第15話 天使か、魔王(光属性)

「アキノが雪の館にこもっているって聞いて、お土産たくさん持ってきたよ。可愛い服やアクセサリーもいくつか買ってしまったんだけど……もういらなかった?」


 イズミは男装したサトリの目を見ながら、溌剌とした声で言った。


(このひと、大天使か、光の魔王だ)


 見るだけで目が痛い。

 サトリは眩しさに顔をしかめそうになり、「目にゴミが」と横を向いてやり過ごそうとした。


「ゴミ? 痛いのかな? ちょっと見せてごらん」

 イズミが軽く肩に手を置いて来る。

 咄嗟に腕を突っ張って胸に手をつき、押し返した。

(やってしまった!)

 自分の過剰反応に焦り、イズミを見上げる。


「ごめんね、びっくりしたかな」 


 先に謝られた。

 その上、優しい口調で言ってくる。


「目のゴミって取るに取れなくてつらいよね。涙を流すと出ていってくれたりするけど。笑わせようかな? 悲しい涙はせっかくの再会に不要だよね」

「泣くほど笑わせてくれるんですか?」


 こんな上品な顔してどんなネタを隠し持っているんだろう。


「お望みとあらば。そうだね、君の綺麗な涙を見たいしね。……アキノ?」


 最後の呼びかけは、サトリが廊下の壁に向かって両手をつき、大いにうなだれてしまったせいだ。


(耐えられる気がしない。光が強すぎる。側にいたら危ない)


「イズミ様。この冬の時期といえば、学年対抗の演劇イベントがありましたでしょうか。何か演じられたのですか」


 それまで無言だったタキが、ようやく助け船をくれた。

 サトリがさりげなく歩き出すと、イズミもそれ以上は追及することなくタキに向かって話し始める。


「私の学年は『若き恋人たちの悲劇』でした。毎年どこかは必ず演じるんですよね。誰もが筋を知っているだけに、配役や衣装が見せどころですが、私は今年が最後ということで主役を。断り切れなくて。タキ先生のときはどうでしたか?」

 前を向いたまま、タキはしずかに瞑目した。

(う……討ち死に早ッ)

 そんなイベント、タキが積極的にも消極的にも関わったとは考えにくい。思い出などあろうはずもない。

 

 今日が始まる前に終わりそうだと思ったが、幸いにも食堂についた。

 アキノが言うには「イズミは正式な作法はもちろん心得ているけど。学生だしそこまで正式のお茶会にはこだわらないから、学友みたいな感覚でもてなせばいいよ」とのこと。

 わざわざ寒い部屋に火を入れるでもなく、いつもの食堂でという段取りになっていた。

 正直なところ、助かった。慣れないことをしたらぼろが出まくる。

 ちらりと横を見ると、イズミがおっとりと微笑み返してきた。

 世の女性が憧れる王子様とは、こういう感じなのだろうという柔らかな笑みだった。

 サトリは強張った笑みを返しつつ、失礼にならない程度に目を逸らした。


(アキノ様以上に王子様だなんて未知すぎて怖い。もうトニさんと寝たい)


 食堂に入る前に、二人分のコートをタキに渡した。

 サトリの服装が完全に男物であることが、イズミの関心をひいたようだった。


「少し雰囲気が変わったとは思っていた。服装が変わったから気持ちや顔つきも変わったのかな。女の子の装いも素敵だったけど、凛々しいアキノもいいね」


 なんと言って良いかわからず、サトリはただイズミの綺麗な翠眼を見上げてしまった。見下ろす側のイズミは、伏し目がちとなり、睫毛の長さと星を浮かべたような瞳がなおさらその容貌を甘く彩っていた。


(バレてる……? 鏡を前に並んでみたら、アキノ様本人もかなり似ているって認めていたけど)


 別人なのだからバレるときはバレるとは思っていたが。

 イズミの反応は五分五分といったところで、気が抜けない。

 イズミはふんわりと笑ってから食堂のドアノブに手をかけ、開いてみせた。


「お招きいただいて光栄だけど、私は君を見るとつい構いたくなってしまうんだ。出過ぎた行動でもこのくらいはさせてね」


 優しげな声音でそう言うと、サトリが先に入るように促してくる。


(エスコートされてる!? これは招いた側がされてはだめなやつでは!?)


 内心サトリは焦って大きく目を見開いてしまったが、イズミの鉄壁の微笑は揺らがない。

 腹をくくって先に入る覚悟をした、そのとき。

 のそのそと歩いて来たトニさんが、サトリとイズミの足に大きな身体と長い毛先をやんわりとこすりつけて中へと入って行った。


「トニさん、です」


 イズミに言いつつ、後を追うように食堂に足を踏み入れると、イズミも続いてドアを閉めた。


「トニさんも久しぶりだ。また大きくなったかな。今も一緒に寝ているの?」

「気まぐれなので。タキ先生と寝てるときもあります。その方が多いかな」


 本当は、タキと寝ているときもあれば本物アキノと寝ているときもあるのだけど。


「そっか。でも今日くらいはこっちに来てもらおうか」


 イズミは特に疑問を呈することもなくそんなことを言う。

 この人もトニさん狙いか、とサトリが警戒したところでイズミはにこにこと笑いながら続けた。


「話したいことがたくさんある。今日はトニさんをはさんで三人で寝ようね」


 ……何を言い出したんですかこの大天使様は。

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