【第三章】
第14話 来訪者は輝く少年
「アキノ!! 久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」
両手を広げて、満面の笑みを浮かべて近づいてくる少年に、サトリは一瞬だけ顔を強張らせた。
(何これ、ハグ? ハグする展開なの?)
どう見てもあの腕は久しぶりに再会した友人を抱きしめようとしている。
外まで出迎えるためにコートを着込んでいたし、さほど女性らしい体つきでもないのでぎゅっとされたからといって即座にバレるとは思わなかったが。
雪の反射でまばゆく光り輝く館前の道を、白い息を吐き出しながら近づいてくる少年に微笑み返しつつ、サトリはその瞬間を覚悟した。
(わたしも申し訳程度にハグを返すべきかな)
覚悟ついでに両腕を広げて待ち構えてみる。
しかし、そのときは訪れなかった。
「イズミ様。お久しぶりです」
サトリの横に立っていたタキが、すっと歩み出して石段を下り、向かってきた少年を抱きしめた。
「タキ先生!?」
捕えられた少年はじたばたともがくが、タキは拘束を解く気はないらしい。
こんな遠くまで……、遠路はるばる……、長旅お疲れ様です。と、何やらぼそぼそと言っている声が聞こえる。
(同じことしか言ってないような気がするけど、大丈夫かな)
女性が無理で人間全般だめ。
自分以外の人間はすべて三周目以降の補正ありに見えるという偏った認識の持ち主であるところのタキにとって、少年はいかにも苦手な類に見える。
金髪翠眼の笑顔が明るい美形にして、アキノが保証するところの「人格者」。王家の遠縁で、かなり末端ながら王位継承権もあり。運動神経も抜群で子どもの頃から文武両道。
タキは「イズミ様か。十周目くらいだな」と独自の判定を下していた。
前世の行いが現世に反映されるというタキ提唱のシステムにサトリは同意しかねるのだが、イズミに限って言えば「チートだ」と素直に思った。
本人を前にしても、その確信は深まるばかり。
タキの腕に捕らわれたまま、もがきながらも「アキノー!」と手を振ってきている。
サトリもとりあえず手を振り返してみた。
少年の笑顔はまぶしくて、目に沁みた。
* * *
「イズミは僕の親戚で、幼馴染。年齢は十八歳。寄宿学校の生徒。ずっと学業優秀で、今は寮長をしているって言ってた。寮長にはいろんな役割があるけど、下級生に気を配ったり、寮監や学校の先生とも対等に話すから、年齢以上に大人びていると思う。僕もしばらく会ってないけど、性格は優しいよ」
アキノの説明を聞いて、サトリはタキに水を向けた。
「優秀な学生さんは寮長などについて、人間関係を磨くということですか。タキ先生は……」
「俺は全部の科目で常に一番だったけど、いない扱いだった。あれが首席だなんて学校の汚点だと言われていただろうな。他人に影響を及ぼすような役割は全部俺を避けて通っていったよ。一つも回ってこなかった」
回ってこなかった。
それは本人の主観であり、周りの人に聞けばまた違う証言が得られそうだなとサトリは思ったが、口には出さなかった。タキが厭世観バリアを張っていたのは動かしがたい事実だろう。
「ずっと前から、イズミには会いたいと言われていたんだ。たぶん、僕が十三歳になったことで、自分のいる学校に誘いたいんだと思う。立場的に僕は自由がきくからね。寮に入るという選択肢もないわけじゃない」
「そんな方の相手が、わたしに務まるでしょうか」
つっこんだ話をされたときに、うまく切り抜けられるだろうか。
戸惑うサトリに、アキノは少しだけ瞳をくもらせた。
「大丈夫か大丈夫じゃないかと言うと半々。ただし、何か不測の事態があっても噂にするような人間じゃない。そういう意味では、サトリが『アキノのいる環境』を体感するには適した相手だ。というか、実際、君が何か失敗しても失敗だと感じさせないくらいのフォローを入れて来るはず。優しいから」
アキノはサトリの目を見て、珍しく押しつけがましい言い方をした。そういえば「優しい」は先程も言っていた気がする。
イズミがアキノに扮したサトリに優しかったとして、それの何が問題なのだろうか。
こういう人間関係の機微は、タキに聞いてもまったく無意味であるのは知っている。
サトリは、後から剣の稽古中にシュリに尋ねてみた。
「アキノ様が言いたくないことなら無理に聞きたくもないんですけど。イズミ様ってシュリから見てどういう方ですか」
シュリは青い瞳をまたたき、剃ったり剃り残したり無精ひげの散った顎に手をあてて軽く考え込んだ。
「イズミ様といえば、若い女性たちの憧れの的かな」
「女癖が悪いとか、そういう意味ですか?」
一瞬で剣呑な表情になったサトリに対し、シュリは苦笑して続けた。
「女癖は悪くはない。そもそも浮いた噂がない。そこがまた人気なんだと思う。少なくとも世の中の娘さんたちはみんなコロッといっちゃうというのかな……。オレの若い頃を彷彿とさせるよ」
「なるほど」
「おい。流したな」
シュリがふざけた気配を感じて、サトリは素早く話を切り上げる。これ以上は有益な情報はなさそうだと冷静に判断したのであった。
(世の中の女性みんながコロっといっちゃうタイプか。お茶会に対する審美眼も確かだろうし。難しい)
十日間は瞬く間に過ぎ、イズミを迎える運びとなったのだった。
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