08-着々とワゴンからローテ―ブルへと

 着々とワゴンからローテ―ブルへと、シャルロッテさんの手によって食料が移されていく。厚く斜め切りにされたパンに、薄切りのサラミ、ハム、焦げ目が美味しそうなソーセージ。瓶詰のジャム。ホットワインの入ったマグカップを気が付けば両手で抱え込んで、私はシャルロッテさんがローテ―ブルに並べるものを一つずつ眺めていた。


「多くない?」

「ビアンカさんからの指示で、私とギーゼラさんもここで夕飯を取るようにと」


 一人での食事は寂しいな、と思っていたところだから、思わず二人の顔を眺めてしまう。ギーゼラさんは少し嫌かもしれないけれど、シャルロッテさんは嫌がっていないようだ。


「あら。それじゃあバルドゥイーン様、私たちもお相伴にあずかりますね」

「よかった! 一人で食べるのは、今日は寂しいなと思ってたんです」


 私の言葉に、シャルロッテさんとギーゼラさんは顔を見合わせた。今日ばかりは理解してほしい。


「まあ、そうですよね」

「知らない場所に飛ばされて、挙句にアイベンシュッツですもんね」


 ワゴンに乗っていた食器と料理をすべてローテ―ブルに移動させた二人は、それぞれ椅子に座る。シャルロッテさんは向いのソファに、ギーゼラさんは化粧台前の丸椅子を持ってきた。私は、この部屋に運び込まれた時の椅子に埋もれている。


「それじゃあ給仕はまず私がしましょう。バルドゥイーン様、分からない食材はありますか?」

「パンもハムもソーセージも、多分こっちにもあるものだと思います」


 製法とか味とかはまあこの際脇に置いておくとして。それは食べたらわかるだろうし、そもそも私は他の国の食材にそれほど詳しくないし。


「その、瓶詰は何ですか」

「ベリーのジャムですね。他のものは塩気が強いですから、甘未として持ってきたのでしょう」

「チーズと併せても合いますよ」


 忘れてた、と、シャルロッテさんがワゴンからお皿をローテ―ブルへと移した。なぜ二人がかりで忘れているのか。もしかしたら二人とも、疲れているのかもしれない。

 それもそうか。二人にとってもイレギュラーですもんね。


「シャルロッテさんのおすすめは後にして、まずはギーゼラさんのおすすめをください」


 自分で考えるのは力強く放棄する。食べてみて、美味しかったら覚えればいい。

 お城の料理人さんの、もしかしたらそうじゃなくてビアンカさんのチョイスかもしれないが、少なくとも美味しくないものはチョイスしていないだろう、という信頼感で考えるのを放棄する。だって私、スズランのお客人、だそうだし。宗教上のお客様に、美味しくないものは出すまい。

 たとえ宗教上のお客様でなくても、お客様に美味しくないものは出さない気がする。美味しいと思っていても口に合わない、は、カウント外だ。それは悲しい事故なので。


「それではまずはこちらをどうぞ」


 ギーゼラさんは厚切りのパンの上に、美しく小さい壺から恐らくはバターを取って塗り、その上にハムとチーズを乗せた。あ、このコンビはこっちでも鉄板なのか。


「チーズは薄く切ったものを好む人も多いですが、私は厚切りのままの方が好きで」

「町のおじさんたちはそれを貧乏くさいとかって言いますよねー」

「ご当主様は丸のままかじるのがお好きなことは、その男衆には内緒にしておきなさいな」

「むしろ丸かじりは貴族の遊びなのでは」


 そもそも一般市民が丸ごとを入手するのはお高そうである。現代日本においては確か売っていたと思うけれど、買ってどう保存するのとかって問題もあるし。多分その辺りは、こっちだって変わらないはずだ。

 ギーゼラさんが手早く、ギーゼラさんとシャルロッテさんの分も盛り付けて小皿に取分けるのを待って、私はホットワインのカップをテーブルに置く。ちびちび飲むと、そのたびにシナモンの香りが抜けるのが、癖になる。


「いただきます」


 見たところ、パンも、それからハムもチーズも向こうで見たものと大差はないように見える。ハムは少し肉っぽいかもしれないけれど、こんなのがあったような気もするし。


「あ、美味しいです」

「お口にあったようで何よりです」

「じゃあお次は、こちらをどうぞ」


 私がギーゼラさん作のオープンサンドを頬張っている間に、シャルロッテさんはソーセージを三人分に切り分けて、それぞれの小皿へ盛り付けてくれていた。ちなみに、彼女のお皿は綺麗になっているので、もうパンは食べ終わったらしい。

 シャルロッテさんにあわせて、ギーゼラさんがフォークを配膳してくれる。頂いたフォークで、ソーセージを刺して頬張る。


「セージ入りの奴だ! 美味しいですよね、これ」

「臭み消しとして入れているんですが、そちらでも同じことを考えたんですね」


 美味しいものは、国境どころか世界線を超えるらしい。単純に同じことを考えただけかもしれないけれど。少なくとも、食いしん坊はどこにでもいるのだということで、ギーゼラさんと、シャルロッテさんとは意見が一致した。


 私一人なら食べ終わるのにとても時間を要しただろう量は、三人分だとするとすぐに終わる。美味しかった。

 シャルロッテさんに手を引かれ、私はこれまで見たこともないほど大きなベッドへと連れていかれた。三人くらい余裕で寝れそう。学生時代、友人たちと泊まった女子会プランのラブホのキングサイズベッドよりでかい。

 横もだけど、縦が。


「明日の朝は起こしに参りますので、それまでゆっくりお休みください。ご朝食は、ご当主様ご一家とご一緒に、と伺っております」

「貴族のマナーは、存じ上げないのですが!」

「庶民の出身であるということはベアトリクス様から伝わっておられると思いますので、お気になさらなくてよろしいかと」

「しますよ!」

「わかります。しなくていいと言われても、気になりますよね」


 ベッドによじ登り、おそらくは羽根布団だろう上掛けの間に潜り込む。枕もふわふわだ。そば殻枕を愛用していたけれど、これは駄目だ。体が贅沢に慣れてしまう。


「お休みなさいませ、バルドゥイーン様。明日はお召し物をご用意して伺いますね」

「おやすみなさい」


 優しく、胸の所をポンポンと叩かれる。寝かしつけられるのなんていつぶりだろう。子供の頃、風邪をひいたのが最後じゃなかろうか。ちなみにそれがいつかはさっぱり覚えていないし、本当に寝かしつけて貰ったのかも定かではない。

 ドラマとかアニメの記憶と混同していない自信もない。

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