02-私は自分で歩ける

 特に足に大けがを負っているわけでもないので、私は自分で歩ける。運ばれるのが正しいのかもしれないけれど、念の為、そう主張してみた。


「なりませぬ」


 そしてあっさりビアンカさんに否定される。やっぱり駄目ですか、でも説明はしてほしいなと、ビアンカさんを見たら、あれ、別に怒ってはいない? 笑ってらっしゃる?


「バルリングの森には、毒性のある植物がわんさと生えております。バルドゥイーン様のお体には、いくつが傷がついておりますでしょう」

「それは、はい。今のところ痛みはないですが」


 興奮しているせいで痛みを感じない、と言われてしまえば多分その通りなので、でももしかしたらそれも大事な問診かもしれないので自己申告はしておく。


「ご自身で歩かれることで万が一毒が体内に入り込んでおり、それらが体内に回ると一大事でございます。諦めて、運ばれてくださいまし」

「そういった理由があるのでしたら、コルネリウスさん、ダニエルさん、どうぞよろしくお願いします」


 馬上からではあるけれど、私は二人に頭を下げた。コルネリウスさんは立ち上がり、二人は揃って右手を拳にして胸に当て、腰を折った。

 これ見たことある! お父さんが前にテレビで見てた映画のワンシーンにあったよ! いやまあ、だから何、と言われると恥ずかしいけれど。


「ご理解ありがとうございます。それでは椅子に移しますので、お手を拝借」


 ダニエルさんが、私に向かって両手を伸ばす。私は状況がよくわからなかったので、振り返ってベアトリクスさんを見た。


「ああ、エリィを下す手助けをしようとしているんだ。君の腰は私が持ち上げるから、そのままダニエルに抱えられてくれ」

「え、あ、はい。少し恥ずかしいですが、わかりました」

「あ、コルネリウスの方がよければ、交代しますが」

「お気遣いなく」


 欲を言うのならベアトリクスさんが受け止めてくれた方が恥ずかしくないのだけれど、それはわがままが過ぎると思うので、大人しくベアトリクスさんに持ち上げられて、カリーナの上を通り越し、ダニエルさんにキャッチされた。

 ダニエルさんは私を軽々と荷物のように扱い、優しく椅子へとおろしてくれた。少しときめいたのは、内緒。

 椅子はちょうど、カリーナとベアトリクスさんの方を向いていて、私たちは向かい合う形になった。カリーナの目が、優しく私を見つめてくれている。実際のところは分からないけれど、そう思う事にした。した。


「エリィ、私はこの後、父上にお会いして今後の事について相談をしてくる。今日はおそらくもう会えないだろうから、後はビアンカの指示に従ってくれ。お休み、どうか良い夢を」

「ベアトリクスさん、今日はありがとうございました。そして今後も、しばらく御厄介になります」


 ならないはずがない。

 私はこの国の事もこの世界の事も私を呼んだ神様の事も知らないのだ。だから分かる人に聞くし、頼る。彼らにとってはどうやら悪いことではないようなので、安心して頼れるのはとても良いことだ。

 だから私はベアトリクスさんに軽く頭を下げる。そんなことをしないでください、と言われないのをいいことに。


「ビアンカ、コルネリウス、ダニエル。あとは任せた」

「はい」

「は」

「承りました」


 ビアンカさんと、コルネリウスさんと、ダニエルさんがベアトリクスさんに頭を下げた。

 ベアトリクスさんが特に鞭を入れるとか手綱を引っ張るとかなんかそんな操作をするでもなく、カリーナはゆっくりと動き出し、少し歩いた先で振り返って体の向きを変える。厩舎はきっと、隣の敷地にあるのだろう。

 ベアトリクスさんとカリーナが立ち去るのを待って、ビアンカさんたちが頭を上げた。


「それではバルドゥイーン様、まいりましょうか」


 ビアンカさんが私の方を向いたことで、二人ほどメイドさんがお城の玄関口へと歩いていく。あそこはなんて名称なのだろう。調べたこともない。

 城門ではない気がする。それは、城壁の方にあるやつで。


「挨拶が遅れましたが、私は月島絵里と申します。ベアトリクスさんから、軽く鈴蘭の客人、という立場である、とは伺いましたが、その、バルドゥイーン様、と呼ばれるのはむず痒いと言いますか」


 分かりますよ、と言わんばかりにビアンカさんが頷いてくれる。これはもしかすると、もしかするかもしれないぞ。


「正直、自分を呼んでいるのだと理解するまでに少し時間を要しますので、どうかエリィと呼んでくださいませんか。ベアトリクスさんから、その方が発音しやすいと聞きました」


 ビアンカさんは、少し思案するように首を傾げた。難しいだろうか。

 天狗様みたいなもんだろうし。正直天狗に名乗られて……太郎冠者たろうかじゃとか次郎冠者じろうかじゃとか名前があった気がする、天狗。名前だよね、あれ確か。


「承知いたしました。エリィさまは元来、バルバラ様のお客人であり、当家にご滞在の間は旦那様のお客様ですが、それがお名前をお呼びしないことにはなりませんもの。私はエリィさまと呼ばせていただきます」

「あ、騎士団は保留でお願いします。違う方向の問題が発生しそうなんで!」


 ダニエルさんが軽く顔の前に手を挙げて申し訳なさそうな顔でそう言ってくる。どんな問題なのか少し興味はあるけれど、それもきっと、今日ではなく明日以降ベアトリクスさんに聞いた方がいいことなのだろう。


「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」


 それでもわがままを言っているのはこちら、という気持はあるので、受入れてくれたビアンカさんに頭を下げる。コルネリウスさんとダニエルさんは、きっと部屋まで運んでくれるだけだろうし、まあ名前で呼んでもらえなくても、それほど辛くはないだろう。


「それじゃあ、失礼しまして。よっ」

「はっ」


 コルネリウスさんとダニエルさんが同時に掛け声をかけ、椅子を持ち上げる。二人は椅子の左右に立ち、椅子の前足を片手で掴み、もう片手は椅子の背を支える。二人には身長差があるようだったのに、どちらかに傾くことなく、椅子は水平を保っていた。勿論、落ちないようにと、ちょっとだけ後ろ倒しだけれど。


「バルリングの森には、毒性の植物が多い、と先ほどお伝えしましたでしょう」


 先導するように、いや事実先導してくれているのだろう、前を歩くビアンカさんが、私の疑問に答えてくれる。顔に出ていたのかな。


「騎士団は森で戦うこともありますが、森で実習を行う事も多くあります。そうすると毒を受け、ここまで運び込むこともしょっちゅうですから、自然と運搬が得意なものも出てきます」

「バルドゥイーン様は女性ですから体も大きすぎず椅子に収まってくれていますし、痛みでのたうち回ってないんで、運びやすいですよ」

「ダニエル、女性にそういうのはどうなんだ」

「単なる事実だって。椅子に収まらない体格の奴を運ぶ際は、梯子を使ったりもしますよ」


 ああそれは、何だっけ。高校の保険の授業で習ったんだっただろうか。担架の代わりになる、って話。

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