第2話

「ああ、エリカさん。今日もご苦労様です」


 宮殿に入ると、お嬢様の世話役が出迎えてくれる。彼はユーリさんと言って、スカーレットお嬢様と共に幼い頃から、「ご令嬢」と「召使い」の関係だったそうだ。


「やめて下さい、『さん』呼びなんて……」

「いえいえ、謙遜ならさずに。さ、お嬢様がお待ちですよ」


 スポーツ大会が開けそうなほど、広いひろい中庭。美しい花々が咲き乱れる小道をずっと歩いた先に、お嬢様のお部屋がある。


「お嬢様、エリカさんがお見えですよ」

「全く、遅いんだけれど? さっさと通しなさい」


 お嬢様は、いつも通りのツンケンとした態度だ。豊かな金髪を大きなリボンで結び、胸元にはキラキラのネックレスを付けている。お嬢様はオシャレ好きで、お会いする度に違う服に身を包んでいる。今日は繊細なレースをあしらった、見るからに高そうなクラシックドレスだった。


「それじゃ、ユーリ。あんたは邪魔だから、どっかに行ってなさい」

「はいはい……。それではエリカさん、よろしく頼みましたよ」


 ユーリさんが姿を消すと、私とお嬢様のたった二人になる。最初は「お嬢様と二人きりなんて!」とドキドキしたし、もし粗相をしてしまったらと気が気でなかったけど、今は月に二、三回は出入りするようになったから、大分緊張も和らいできた。でも相変わらず、お嬢様の美しさにはドギマギしてしまうけど。


「今日はサッパリとしたい気分だから、相応のものをよろしく」

「承知しました。では、季節は少し早いですが、夏の薬草を使ったオイルで整えますね」


 宮殿から支給された銀のボウル。そこにたっぷりとお湯を張って、お嬢様の足を温める。


「それにしても、お嬢様。今日も御御足が冷えていますね」

「仕方ないじゃない。昔っから、冷え性なの」


 もう春も終わる頃なのに、お嬢様のつま先はひんやりとしている。血流が良くなるように、足の指を一本いっぽん、ときほぐしていく。


「ねぇ、何か面白い話をしてちょうだい」

「えっ……」


 出た、お嬢様の無茶振り。前回は「平民の間で流行ってる歌って、どんな感じなのかしら? 歌ってみてちょうだい」と言われたし、そのまた前回は「この紅茶の種類、当ててみなさい。外したら罰ゲームだから」と言われた。私は大道芸人じゃないのだけれど……。


「えーっと、じゃあ……。知っていますか? つま先には、様々な種類があるんですよ。スクエア型、天使型、坂道型……。お嬢様は、ワイバーンの翼型ですね。実は、ワイバーンの翼型は珍しいタイプでして、かつて東方の地域に多かったんです。けれど、その地域一帯が戦争に巻き込まれてから、めっきり人が減ってしまって……」


 ついつい早口でベラベラと捲し立ててしまう。はっとして目を上げると、お嬢様はドン引きしていた。


「……あんた、なんか必死すぎて、気持ちが悪いわよ」

「あっ、すっ、すみません!」


 慌てて足裏にオイルを塗りたくる。スベスベのお嬢様の足が、更に滑らかで柔らかい肌になっていく。


「別に、謝ることはないけれど。あんた、からかい甲斐があるから」

「は、はぁ……」


 くすくすと笑うお嬢様。そのお顔が可愛らしくて、何故だか分からないけれど、照れてしまう自分がいたのだった。

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