知言の追抄(ちげんのついしょう)
天川裕司
知言の追抄(ちげんのついしょう)
「彼」
☆
話し手からも相手からも、離れているものを指して言う語。あれ。かれ。あの。
☆
群馬の山奥、小さな羊が一匹、母性(はは)の還りを待っていた。一光(ひかり)の端(はし)から人山(やま)の端まで空虚に寝かされ来機(らいき)へ佇み、明日(あす)の人陰(かげ)へと未完(みじゅく)を呈する陰府(よみ)の理郷(くに)へは、無理を透して無解(むかい)を要する未知を掲げて憤怒を観ていた。羊の群れから逸(はぐ)れた独りは群馬の山奥、向かい峠の麓の庵(おり)にて暫く安堵に息抜きながらも、自体(おのれ)の俗世が開拓して行く旧い常識(かたち)へ踏襲しながら、松の狭間の〝塩狩峠(しおかりとうげ)〟に、自己(おのれ)の感覚(いしき)を辿って入(い)った…。無言の空気(くうき)が一(ひと)ひら、ほろほろ、母性(はは)の還りを多く待つうち無機の自主(あるじ)を人陰(かげ)に見ている…。
自体(おのれのからだ)が白亜に満ち生(ゆ)く人煙(けむり)の一夜(とばり)に〝向日〟を識(し)る頃、厚い時期(ころ)から人体(からだ)が仕上がる事始(ことのはじめ)は霧散を擦り抜け、子供の頃見た宇宙(そら)の成果(はて)から概(おお)きな生果(せいか)を大目に見て活き、幻(ゆめ)の空気(しとね)へ幻覚(ゆめ)が散るのを、自体(おのれのからだ)へしっかり留めた―。分厚(あつ)い宇宙(そら)から人星(ほし)が発(た)つ頃独創(こごと)の概句(おおく)は礼賛され活き、父性(ちち)と母性(はは)との遠い一夜(とばり)を幻(ゆめ)の辛気(しんき)に透して得ながら、事始(こと)の未完(みじゅく)に活路を見出す旧い無形(かたち)の孤独の許容(うち)には、一人(ひと)の陽気へ噴散(ふんさん)され行く〝呑気の撤廃地(アジト)〟が飛び交い続けた。
(蟹さん)「沢の空気は奇麗だね。宙(そら)の陽気があんなに透って…、人の還りを待っているのか?」
(羊)「一匹ばかりでここまで来たけど、どうやらここには、自分の知らない『彼ら』の姿勢(すがた)が胡散霧散に零れるようだ。キラキラキラキラ、陽光(ひかり)の合図が嘆かわしいね…。」
(蛍さん)「女性(おんな)の一肢(からだ)に蝶が留(と)まった。白亜(しろ)い歩陰(ほかげ)は元気でいるね、元気でいるね。尻尾の光が淋しいみたい。男性(おとこ)の全肢(からだ)は余り光らぬ…」
(羽虫さん)「人山(やま)の目下(ふもと)に一人(ひと)が立ったよ。あしたの朝には空気が騒いで、僕の全肢(からだ)もあったまろう。」
(人)「ゆめになついたちいさなホタル。あしたのあさからひるとばんまで、おやまのすそにはゆきがふりそう。…なつであるのにゆきがふりそう。いこいのはじめにパラダイスをみて、そうしてボクらはほしになったよ。あしたのかぜからむこうがきえて、ゆびさすあたりにいのちがみえる。おもう。おもう。…くうそうする、そうぞうされる…。かみさまが、ひととひととにいのちをふきかけ、むしのどうけはちじょうにおりたついしきのどうぐにかえりざいてる…。」
貴重に燃え立つ煽ぐ延命(いのち)は道化の身重に返り咲き活き、明日(あす)の未解(みかい)へ生命(いのち)を吹き差す事始(こと)の遊戯に化(か)わっていった。
「感」
「あ、あぁあぁあ、あーあーあーあー、アーメン。」―記憶違いの妹から観て、事始(こと)の哀れは既視(おおめ)に発(た)った…。火照る肢体(からだ)は無機に透れる深夜の酒宴(うたげ)に漸(ようよ)う発(た)った。力有る者、力有る者、大っ嫌いだ。毛嫌う〝身重〟に進化が産れて、俗世(このよ)の概(おお)きは正に辿れぬ人間(ひと)の信途(しんと)を既視(おおめ)に観ながら、煙たい表情(かお)した俗世(ぞくせ)の女性(おんな)は、別の男性(おとこ)へひっそり零れて、自体(おのれ)の感覚(いしき)を遠(とお)に失くせる幻夢(ゆめ)の夜半(よわ)へと巣立って入(い)った。生憶(きおく)の人陰(かげ)では「前途」が燃え行く旧い孤独が概(おお)きく仕上がり、俗世(このよ)に蔓延る男性(おとこ)と女性(おんな)の記憶の孕(はら)から真白差(しろさ)が産れて、明日(あす)の記憶をするっと勝ち取る有名無実の化相(けそう)の人陰(かげ)には、「礼賛」ばかりが無要に解け入る「堂々巡り」が人間(ひと)に現れ、男性(おとこ)も一女(おんな)も〝加減〟を無視する如実の真理へ闊歩(ある)いて行った…。
無敵を誇れる苦渋の歪曲(ゆがみ)は感覚(いしき)に頼れる不動を意図して、概(おお)くの屍(かばね)へ未来を託せる自体(おのれ)の感覚(いしき)を既に犯せる一女(おんな)の過憶(かおく)に隣住(りんじゅう)した儘、幻(ゆめ)に蔓延る既知の無憶(むおく)は文句(ことば)を排して無機を保った。
「俺なんて所詮、それぐらいの者(モン)ですよ。」
小敗地(アジト)の未来(さき)では苦労が予期する事始(こと)の身重(おも)さが撤退した儘、一幻(ゆめ)の遥へ蹂躙して生(ゆ)く無想の孤独は人間(ひと)と逢わずに罪から免(のが)れ、するするするする、自然(あるじ)の掌(て)を借り躰を窄めて、酸っぱい華(あせ)から孤独を引いた…。
☆
軽い呼び掛けの声。ちょっと、君。急に思い出したり、驚いたりしたとき出す声。
☆
無謀の文言(ことば)に正直(すなお)が成らずに現世(このよ)の集果(しゅうか)は翌朝(あさ)へ辿れず、幻(ゆめ)の孤独へ悶々して生(ゆ)く白亜の空城(くるわ)へ真逆(まさか)に落ち込み、段々、淡々透って往(ゆ)くのは、女性(おんな)の狡さへ概(おお)きく感(かま)けた〝一人微温夜(ひとりぬるよ)〟の彩果(さいか)であった。人間(ひと)が嫌いだ。現代人(ひと)が嫌いだ。一人(ひと)が嫌いだ。現代人(ひと)を殺したい…。概(おお)きく眠れる幻(ゆめ)の淡路に彼の孤独が巣立って往くのは、現世(このよ)で観て来た概(おお)くの悪事が現代人(ひと)に操(と)られて成されたからで、昨日の用句(ようく)に見積もる精神(こころ)は孤憶(こおく)の狭筵(むしろ)へ胡坐を掻きつつ、旧い小敗地(アジト)に幻理(げんり)を見限る一人(ひと)の能力(ちから)へ減退している。純心(こころ)の生絆(きずな)へ鋭く発(た)つのは翌朝(あさ)の目下(ふもと)で万歳した儘、旧い未覚(みかく)に〝遊戯〟を観て行く「孤独の王者」に衰退していた…。(未完)。
「ああ」
こつんと鳴った。かつんと鳴った。猿(さる)に見立てた人山(やま)の自主(あるじ)が〝大将気取り〟で作法を知る内、有名無実の無根の信仰(めいろ)は少女を跳び発(た)ち体裁(かたち)から成り、俺と少女の間(あいだ)の動作は暗(やみ)に塗れて尖って行った…。
ああ、麗しや。ああ、麗しや。
独創(こごと)を上手に錯誤するうち無機の孤独は男性(おとこ)に取り憑き、気候を織り成す無通(むつう)の転機は人に知られど猿に報(しら)され、ああ言う間も無く、こう言う間も無く、自己(おのれ)の孤独へ私算(しさん)を投げ遣る無己(むこ)に透れる自己(おのれ)の自覚(かくご)は、在り来たりの実(み)に真白差(しろさ)が合さる無限の生憶(きおく)に通底している。
ああ、焦がれしや。ああ、焦がれしや。
無痛の罪事に青空(そら)を渡れる苦労の水面(みなも)は純心(こころ)に表れ、余所に縋れる根気の目下(ふもと)は分厚(あつ)い傀儡(どうぐ)の自然(じねん)に幻見(ゆめみ)て、自己(おのれ)の小事(こごと)へ理知を配(はい)せる岡目有利を真横に観ている。
ああ、無理心中。ああ、無理心中。
粘着テープで唇止(と)めては、一女(おんな)の体(からだ)は連動して活き、赤子を掌(て)に採る活(い)き血の自決は幻(ゆめ)の概(おお)きに不乱を識(し)り抜く…。
ああ、胸焼けや。ああ、胸焼けや。
☆
あのように。Like that。ああは言ったが。ああ言えば斯う言う。人の言うことに、理屈を並べ立てて、なかなか従おうとしないさま。Always talk back。ああでもない斯うでもない。あれも駄目これも駄目と、思案に暮れている、また、わがままを言っているさま。Be lost in thought。
☆
孤独の瞳(め)をした無刻の「少女」は猿(ましら)に組み入り自身を高めて、獣の餌食へその実(み)を陥(おと)せる無言の自主(あるじ)を想定した儘、闇雲ばかりの思春に小躍(おど)れる不意の陶酔(よい)にて男性(おとこ)を発狂(くる)わせ、幻夢(ゆめ)の理性(はどめ)の未完(みじゅく)ばかりが気楼(きろう)を統(たば)ねる無効の臭味を発散した儘、過去の宵から孤独の宵まで、幻視(ゆめ)に纏わる駿馬と成った。少女の心身(からだ)が白体(からだ)へ拡がる憂き世同士の安転(まろび)の初端(はし)には、女の性(せい)から少女が跳び出す夢限(むげん)の樞(しかけ)が暗中模索に自然を見限り、一男(おとこ)の性(せい)から孤独が拡がる、特異の変化へ自分が見送る固陋の自主(あるじ)は従順(すなお)に活き立ち、女性(おんな)の所以(ありか)を緊(きつ)く採るうち〝少女〟の鼻緒は未完(みじゅく)に切れて、赤い糸から処女(おんな)が分離(はな)れる孤独の遊歩へその実(み)を遣った…。一男(おとこ)の上手は一女(おんな)の上手と、少女に纏わる女性(おんな)の輪の内(なか)、男性(おとこ)の性(せい)から生気が漏れ落ち、活気の総てが女性(おんな)に奪(と)られる平成(へいわ)の丸味は女魔(あくま)に固まり、厚い定規に生憶(きおく)を観るのは、独創(こごと)に対して如何(うごき)を奪(と)れない身軽(かる)い四肢(てあし)に延長さえ観た。
「ああ」
暑い昼下がり、ふと陽(よう)を射止める白亜が降り立ち、孤独仕立てに文言究(きわ)まる無重の感覚(いしき)が個人(ひと)へ訪れ、自体(おのれ)の夜半(よわ)から陳列して生(ゆ)く不毛の自主(あるじ)が白壁(かべ)に凭れて、現代人(ひと)の孤独を巧く丸呑み、蹂躙したまま奈落へ遣った。幻想(ゆめ)の目下(ふもと)へ尽(つ)かせぬ活気が「躍起」と偽り個人(ひと)へ訪れ、不和の寝床に白亜を統(たば)ねる安直(すなお)の人陰(かげ)にて膨大を識(し)り、言伝成らない純心(こころ)の叫びは涼風(かぜ)に晒され邪推に阿り、一女(おんな)の気色に晩夏(なつ)を脚色取(いろど)る不倖(ふこう)の始めに終止符さえ打つ。終止符(ピリオド)から観た幻想(ゆめ)の揺蕩(ゆらぎ)に母性(はは)を観ながら、端正(きれい)な肢体(からだ)に下肢(あし)を伸ばせる幸先(さき)を解(ほぐ)せる去来を幻見(ゆめみ)て、手厚い孤独は文句(ことば)の端から成人(おとな)へ化け得る狂躯(きょうく)の姿勢(すがた)を、浅い日取りにつとつと幻見(ゆめみ)る活力(ちから)の概(おお)さに勝(まさ)って行った。
一歩も自室(へや)から外界(そと)へ脱(ぬ)けない一体(からだ)を射止める孤独の労苦は、老摯(ろうし)の容姿(すがた)に素描(すなお)を掠める気楼の温度を殊に観ながら、奇妙の生(ゆ)くまま気の向くままにて、固陋の様子をつとつと手探る真摯の姿勢(すがた)に生還さえ観た。幻(ゆめ)の毛布にその実(み)を包(くる)める手厚(あつ)い文句(ことば)に記憶を詠む内、一女(おんな)と朝陽を同時に見て生(ゆ)く〝快活気取り〟が無己(むこ)を連れ添い、宙(そら)の果てから漆黒(くろ)さを観て生(ゆ)く不応の主観(あるじ)を傀儡(どうぐ)に識(し)る儘、「ああ。」と言っては「ああ…」と返せる無刻(むこく)の人界(かぎり)を既視(おおめ)に観ていた。
☆
軽く呼びかける語。ah。ああ、もしもし。親しい間柄で、同意や肯定を表す語。yes。君も行くだろう。ああ、いくよ。
☆
無限の狭間で人を見ながら、自分の生命(いのち)に間延びを感じる事始(こと)の飽きにて様子を観て居り、人の流行(ながれ)が快楽(らく)を識(し)るのを孤独の様子に万(よろず)と併せて、人間(ひと)の一体(からだ)に上気を揺さぶる呼応のシンパに厚さを保(も)った。「ああ…」と言えども会釈が返らず、「応(おう)…」と言えども無音だけ観て、現代人(ひと)の温度は体温(ぬくみ)を忘れてどんどん透り、俺の前方(まえ)では轍を漏らさず不快の概句(おおく)に耽美を採った。初夏(なつ)の薄味(うすみ)に一夏(なつ)の丸こさ、盛夏(なつ)の脚色(いろ)から猛夏(なつ)の小人が…、涼夏(なつ)の悔恨(くやみ)に冷夏(なつ)の危うさ、晩夏(なつ)の生茂(しげみ)は余夏(なつ)を報せぬ向日の帳を現行人(ひと)に伝えた。「ああ…」と言っても「応…」と鳴けない…、呼応を信じて単調(リズム)を識(し)れない…、「ああ。」、「ああ。」、「ああ。」、――個人(ひと)の寝床に羽虫(むし)が飛び付く俗世(このよ)の性(せい)から精気が蹴上(けあ)がり、安い理郷(くに)から孤独が死ぬのは、自己(おのれ)の黄泉から肢体(からだ)を挙げない活人(ひと)の生気の振動だった…「あ!」…
知言の追抄(ちげんのついしょう) 天川裕司 @tenkawayuji
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