07‐優しく包帯を巻いてくれ

 私の反対の腕に薬を塗るために立ち上がった、ギーゼラさんがさっきまで座っていた場所にシャルロッテさんが座り、薬を塗ってくれた所に薄い布を置いて、優しく包帯を巻いてくれた。


「そこまでするほどの大けがですか?」

「いえいえ、この薬、私たちもちょっとしたケガの時に使うんですが、すごくべたべたするんですよ。小さい傷だとハンカチでくるんでおけばいいんですが、バルドゥイーン様の傷は、一つ一つは小さいですが、広範囲でしょう。大きい布で覆って、包帯を巻いてしまった方が簡単なんですよ」


 それなら納得。薬ってどうしてもべたつくものの方が効果が高いような気がしてならない。多分、そういうことはないと思うのだけれど。


「腕が終わったら、一旦着替えて、足にお薬を塗りましょう」

「よかった。バスローブ一枚で、少し心細かったんです」

「あら、バスローブの文化じゃないんですね」

「私の家は、お風呂上りはお風呂場の横にある脱衣所ですぐにタオルで体を拭いて、体が温かいままパジャマを着なさい、って躾けられました」

「文化の違いですね」

「バスローブの国もあるみたいですけど」


 生憎行ったことはないので、らしい、どまりだ。海外旅行、したことないけれど日本人はあまりバスローブで過ごさなそうだな、となんとなく今思った。


「先ほどまで着用されていた下着は、洗濯に出してあります。お国のものとは違いますが、今夜はこちらをご利用ください」


 シャルロッテさんが用意してくれたのは、なんというかこう、お高い下着屋さんのマネキンが着ているような奴だった。名称は知らない。ロングのキャミソールみたいなやつ。シルクとかで出来てる。買ったことはない。ああいうのは、もうちょっと年が上で、結婚を視野に入れた女性が買うものじゃないのか。いわゆる勝負下着、的な。


「ベアトリクス様のために仕立てたものですが、こういうものは好まれないとかで未使用です。かわいそうなので使ってあげてください」

「じゃあ遠慮なく」


 触ってみる。

 シルクじゃなかろうか、この触り心地は。持っていないから、綿ではなさそう、という判断だけれど。後は、貴族のお嬢様が綿とかポリとかはないだろう、とも。綿はあるかもしれないけれど、ポリはないだろう。そもそもポリエステルとか存在してなさそう。


「下着の類はお下がりいただけないのが難点なんですよね」

「他のお洋服はあるんですか?」

「サイズアウトしたら気前よくくださいますよ。本人ワンピースとか嫌がるので」


 確かにベアトリクスさんは男装をしていたように思う。騎士の装いを男装というのなら、だけれども。少なくともワンピースではなかった。ワンピースであの剣捌き足さばきだったらそれはそれでとてもすごいと思う。


「ですから明日の朝もお楽しみになさってください。ベアトリクス様の着ていないお洋服がワードローブにあるので、そこから持ってきますから」

「お世話をおかけします」

「良いんですよ、お洋服は着られてなんぼなんですから」

「仕立て屋的には季節ごとに仕立てるから上客なんでしょうけれど、職人としては口惜しい、と言っていましたね」


 そうだろうなあ、とシャルロッテさんと一緒になってギーゼラさんの言葉に頷いた。折角作ったのに、袖を通してもらえないのは寂しいだろう。


「あれ、こちらの人って、この格好で寝るんですか?」

「いえいえ、この後パジャマをお渡ししますよ。足の治療が終わりましたら。それから、お食事を持ってまいります」


 その格好で寝る方も、もちろんおられますけれども、と、シャルロッテさんが持って回った言い方をした。いるにはいるんだな。きっと寝椅子とかで、パイプをくゆらせるんだろう。デカダンな感じに。デカダンて何。なんだっけ。


「横になって、足をこちらに。そう、治療をしない方の足は、立てていただけるととても助かります」


 足元にギーゼラさんが座り、私は横になる。と、寝そうなので起き上がる。

 傷は、脛の半分から下に集中している。後は足首の靴擦れと、足の裏の豆だ。ギーゼラさんは丁寧に薬を塗って、布を当て、包帯を巻いてくれた。足首をひねっているわけではないので、固定するタイプではなく、足の裏と足首は靴下をはくように勧められた。勿論、靴下も新しいのをいただいた。

 シャルロッテさんが用意してくれた寝間着は、袖は肘までの長さで、裾は膝が隠れるくらいの頭からかぶるタイプの布の服だった。スウェットのようではあるけれど、生地は多分綿とかそういうのだから、違う気もする。

 それから、くるぶし丈のズボン。

 前開きではない。パジャマというのがしっくりくる。


「こちらへどうぞ」


 シャルロッテさんは夕飯の準備をするために部屋から出て行ってしまったので、パジャマを着るのもソファへと連れて行ってくれるのもギーゼラさんだ。何なら靴下も履かせてくれた。

 慣れないことばかりで恥ずかしいけれど、お客様扱いをされているというよりはどちらかというと怪我人扱いをされている、が近い気がする分、なんとなく気楽ではある。明日の朝は分からないけれど。

「おまたせしましたー」


 シャルロッテさんが、あの、映画とかで見る、銀色のワゴンに載せて夕飯を運んできてくれた。


「バルドゥイーン様は、お酒はたしなまれますか?」

「年齢的には成人していますので飲めますが、あんまり」


 美味しいとは、思えない。もしかしたら、美味しいお酒に出会えていないだけなのかもしれないけれど、まあそれはそれとして。


「本日はできれば飲んでいただきたかったですが、無理はできませんので、お飲み物はこちらで」


 ローテ―ブルに載せられたのは、湯気を立てるマグカップ。甘い香りがする。


「ホットワインです。色々入れて苦手だったら困るので、シナモンだけですが、温まりますよ」


 お風呂上がりでこれっぽっちも凍えてはいないけれど、ありがたくホットワインを貰う。匂いを嗅いでみれば、そんなにお酒の匂いはしない。温めた時に飛んだのか、それともシナモンの匂いが強いのか。

 せっかくなので一口飲んでみると、甘いブドウの味わいと、それからシナモンが鼻に抜ける。美味しい? シナモンが好きな人にはとても美味しいだろう。今の私にはシナモン強いなー、という感想しかない。是非眠くない時にまた飲みたい。

 その間に、着々とワゴンからローテ―ブルへと食料が移されていく。厚く斜め切りにされたパンに、薄切りのサラミ、ハム、焦げ目が美味しそうなソーセージ。瓶詰のあれは、ジャムだろうか、それともパテと呼ばれるものか。ホットワインの入ったマグカップを気が付けば両手で抱え込んで、私はシャルロッテさんがローテ―ブルに並べるものを一つずつ眺めていた。

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