第6話

「……先ほどの話、聞いていたの?」

「はい。少しだけ、ですが」

「立ち聞きなんて、はしたない」

「すみません」


 気が強いけど、明るくて可愛いお嬢様。でも今は、いつものような元気はない。心なしか、頭のリボンも萎んでいる気がする。


「……ダメね、私ったら」


 足を温めてから、しばらく。重たい沈黙の中で、お嬢様は静かに口火を切った。


「昔っからね、自分の人生を思い通りにできなくて、ずっと燻ってたの。ユーリに指図して、あれこれやってみたけれど、結局は『令嬢のやること』で終わってしまったわ」


 お嬢様のつま先。今日は一段と冷たい。指と指がぎゅっと縮こまって、お嬢様の心理を物語っている。


「平民向けに求人を出しだのだって、自分の退屈に対する反抗心だった。それに、最低と思われるかもしれないけれど、平民を間近で見れば気分が晴れると思ったの。……でも、ダメね。もっと惨めになるだけだった」


 お嬢様の髪の毛が、ふるりと揺れる。私から目線を逸らすように。


「所詮、私は……」

「そうでしょうか」


 私は言った。小さく、けれどはっきりと。


「私、この仕事をしていて、気づいたことがあるんです。心が温かいお客様ほど、足元が冷たいんですよ」


 透き通るように、白い肌。小さいけれど美しい、小指の爪。

 私は、お嬢様の足が好きだ。


「それは、色々なことに気を配って、毎日お疲れだからです。自分の足を温める余裕がないんです。実はそれだけ、頑張っていらっしゃるんですよ」


 親指から、小指まで。足の先から、かかとまで。

 お嬢様の心をときほぐすように、優しくマッサージしていく。


「だから私は、この仕事を始めたんです。『足の仕事なんて』と言われたこともあります。ただ、お客様の……、お嬢様のお足を温められたら、それでいいんです」


 つま先まで、オイルを流し終えてから。

 私はゆっくりと顔を上げて、お嬢様と目を合わせた。


「ですから、お嬢様。お嬢様も、自分のやりたいことをなされば良いのです」


 ……これは、自分自身に対する言葉でもあった。


 お嬢様は、国王の愛娘だ。だから、別の国に嫁ぐことだって、簡単にあり得る話だ。そうしたら、もう私なんかが、マッサージをする機会なんて無くなってしまうだろう。


 でも。


「こんな私ですが、もしお力になれることがあれば仰ってください」


 例え、この先どうなろうと、私はお嬢様が笑顔でいてくれるのが一番だ。

 そんな思いで、話し続けていたのだけど……。

 お嬢様は、耳の先まで真っ赤になっていた。


「そっ、そんなこと!! あんたに言われなくても分かってるわよ!!」

「そ、そうですよね、すみません……」


 お嬢様は、「はぁ」とため息をついた。ああ、変なこと、言っちゃったかな……。

 でも、次に飛んできた言葉は、私が想像もしていなかった一言だった。


「ねぇ、エリカ」


 空よりも美しい瞳が、私の顔をじっと見る。


「私には、本当のことを言って欲しいのだけれど。あんた、私のこと、どう思っているの?」


──ど、どうって……。そりゃあ……。


 思わず言ってしまいそうだったけど、私はこう返した。はやる気持ちを抑えて、思いっきり、声を振り絞って。


「再来週、もう一度来てもいいですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る