第4話 ただの客

「4日連続はさすがにキモいかなぁ? そろそろストーカーっぽい?」

「その話まだ続いてた?」


 お昼休み、社食で日替わりランチを食べながら相談すると、早季はげんなりした顔をする。


「つか昨日はどうしたの? 結局行ったの?」

「行った」

「じゃあ別にいいじゃん。3日も4日も大差ないでしょ」

「でも……」

「というか最初からストーカーじみてはいるからね?」

「なんでそんなこと言うの⁉︎」


 もうこいつに相談するのやめよう。



   *



 結局来た。

 通いすぎるのもキモいとは思うけど、でも実際いっぱい来るお客さんのうちの一人のことなんてそんなに気にしてもいないのでは? と思うことにしました。私のことなんぞ、彼女にとってはどうでもいい存在のはず……思い上がるな……お前なんてただの客だ、このっ、客っ!


 脳内で自分を罵りながら澄まし顔でレジに向かうと、


「お姉さん、最近よく来てくれてますよね」


 レジに立つ彼女からそう言われ、私は卒倒しそうになった。これは認知……? 認知されてる……? この前手を振ってくれたのといい、私、認知されているのでは〜〜⁉︎


 ――はっ、待って? このセリフがいい意味じゃなくて悪い意味だとしたら? 『あんた最近よく来すぎててキモいんですけど〜』の意、だとしたら……? や、ヤバい、粘着キモ客だと思われたくない〜〜! 死ねっ、キモい私死ねっ!


 舞い上がる自分を脳内で張り倒し、精一杯の社会性と見栄と体面でできた微笑を作る。


「えっと、その、最近仕事が忙しくてご飯作るのも大変で、ついコンビニご飯で済ませちゃってて〜」


 現代社会に疲れたOLの擬態(いや真実ではある)をする私の回答に、彼女は眉根をちょっと寄せる。ムムっとした顔もかわよ〜! ――じゃなくて! キモ禁止!


「お仕事大変なんですね」

「いえいえそんな大変ってほどでは! その代わりにこうして店員さんにも会えますし!」

「わたしに?」

「あっ……」


 謙遜というかなんかガチの重い感じにしたくなくてポロッと口を滑らせてしまった……! 社会的死……!


 レジカウンターの上に舞い落ちる沈黙に居た堪れず、私は今すぐに自首したくなった。


「もしかして、最近お姉さんがよく来るのって、わたし目当てですか?」

「やっ、そのっ、目当てというかもし会えたら嬉しいなというかなんというかそのすみませんでした! 全然知らない人からこんなこと言われるの嫌ですよね! もう来ません!」


 どうにか弁解しようとしたけど、途中から普通に謝罪になった。こんな綺麗な瞳に見つめられたらもう私にできるのは己の醜さを認め身の程を弁えることだけ……。


「……もう来ないんですか」

「えっ」


 私の早口弁解にも表情を変えなかった彼女の真顔が、その一瞬だけわずかに動揺したように見えた。……気のせい? 私が自分に都合のいいようにそう思い込みたいだけ?


 だって、その言葉と反応は、まるで私のことを待ってくれているみたいだから。


 だから、確かめようと開いた唇が、少し震えた。


「……そ、それって、また来てもいいってこと、ですか?」


 私の問いかけに彼女は長い睫毛を伏せ、黙ったまま商品を袋に入れる。


 そしてその袋と一緒に、マニュアルめいた言葉をこちらに差し出してきた。


「――またのご来店、お待ちしてます」


 マニュアルめいていて、一見冷たいように見える彼女の表情も相まって拒絶とも取れるその言葉に、私は肩を落とす。


 自分は店員で、私はただの客。その間にきっちりと線を引くような言葉だと思った。


 ……そうだよね、それが正しいよね。私の方が勝手に好きになって、盛り上がって、相手の迷惑も考えずに突っ走ってしまっただけ。


 だからもう、ここへ来るのはやめよう。


「……ありがとうございましたっ!」


 それでも、初めて会った時の彼女の優しさに救われたのは本当だから。


 だから精一杯の笑顔を作ってそう言った。


 彼女のひんやりと澄んだ瞳が、また揺らいだように見えた気がした。けれど、これ以上言葉を交わす理由も権利も私にはない、と踵を返す。


 ――と、出口に向かおうとした背中に、微かな抵抗を感じた。それは一瞬で消えたけれど、パッと振り返ると、レジの中からこちらに向かって伸ばされた指先が、まだ何かを掴むような形をしていて。


 目が合った彼女は自分でも驚いたように指先を見て、それから「……すみません」と小さく呟く。


「でも、お姉さんが最後みたいに笑うから」


 そう言って彼女は、くい、とこちらを覗き込むように首を傾げた。初めて会った時からずっと変わらない、クールで余裕のある大人っぽい表情。


 けれど今はその瞳がほんの少しだけ、何かを望むように揺れている気がした。


「……また、来ますよね?」


 その言葉に、私の胸はうるさいくらいに高鳴る。自分勝手だとか、相手の迷惑かもだとか、そうやって押さえ込もうとした気持ちが内側から胸を突き破って溢れ出そうとする。


 そんなふうに言われたら期待しちゃうのに。


 彼女にとって私はただの客。そう考えればまだ、全然諦められると思ったのに。


 ――もう、それは無理なのかもしれない。


「……来てもいいんですか?」


 胸が詰まって掠れた声で問いかける私に、彼女はこくん、と一つ頷いた。


「お待ちしてます、って、言いましたから」


 そう言ってから、彼女は中途半端に伸ばしたままだった自分の手にようやく気づいたかのように、ぎこちない仕草でシルバーアッシュのウルフカットを一房、耳にかける。


 その瞬間に覗いた耳たぶ、ピアスがバチバチに付いたその陶器のように白い肌がほんのりと赤らんでいて。それを見たら私までなぜだか赤面してしまった。


 ……表情に出ないのに恥ずかしがってるの、か、可愛すぎる〜〜〜〜!!

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