただろうと思うと、フェルディナントは耐え難かった。自分なら、そんなものどうとでも我慢出来たが、ネーリが戦いや事件で苦しむことだけは耐えられない。
こんなに無力で、優しい魂を、平気で民間人が危害を与えられる土地に置き続けた、自分への罰なのだろうかと、もっと早く、神聖ローマ帝国の屋敷に、連れ帰るべきだったのかと、遅すぎる後悔が身を包む。
(幸せすぎて俺は忘れてたんだ)
大切なものが、一瞬で失われる絶望と恐怖。
(二度と忘れないと、誓ったのに)
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