第5話 可愛い耳
華金ともなれば仕事終わりの駅前も普段より人出が多い気がする。
そんな浮かれる人々を尻目に私はコンビニへ。
「いらっしゃいませー」
……あれ?
思っていたのと違う声にレジを見ると、いつもの場所に立っていたのはウルフカットの子ではなく年配の男性だった。あ、あれ? 今日は華金なのに……⁉︎ 店内に華が欠けてるんですけど⁉︎ ――はっ、昨日はまた来てもいいって言ってたけど、やっぱり嫌になって避けられて……⁉︎ そんなぁ……。
「あっ、いらっしゃいませ」
「えっ⁉︎ わぁっ⁉︎」
トボトボと店内を進んでいたら、商品棚の影から出てきた彼女と鉢合わせてすごく狼狽えた声が出た。
「……そんなに驚きます?」
「す、すみません……今日はいないのかなーって思ってたので……」
うっすら眉をひそめた彼女が首を傾げると、耳に付けられたピアスがキラキラと照明を反射する。耳たぶだけでリング状のが一個、小振りのシルバーのが二個、上には軟骨の部分を貫くように付けられた……なんだっけ、インダストリアルピアス? みたいな名前だった気がするけど、とにかく近くで見ると改めて「うおぉ……」という気持ちになる。私はどうしても穴を開けるのが怖すぎてピアスには手を出せなかった人間なので……。
「そんなに気になります、ピアス?」
「えっ、あっ、すみませんジロジロ見ちゃって⁉︎」
すぐガン見するの悪い癖だぞ私!
「いえ別にいいですけど」
人差し指で耳たぶに触れながら、彼女はく、とこちらを覗き込んでくる。レジを挟まない距離で向き合って気づいたけど、若干私の方が背が高いんだ……。クールで余裕のある子の方が背が低いの良……。
「お姉さんはしてないんですね、ピアス」
「え、は、はいっ、興味はあるんですけど、なんというか自分で穴開けるのが怖くって……」
じ、と顔を見つめられ(というか耳なんだけどどちらにせよ顔が近い〜〜!)、私はしどろもどろになって「へへへ」なんて変な笑いが漏れる。
「ふーん……じゃあ、わたしが開けてあげましょうか」
「えっ」
一瞬で変な笑いが引っ込んで真顔になった。え、聞き間違い?
「ピアス。自分で開けるのが怖いならわたしが開けてあげますよ」
き、聞き間違いじゃなかった……! ピアスの穴開けるって、そ、そんなの――
「――すぎる……」
「え?」
――えっちすぎるでしょ!!!! 付き合ってもいないのにそんなのしちゃダメでしょ!! え、いいんですか⁉︎
「……ぁ、ゃ、ぇとっ」
「なんて、さすがに冗談ですけど」
言葉にならない言葉を絞り出そうとしたらパッ、と彼女の顔が離れる。え、と唖然として見るも、相変わらずクールな無表情。も、弄ばれた……!
「お姉さん、可愛い耳してるから、全然このままでいいですよ」
「えっ」
「あ、レジ混んできたので失礼します」
咄嗟に潰れたカエルみたいな声しか出せなかった私を置いて、彼女はレジの方へ行ってしまった。
可愛いって…………可愛いって〜〜!!
コンビニから家に帰る間もずっと脳内を彼女の声がぐるぐるしていた。
はぁ……私が死んだら耳だけ切り取ってホルマリン漬けにしてもらお……。
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