第5話

 その日、宮殿を訪れた私は、少し様子がおかしいのに気づいた。


「ユーリさーん……?」


 門を通されたのはいいものの、いつもなら出迎えてくれるユーリさんがいない。中庭も相変わらず美しいが、何故だろう、ひどく寂しい感じがする。


「し、失礼しまーす……」


 勝手に上がってしまっていいものか、とも思ったが、見知った通路だったので進んでみる。これでお嬢様もユーリさんも居なかったら、今日の分は振り替えにしよう。そう思いつつ、庭の小道を抜け切ると……。


「嫌よ、嫌!! いくらお父様の言い付けだからって!!」


 ……お嬢様の甲高い声が聞こえてきた。それがあまりにも緊迫した様子で、別に悪いことはしてないのに、咄嗟に物陰に隠れてしまう。


「お言葉ですが、お嬢様。貴女様は貴族なのです。貴族ならば当然、貴族としての務めを果たさなければなりません」


 続けて、ユーリさんの声。怒りを隠し切れないお嬢様に比べて、びっくりするぐらい冷静なトーンだ。


「だからって、私の意見も聞かずに決めるなんて……!!」

「お気の毒ではございますが、お嬢様方は皆そのようにされよというのが、国王様のお考えなのです」


 途切れ途切れにしか聞こえなかったけど……。嫌な予感がするのは、私の勘違いじゃないはずだ。


「それでも、隣国の王子だなんて!! 散々仲が悪かったくせに、こんなの今更よ!!」

「国王様も、断腸の思いでお決めになったのです」


 お嬢様の言う通り、この国は隣の国とは犬猿の仲だ。私の知ってる限りでも、平和と戦争の間を何とか取り持っている状態だ……、と思う。

と言うことは、つまり……。


「取り急ぎ、再来週には見合いの席をと仰っていましたので、その心づもりで……」


 ……これは、政治的な結婚なのだ。


 思わず堪え切れなくて、ふぅと一つ、息を吐く。

 ……ううん、違う。分かってた。スカーレットお嬢様は、国王の愛娘だ。だから、見合いがあったっておかしくないし、それが隣国の王子様だって普通の話だ。

 それに、素晴らしい話だと思う。縁談だなんて、めでたいことだ。


 でも。だけど。


「何で……、お父様……!」


──何でこんなに、悲しい気持ちになるんだろう。


 息遣いから、はっきりと分かる。お嬢様は、涙をこぼして泣いている。

 私の胸が、ずきりと痛んだ。


 嫌だ。悲しい顔は、見たくない。


 そう思った瞬間、私は物陰から飛び出していた。


「お嬢様!!」


 ……自分でもびっくりするほど、大きな声が出た。


「エリカ……!!」

「エリカさん!?」


 お嬢様もユーリさんも、大きく目を見開いている。じっと見つめられて怖気付きそうだったけど、ぐっと堪えて手を伸ばした。


「お嬢様、施術の時間ですよ」


 無理やりお嬢様の手を引いて、私はいつもの部屋に入った。

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