01-カリーナの背に乗って

 ベアトリクスさんの操る馬、カリーナの背に乗って、夕日に照らされたお城へとゆっくり歩みを進めていく。

 こちら側が丘の上だからか、城壁の内側の様子がよく見えた。お城の入口の辺りは慌ただしく、おそらくは数人の騎士だろう人と、それから同じくらいの数のメイドさんがいる。彼女たちは何かの準備を、おそらくは私たちを迎える準備を終えると、ピシッと並んだ。


「エリィ」

「はい?」

「おそらくこれから君には、しばらくの間窮屈な思いをさせる。それは私たちの宗教に起因する事だが、極力領内では気楽に出来るように父に掛け合うから、少し待ってほしい」

「ありがとうございます。助かります。マナーについては少しはやりましたが、こちらの国との相違もあるでしょうし」


 私の知ってるマナーが不調法程度ならともかく、決闘の申込とかだと困る。その辺りは多分聞けば教えてもらえるだろうけれど。勿論ベアトリクスさんが言っているのはそうではない、と言うのも分かっているけれど、やっぱり気になるところだ。

 気を使うなと言われても気は使うけれど、気楽に出来るならやっぱりそれは助かるし。

 大体、私の知ってるマナーなんて結婚式での食事のマナー程度だし。大学時代の友人は、高校のマナー教室の設定がなぜか大使館の晩餐会だったと言っていたので、彼女が来た方がよかったのかもしれないとは思う。……いや、ダメだ。あの子は喜んで勇者になるだろう。あれ、いいの?


「何だ、覚悟はできているのか」

「流行りの物語、と言えばいいのか。こう、異世界に行く話っていうのは、私たちの国では人気なんです。両親のころにもあったと聞きますし、古いお話にもあったと思います」


 かぐや姫は異世界転生? 桃太郎も桃から生まれてるから転生物かな。浦島太郎が亀に誘われての異世界転移?

 中国は多いよね。霧を抜けたら異界だったって話は。

 あ、そうか。妖怪ものとか似たようなものかな。すぐにぱっとは色々浮かばないけれど、江戸時代の黄表紙にはなんかかんかありそうではある。専門じゃないから、よくわからないけれど。


「あなたの世界では、行って帰ってきたものが多いのだな」

「どうなんでしょう? 実話である話ではなく、山から戻ってこなかった子供は異界に行っていた、神に隠された、とかって話になりますし。別の場所から来た人を生贄にしたって話も多いって聞きますし」


 よく考えてみると、日本のそういう話殺伐としてるよね。深く考えてはいけない気がした。


「こっちでは、帰れない方が多いんですか?」

「仔細は帰ってから文官に確認してもらうが、王子様と結婚して幸せに暮らしました。めでたしめでたし。というお話は覚えがある」

「こっちにもそういう話はそれなりにありますね。やっぱり女の子に人気で」

「勇者になった話とかは?」

「それらもそれなりに人気ですけれど、こちらでは魔王とかいるんですか?」

「……まおう? 聞き慣れない言葉だから、いないのだろう。平和そのものだよ」


 話している内に、緩やかだった坂道は平坦になった。遠目でも威厳たっぷりだった城壁は、もうとっくに見上げる高さだ。くすんだ灰色の城壁は、きっと建造当時は白かったのだろうと思わせる。

 重厚な城門が、内側から開いた。森から魔獣? が体当たりしても、開かないようになってるんだろう。

 門を開いてくれた人たちが、腰を軽く折って会釈する。馬上のベアトリクスさんは彼らに軽く手を振って挨拶を返した。私も、門を開けてくれた彼らと同じように、会釈を返す。笑ってくれたので、合っていたのだろう。

 カリーナは、それからベアトリクスさんが言う所の練兵場と、騎士団寮という名の二階建てのお屋敷みたいな規模の家の前を通り、先ほどよりは低い塀と門の前で足を止める。

 ここまで、まっすぐではない。踏みしめられた道があったから、道を辿れば辿り着けるだろうけれど、と言ったところ。イノシシだったら辿り着けなさそう。


「随分、念を入れていますね」

「今はこの辺りまでの侵入を許すこともないけれどね。この地はバルリングの森との最前線だから、慎重にならざるを得なかったのだろう。興味があるなら、今度歴史書を読んでみる?」

「文字が読める自信がないのですが」

「会話はできているし、もしかしたら読めるかもしれないじゃないか」


 正直なところ、雑談以上の興味はない。でも確かに、文字が読めるかどうかは試しておいてもいいかもしれないな、と思った時。次の門も開いた。

 すぐそこ、というほど近くもないけれど、カリーナの足なら実際すぐそこにお城の玄関口がある。バルリングの森、へと向かうこちらの門から見て、左手側にお城があり、道は緩やかに右方向へカーブしていた。丘の上から見た景色を思い出すに、あちら側にもう一つ門と、それから城下町があるのだろう。

 カリーナはぽくぽくと足音を立てながら、お城の玄関口前で待ち構える人々の前へと移動する。騎士のような姿の人が二人と、メイドのような姿の人が七人。総勢九名でのお出迎えだ。


「戻った」

「お帰りなさいませ」


 ベアトリクスさんの言葉に返したのは、一人だけ前に立っているメイドさんで、他の人たちは後ろで頭を下げた状態で固まっている。腰に来そうだ。


鈴蘭のお客人バルドゥイーン様をお迎えした。彼女は庶民の出身とのことで、このような扱いには慣れていないだろう。ビアンカ、対応する人数を最低限まで減らせ」

「承知いたしました」


 ビアンカさん、というのがどうやらここの人たちのトップらしい。いや、内部までは分からないけれど、少なくとも今ここにいるメイドさんたちのトップ。

 後ろにいる人たちは私と同じかちょっと下かちょっと上かなくらいの、要するに同年代の若い人が多いのに、ビアンカさんだけは両親と同じかちょっと下くらいのお年頃に見える。あのお年頃の人の実年齢は、正直当てる自信ないのだけれど。


お客人バルドゥイーン様におかれましては、お疲れのことと思われます。不肖わたくしコルネリウスとダニエルめでお部屋までお運びいたします」

「堅い、堅いよコルネリウス! 今バルドゥイーン様は庶民の出だって言われたばっかりだろう!」


 騎士の内、黒髪の男性が片膝をつき、頭を下げて滔々とうとうと口上を述べた。その後頭部を、黄色い、金髪とかではなく、黄色の髪の青年がぱしぱしと音を立てて叩く。音は軽いから、そんなに痛くはなさそう。多分。


「ベアトリクス様、バルドゥイーン様には醜態をお見せしました。なにとぞご容赦ください。これからバルドゥイーン様を、滞在用のお部屋までおれとコルネリウスで椅子に座っていただいた状態でお連れします。カリーナより揺れますが、ま、そこもご容赦ください」

「あの、いえ、自分で歩けますが」


 特に足に大けがを負っているわけでもないので、私は自分で歩ける。運ばれるのが正しいのかもしれないけれど、念の為、そう主張してみた。

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