■第7章:未来への音色
「……以上が、瑠姫の新たな活動についての発表となります」
記者会見場で、事務所の広報担当が声明を読み上げる。
本名での活動再開。
シンガーソングライターとしての新たな挑戦。
そして、作詞作曲も手がける音楽家としての一歩。
カメラのフラッシュが瞬く中、瑠姫は静かに頭を下げた。
短く刈られた髪、シンプルなスーツ姿。
それが今の瑠姫の姿だった。
「質問です」
一人の記者が手を挙げる。
「以前の『瑠姫』としての活動と、これからの活動。ご自身の中で、どのように位置づけていらっしゃいますか?」
瑠姫は少し考え、そして穏やかに微笑んだ。
「『瑠姫』は、私の大切な過去です。妹との約束を果たすため、精一杯生きた日々」
一呼吸置いて、続ける。
「でも、これからは……私自身の音楽で、新しい約束を果たしていきたい」
「新しい約束とは?」
「はい。より多くの人の心に、歌を届けること」
その言葉に、温かな拍手が沸き起こった。
◆ ◆
綾乃のコンサートツアーは、各地で大成功を収めていた。
「綾乃さん、素晴らしかったです!」
スタッフたちが楽屋に集まってくる。
「ありがとう」
綾乃は、いつもの凛とした態度で応える。
でも、その表情には以前よりも柔らかさが宿っていた。
テーブルの上には、新聞が置かれている。
そこには、瑠姫の記者会見の記事が大きく掲載されていた。
(頑張っているのね)
綾乃は静かに微笑む。
そして、携帯電話を手に取った。
「もしもし、千尋さん?」
電話の向こうで、千尋の明るい声が響く。
「あ、綾乃さん!ちょうど作曲の途中だったんです」
「そう。新曲の調子は?」
「はい!瑠姫さんに提供する曲、頑張って書いてます」
千尋は既に作詞作曲家としての第一歩を踏み出していた。
その才能は、業界でも高く評価され始めている。
「楽しみですわ」
綾乃は心からそう思った。
「あの……綾乃さん」
千尋の声が少し照れくさそうになる。
「私たち三人で、またいつか……」
「ええ」
綾乃は即答した。
「きっと、またステージで会えるわ」
◆ ◆
初冬の夕暮れ。
小さなライブハウスは、満員の観客で溢れていた。
瑠姫は、ギター一本を手に、マイクの前に立つ。
デビューの時とは違う緊張感。
でも、それは心地よいものだった。
「今日は来てくれて、ありがとうございます」
観客の中に、見覚えのある顔がある。
かつての「瑠姫」のファンたち。
そして、新しく瑠姫の音楽に惹かれた人々。
「この曲は、大切な人たちに捧げます」
ギターの音が、静かに響き始める。
♪ 遠い日の約束は 今も胸の中で輝いて
新しい朝を迎える勇気をくれる
たとえ形は変われど 想いは永遠に……
千尋が作詞を手伝ってくれた新曲。
綾乃からもアドバイスをもらった。
観客の中から、小さなすすり泣きが聞こえる。
でも、それは悲しみの涙ではなかった。
曲が終わると、大きな拍手が沸き起こった。
「ありがとうございます」
瑠姫が頭を下げた時、ふと後ろの壁に目をやる。
そこに、かすかな影が映っているような気がした。
幼い少女の姿。
長い黒髪が、夕陽に照らされて輝いている。
(瑠奈……)
妹の幻影は、優しく微笑んでいた。
「ありがとう、お兄ちゃん。私の夢、叶えてくれて」
その声は、瑠姫にしか聞こえない。
でも、確かにそこにあった。
「うん……」
瑠姫は小さく頷く。
「これからは、僕の夢を探していくよ」
幻影は、満面の笑みを浮かべて頷いた。
そして、夕陽の中に溶けていく。
瑠姫は再びギターを構え、観客に向き直った。
まだまだ、歌い続けなければならない歌がある。
新しい物語は、ここから始まる。
[完]
Trilias*(トリリアス*) ~音楽で想いをつないで~ 運び屋さん* @hakobiya_san
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