第6話 裏切りの魔法少女
魔法少女の武器。
それは、グリップにそれぞれの名前の花の文様が刻まれた、白銀の銃だった。
ナズナは両手で、白銀の輝きを放つ銃を強く握りしめた。
そして、手の中の冷たい塊に、力を、思いを、込めるていく。
銃身が、ゆっくりと熱を帯びていくのが伝わってきた。
十分な高まりを感じたら、引き金を引く。
たった、それだけ。
それだけのこと、なのだが――――。
「…………う、うぅ。また、不発……」
白いブレザーの魔法少女ヒナゲシに変身したナズナは、ガクリと肩を落とした。
それだけのことが、ひどく難しい。
銃身に込めたはずの力は発射されることなく、ナズナが引き金を引くのと同時にぱぁっと霧散してしまった。
「そう焦るなって。まだ三日目だろう? 思いを込められるようになっただけでも、早すぎるくらいなんだって! もっともっと、ゆっくり、じっくりでいこう! な? そう、ゆっくり。兎に角、ゆっくり。一か月以上かかったって、全然構わないしな。うん、出来れば、一か月半とか、二か月とか! むしろ、かかってほしい!」
「はい、そこ! 負の記録更新を迫らない!」
希望を込めた瞳で失敗したナズナの肩を叩くサルビアを、スイレンが肘で小突いた。
「大丈夫。もう一歩だよ。サルビアは、ここまで来るのに半月近くかかった上に、ちゃんと発射できるようになるまでに、更に半月かかってるからね。技名とかポーズとか、余計なところにばっかり力を入れてたせいもあるけど」
「なっ!? 魔法少女にとって、技名は大事なことだろう!?」
そのまま言い合いを始める二人に苦笑を浮かべてから、ナズナは気を取り直すように深呼吸をして、再び両手で握りしめた白銀の銃に力を込めていく。
もう少し。
あと、もう少しのはずなのだ。
天使と悪魔が眠る、私立リリアナ女子中等学園。
生徒の魂を狙う悪魔の使い、ヘビと戦うのは、天使リリアナに選ばれた白いブレザーに身を包む魔法少女たち。
ヒナゲシ―――。
その名を天使リリアナに与えられて、ナズナは魔法少女となった。
本当なら。
ユリハナのたった一人のパートナーになるはずだった。なるつもりだった。
裏切り者呼ばわりされて、いつも一人で行動している赤髪の魔法少女ユリハナ。忘れ物を取りに戻った放課後の教室でヘビに襲われたナズナを、助けてくれた人。ナズナの命の恩人。
裏切り者なんて、信じられなかった。
きっと、何か事情があるはず。魔法少女になったら、無理やりにでもユリハナのパートナーになって、いつか誤解を晴らしてみせる。
そう意気込んでいたナズナだったが。
魔法少女になったばかりのナズナの前に現れたのは、ユリハナ…………ではなく。
ユリハナを裏切り者呼ばわりした、カトレアたちだった。
ナズナが魔法少女になった前日の放課後。
ナズナとカトレアは、ユリハナを巡って少々気まずい感じになった。そのはずなのに、カトレアたちは何事もなかったかのように魔法少女となったナズナを歓迎し、受け入れた。
仲間になるのなら昨日のユリハナを巡る一件は不問とする……といった雰囲気ではなかった。気まずさを飲み込んで新たな魔法少女を受け入れたのではなく、昨日の一件そのものがなかったかのような、一点の曇りもない歓迎ぶりだった。
いずれにせよ、魔法少女に変身できたことで浮足立っていた上に出会い頭で失態を演じたナズナが、そこに疑問を感じることはなかった。
そのまま、歓待ムードのカトレアたちに流されるままに、ナズナはカトレアたち『聖なる花』……若しくは、『リリアナ研究クラブ』の一員として、先輩魔法少女であるサルビアとスイレンにヘビとの戦い方を教わることになったのだ。
ただし、現実はアニメのようには甘くはないらしく、魔法少女になったからといってすぐにヘビと戦えるわけではないらしい。
そもそも。ユリハナが学園内のどこにいるのかも分からないのだ。
武器が扱えない状態でフラフラと学園内を捜し歩いたりしたら、ヘビの餌食にされてしまうかもしれない。
魔法少女なのに、ヘビにやられる。
さすがに、それは避けたい事態だ。
兎に角、まずは武器を使えるようにならないことには話にならなかった。
ユリハナを探すつもりなら、闘い方も知らない分際で闇雲に学園を彷徨い歩くよりも、まずは先輩魔法少女たちに戦い方を教わった方がいいだろう。
そう思って、ナズナは素直に戦い方を教わることにしたのだ。
カトレアたちがユリハナと敵対していることには、そうしている自覚もないまま、都合よく目を瞑った。
いつか、裏切り者と誹られるかもしれない自覚も覚悟もないまま、ナズナは先輩たちに教えを請う。
銃の使い方を教わり始めて、今日で三日目だった。
放課後になると、先に帰ったふりをして学園に戻り、誰もいないことを確認したうえでこっそりと変身する。
まだ一人では戦えないナズナは、何かあったらすぐに逃げられるように下駄箱近くで変身するようにしていた。すると、ほどなくしてカトレアが迎えに来てくれるのだ。カトレア一人の時もあれば、誰かと一緒の時もあった。そうして、まずはどこかで落ち合ってから、パトロール組と新人研修組に分かれるのだ。
初日は、まったく進展がなかった。
おもちゃの銃で魔法少女ごっこをしているだけにも思える、散々な結果だった。
二日目は、合流するまでの間に、カトレアがアドバイスと共に実演をしてみせてくれた。
「これはね、本物の銃じゃないの。物理的な弾じゃなくて、思いを込めて打つ、魔法の銃なの。みんなを守る、ヘビを倒す。その思いこそが、魔法少女の弾丸なのよ」
女神のように神々しいわりに、おっとりと天然じみた所が親しみやすいカトレアだったが、この時はまるで別人のようだった。
流れるような所作で太もものホルスターから銃を抜き取り、引き金を引く。銃身からは、いつか見たのと同じ白い光が放たれた。
映画のアクションシーンを見ているようで、ナズナは思わず拍手をしてしまった。
「これでも、リーダーですからね」
照れながらも誇らしげに、カトレアはナズナに微笑んだ。
いつもの女神の微笑みとは少し違う感じだった。より、カトレアの素に近いとでもいうか。こっちの方が好きだなぁとナズナは思った。
ユリハナへの想いとは別の憧れを、カトレアにも抱いた。
純粋な、魔法少女としての憧れだ。
自分もああなりたい……という憧れ。
ナズナは、より一層やる気を奮い立たせた――――のはいいのだが。
それですぐにものになるほど、現実という奴は甘くなかった。
カトレアはあんなに簡単に実演してみせたというのに。
いざ、自分がやろうとすると、どうもうまくいかないのだ。
正直なところを言えば。カトレアの動きはあまりにもスムーズ過ぎて、一番肝心な思いの弾を込めるところがよく分からなかった。まるで、最初から弾が装填されている銃の引き金を引いただけ、のように見えたのだ。そのせいで、カトレアの動きをなぞろうとしたら、より一層おもちゃの銃で遊んでいる女子中学生感が増してしまったのだ。
教育係のサルビアとスイレンは、そんなナズナを怒ったりはしなかった。
というか、自分たちにも覚えがあることのようで、苦笑いしながら「カトレアは次元が違うから、手本には向かないんだよ」とナズナを慰め、ここでようやく具体的なアドバイスをしてくれた。
二人とも昨日は、ポーズを決め技名を叫びながらの実演に忙しく、アドバイス的なことは一切してくれなかったのだ。
昨日の内に教えて欲しかったな、と思いはしたものの、二人がお調子者であることは、すでに何となく察していたので、ナズナは余計なことは言わずにアドバイスをありがたく頂戴した。
「兎に角、銃身に集中するの。心の中で、ヘビをやっつけるぞー的なことを念じながら、その思いを腕から銃身に流し込んでいく!…………的な?」
「うまくいけば、魔法の力が銃の中に集まって来てるってのが、なんか感覚的に分かるから。十分にパワーが溜まったところで引き金を引く!」
そう言って、二人も実践してみせてくれた。
そのせいで、より一層先ほどのカトレアの実演が引き立った。
二人が銃に思いを込めるまでに数秒、込めてから発射するまでに、また数秒がかかっていた。
けれど、カトレアは違ったのだ。思いを装填するのも速かったけれど、放つまでも速かった。秒もかかっていなかったのではとすら思える。
あんな風に一瞬で力を放つことが出来るのは、カトレアだけだと二人は言った。
伊達にリーダーに選ばれたわけではない、ということなのだろう。
二人からのアドバイスを生かそうと、ナズナは早速挑戦してみた。
(ヘビを倒す!)
両手で銃を構え、教わった通りに念じながら、その思いのエネルギーが腕を通じて銃身に流れ込んでいるところをイメージする。
兎に角、念じて。
兎に角、イメージした。
何度も、何度も。
けれど、サルビアの言うような“感覚”は、一向に訪れない。試しに引き金を引いてみるが、やっぱり何も起こらない。
落ち込むナズナと、安心したような笑顔を隠し切れない表情で慰めるサルビア。それを嗜めるスイレン。
そんなことを繰り返しながら、何とかナズナが“銃身に力を込める”感覚を掴んだのは、その翌日。ナズナが魔法少女になってから、三日目の、本日ついさっきのことなのだ。
喜ぶナズナとスイレン。落胆の表情を浮かべるサルビア。
だが、そこからが、またうまくいかなかった。
銃身に込めた力を打ち出そうと引き金を引くと、せっかく溜めた力が発射されることなく霧散してしまうのだ。
喜ぶサルビア。落ち込むナズナ。サルビアを小突くスイレン。
集中は、すっかり途切れていた。
サルビアはグルグルと腕を回しながら、ニッとナズナに笑いかけた。
「よっし。一旦、休憩にしようぜ」
「え? でも……」
「こういう時は、一回気分を変えた方が結果的にうまくいくようになったりするものだしねぇ」
「さ、練習を続けようか」
「サ・ル・ビ・ア!」
仲良く言い合いを始めそうな二人に、ナズナは肩の力を抜いて、銃をホルスターに仕舞う。それに気づいたサルビアが、ナズナの肩に腕を回してくる。
「先に、技名を考えるっていうのはどうだ?」
スイレンがナズナに微笑みかけながら、サルビアの腕を抓る。
「あんまりオススメはしないけど。何も起こらないのに一人で技名叫んでるのって、傍から見てると痛々しいだけだから。それに、どうせ本番の時にはそんな余裕ないっていうか。いざ、ヘビを目の前にしたら『当たれ!』とか『消えろ!』とかぐらいしか出てこないしね」
「……………………それが、今後の課題だな」
スイレンの手を払い落としたサルビアは、言いながら隠れるようにナズナの背後に回る。後ろからナズナの両肩に手を乗せて、盾のようにスイレンの前に突き出した。
二人のやり取りにも慣れてきていたナズナは、動じることなく心の中だけでツッコミを入れる。
(どれか一つに決めちゃえばいいのに。毎回、違う技名にしてるからいけないんじゃないのかなぁ?)
ローリングサンダー。
ホーリーシューティング。
スターライト☆フラワー。
ホーリーシャイン。
サルビア・ビーム。
いずれも、ナズナが聞いた、お手本を示す時にサルビアが叫んだ技名だ。
カタカナ以外に共通点はない。
その時、思い付いた技名を叫んでいるだけのようだった。
「毎回、ちゃんと技名を言ったり、ポーズを決めたり。アニメの魔法少女はすごいよなー。オレも見習わないと」
「いや、アニメの敵は技名言い終わるまで待っててくれるけど、現実の敵は待っててくれないから」
腕を組んでうんうんと頷きながら感心しているサルビアにスイレンが呆れている。
「あの、そう言えばなんですけど。カトレアって、ホーリーフラワーズが好き、なのかな?」
ナズナはアニメの魔法少女でふと思いついたことを聞いてみた。
ホーリーフラワーズは、ナズナが小さい頃に大好きだった、社会現象にまでなった魔法少女アニメだ。
カトレアはよく自分たちのことを『聖なる花』と称しているのだが、つまりはまあ、そういうことじゃないかと思ったのだ。
サルビアとスイレンは顔を見合わせた後、微妙な表情で押し黙り、お互いを肘で突き合っている。
それだけで、何となく分かった気がする。
やっぱりもういいです……と、ナズナが言いかけた時、スイレンが言いづらそうに口を開いた。
言いづらそうにしてはいるが、目はいたずらに輝いている。
ポーズだけで、本当は言いたくてたまらない感じだ。
「本人は、そんなことないって否定しているんだけど……」
「真っ赤になって、すっげーむきになってたからな。あれは、クロだな」
なんだか、二人は楽しそうだ。
「クロって、そんな犯人みたいに……」
続きを聞いていいものやらどうやら分からず、ナズナは曖昧な笑みを浮かべる。
「魔法少女なんて低俗です! とか言ってたけどさ。ホントは大好きだよな、あれ。もっと自分に素直になればいいのに」
「ねー。中学生にもなって、魔法少女大好きー、なんて恥ずかしいのは分かるけど。今となっては、自分たちもその魔法少女なわけだし。気にしなくてもいいのにね」
サルビアの声真似は意外と似ていた。
悪口を言っているようでいて、実はカトレアへの愛が溢れていることは、二人の表情から分かる。
「えと、でも、あたしも好きですよ。ホーリーフラワーズ。今、再放送してるんですよね。主人公のアイリスちゃんとローズ様の関係とか、大好きです!」
とりあえず、カトレアへのコメントは避けてみる。
「あー。クイーンローザだっけ? 赤い髪で裏切り者とか、ちょっとユリハナみたいだな……」
「そうねぇ」
ホーリーフラワーズへの愛を語ってみたら、思わぬ返しが来て、ナズナは心臓が止まりそうになった。でも、これはチャンスだとすぐに思い直す。
「あの、ユリハナが裏切り者って、どういうことなんですか?」
ずっと気になっていたことだった。
けれど、自分からユリハナのことを尋ねようとはしなかった。ユリハナへの気持ちを隠しているのは、ほとんど無意識のこととはいえ、やはりどこかで後ろめたく感じていた。
それに、ナズナは二人のことも好きになっていた。二人といる空間は居心地がいい。だから、ユリハナの名を出すことで、それを壊したくなかった。無意識の逃げだった。
自分から切り出すことは憚られる。
けれど、二人の方から話題にあげたのならば、それを無視することは出来なかった。
二人との繋がりを壊したくないというのも本心だけれど、ユリハナのことを知りたいというのもまた、ナズナの本心だったからだ。
ナズナに問われた二人は、すぐには答えなかった。
二人とも、瞳に不思議な色を湛えて、ナズナを見つめている。
ナズナが戸惑っていると、サルビアはフッと視線を外し、がりがりと頭を掻き始めた。
「あー……。詳しいことは、そのうち、カトレアから話があると思う。オレたちも、当事者だったわけじゃないし、実際に何があったのかは知らないんだ」
「ただ、過去に何かがあって、
「そ、そんな!? 何があったのかも知らないのに、裏切り者呼ばわりしてるんですか!?」
カッとなって二人に詰め寄ると、サルビアは苦笑いを浮かべた。
「なんか、ちょっと前にもこんなことあったなぁ…………。まあ、あの時やられてたのはカトレアだけど」
その一言でナズナは我に返り、押し黙った。
サルビアたちは気づいていないようだった。以前、ユリハナのことでカトレアに食って掛かった一年生が、魔法少女のヒナゲシだということに。
ナズナはそれを、自分が平凡なせいで二人の記憶に残らなかったのだろうと解釈して、それ以上追求しようとはしなかった。
そんなに自分は印象が薄いのだろうかと地味にショックを受けながら、黙って二人の話を聞く。
「カトレアは、知ってるんだと思う。リリアナ様から、何があったのか聞いてるんだと思うんだ。でも、それは、私たちには知らされてないの。…………たぶん、ユリハナが裏切ったのは、私たち魔法少女の誰かとかじゃなくて、リリアナ様なんじゃないかな。勝手な推測だけど」
「まあ、だからって、ユリハナが悪魔の手先になったとまでは思ってないんだけどさ。あいつがヘビをやっつけて生徒を助けてるのは事実だし。何か事情があるのかなー、とは思うんだけど。何かは分からん」
「まあ、その辺は、ヒナゲシがカトレアから話を聞いてからまた語り合いましょうか。あ、でも、気を付けてね。キキョウとスズランはアンチユリハナ派だから。あの二人には、こーゆう話はしないように! でも、私たちでよければ、いつでも話に付き合うから。私たちも、ユリハナのことは気になってるんだよね」
スイレンの瞳にいたずらっぽい輝きが戻ったことで、今日はこの話は終わりなんだと分かった。
「よーし、じゃあ、練習を再開しようぜー!」
サルビアがグイッと伸びをしながら、威勢よく再開を告げる。
その後の練習は、散々だった。
恐れていたことが、ついに起こってしまったのだ。
銃を取り出す時に、スカートの裾がホルスターに引っかかって捲れたままになってしまった。その結果。青と白の横縞を、二人にバッチリ見られてしまった。
女の子同士ではあるし、そこまで恥ずかしいパンツではないし、チラッとだけだったら、ナズナももう少し冷静でいられたと思う。
けれど、なかなかにしっかりバッチリ見られてしまったのだ。
茹でダコのようになったナズナは、銃身に意識を集中するどころではなく、明らかに休憩前より悪くなっていた。
でも。
集中できなかったのは、パンツを見られてしまったせい、だけではなかった。
むしろ、パンツの正に出来て良かったな……とすら思っていた。
胸の奥で、なんだかモヤモヤした気持ちが渦を巻いていた。
モヤモヤしたまま、はっきりしない何かが、胸の奥で燻っている。
集中できないのは、それのせいだった。
――――そんな本日の魔法少女活動を終えて。
家に帰ったナズナは、カバンを放り出して、制服のままベッドの上に腰かけて考え込む。
魔法少女は、みんなユリハナと敵対しているのかと思っていた。
でも、どうやら。
サルビアとスイレンは、ユリハナの味方……とまではいかないが、中立派ではあるようだ。
ユリハナへの誤解を解いてみせる。
そう熱意を燃やしているナズナにとって、二人の存在はとても心強い。
魔法少女の中にも、ユリハナのことを分かってくれる人がいることが嬉しい。
二人にならば、ナズナの本心を打ち明けて味方になってもらうこともできるのではないか、そんな考えすら浮かんできた。
軋轢を恐れて、ナズナはユリハナへの想いをカトレアたちには告げなかった。その後ろめたい事実から目を逸らしたくて、ナズナは隠し事をしているという事実そのものからも目を逸らした。すべては無意識化で行われたことで、ナズナは隠し事をしているという自覚も、いつかユリハナのために行動を起こすとしたら自らもまたユリハナ同様裏切り者扱いされるかもしれないという覚悟もないまま、カトレアたちとの仲を深めていった。
その欺瞞は今、やはり無意識化で別の認識へとすり替わり、最初から存在していたかのように意識の上に浮上した。
ナズナは、軋轢を恐れて都合の悪い事実を隠したのではない。
そうではなく、より良い結果を導くために、打ち明けるタイミングを計っていただけなのだ。
それが、ナズナにとっての真実となった。
良心の呵責なく二人を味方につけるなら、その方が都合がよかったからだ。
こうして、自覚もないままに、ナズナの靄が一つ晴れた。
なのに、気持ちはちっとも晴れなかった。
モヤモヤが、今も渦巻いている。
ユリハナへの誤解を解いて、ナズナがユリハナと他の魔法少女との懸け橋になる。
それが、ナズナの願いだった。
サルビアとスイレンの存在は、ナズナの願いを叶えるための一歩になるはずだ。
二人の気持ちを知って、願いは一歩前に進んだはずだ。
とても喜ばしいことのはずだ。
それなのに。
そのはずなのに。
その喜ばしいはずのことが、ナズナのモヤモヤの原因だった。
(あたしだけじゃ、なかったんだ)
フッとモヤモヤが形を結んだ。
そのことを残念に思っている、ナズナがいた。
ナズナの働きで、他のみんながユリハナの真実に気づいたのではない。
ナズナが働きかけるまでもなく、裏切り者というユリハナの立場に疑問を抱く者が、ナズナの他にもいた。
その事実に、がっかりしている自分にナズナは気づいた。
そして、気づいたからこそ――――。
ナズナは勢いよく両手で頬を叩いた。
パンッ!――と、いい音が響き渡る。
(ダメだ! これじゃ、嫌な子になっちゃうよ。仲間が増えるのはいいことなんだから。そう、これは、嬉しいことなんだから! すべてはユリハナさんのため! ユリハナさんのために! よし!)
思い切りよくやったおかげか、嫌な気持ちが少し吹っ切れたような気がした。
気合も入った気がする。
でも、やっぱり。ちょっとやりすぎたかも知れない。
抑えた手の下で、頬がジンジンと痛い。
もしかしたら、赤くなっているかもしれなかった。
その感情が嫉妬であることに、ナズナは気づかないままでいた。
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