03-お城の玄関口には数段の階段があり

 お城の玄関口には数段の階段があり、メイドさんたちの押さえてくれている見上げるほどのドアをくぐり、エントランスホールへ。二階までの吹き抜けの天井は、城と言っても戦闘用の要塞に近いらしく何か素敵なものが描かれているわけではない。中央に大きな階段があり、中二階というか踊り場の正面には肖像画が掛けられていて、そこから左右の廊下へと繋がる階段が延びていた。


「私の国でも、椅子やはしごを担架の代わりにする、っていうのは聞いたことがある気がします」

「ああ、どこも同じなんですね。そういうのは」

「使えるものを使えば、そうなるのでしょうね」


 ビアンカさんと、ダニエルさんと、私で雑談をしながら進んでいく。コルネリウスさんは喋らない。彼が口を開くのは、ダニエルさんをたしなめるときのようだ。


「この肖像画は、現当主、ディーデリヒ・ファビアン・クリスタラー様です。ベアトリクス様の、お父様ですね」


 きりっとした渋いおじ様は、言われてみればベアトリクスさんに似ているかもしれない。肖像画で写真ではないから、髪の色が同じだな、くらいの感想しかないのだけれど。

 ビアンカさんは、右に曲がった。その後に続く私たちというか、私を乗せた椅子と、それを担ぐ二人と、その後ろにメイドさんたちである。彼女たちはおそらく、私を乗せた椅子が通るドアを開けてくれるために残っているようだ。さっき玄関でそうだったし。多分、そうだといいな。


「本日今後の予定です」

「はい」

「これからしばらくエリィさまが滞在される客間にご案内いたします。そちらでお召し物を一旦脱いでいただき、お怪我など確認させていただきます。お風呂の準備ができ次第、本日は薬湯に入っていただきます。目視できない程度の傷から、毒が回られてはいけませんからね」

「そんな可能性もあるんですか」


 恐ろしい。

 破傷風だって言われてみれば、そんなものか。小さい傷から菌が入って、腐るんだった、かな。だから、傷が出来たら水でよく洗い流す。


「お風呂の後は、お部屋で軽くお食事をとられて、お疲れでしょうから本日はもうお休みになってしまわれますよう、ディーデリヒ様より言いつかっております」

「お気遣いありがとうございます」

「当たり前の事でございますよ」


 それは私が、スズランの客人だからですか、とは聞けなかった。

 ビアンカさんの言い分を聞くに、多分、騎士団の人が怪我をしても同じような対応になるのだろう。このお城に連れて来て、ビアンカさんがってことはないと思うけれど。けれどきっと、こっちの世界では、国の外から来て、知らずにケガをした人にはこうやって対応しているのだろう。

 多分それだけ、怖い毒があの森にはあるのだ。多分。考えたくないけれど。

 そうこうしている内に、部屋へと着いた。メイドさんが一人、前に回ってドアを開けてくれる。観音開きの扉ではなかったので、椅子は横向きになって部屋へと入った。

 部屋は、広い。部屋の広さから考えるに、多分、あのドアも広かったんじゃないかと思う。引越の時に楽そう。いやそうじゃない。

 私の一人暮らしのアパートの、倍はあるのではないだろうか。あってもいい気がする。建物自体だって、私のアパートよりも、なんなら職場の入ってるビルよりも大きいような気がするし。

 部屋に入ってすぐに目を引くのは、薄いレースのカーテンのかかった大きな窓だ。

 私を乗せた椅子は、部屋のほぼ真ん中にある応接セットの椅子だったようで、二人掛けのソファの向かいにそっと降ろされた。後でよく見たら、ソファに置いてあるクッションと、椅子に置いてあるクッションが同じ柄だった。


「それではバルドゥイーン様。自分たちはこれで」

「よい日々をお過ごしください」

「運んでいただいて、ありがとうございました」


 椅子からまだ立っていいのかわからなかったので、座ったまま運んでくれたコルネリウスさんとダニエルさんに頭を下げる。二人は拳を胸にあてて、ダニエルさんは軽く、コルネリウスさんはきっちり腰を折って頭を下げた。たったこれだけの挨拶なのに性格って出てるんだなぁ

 そうして二人は去って行ったのだけれど、その間もメイドさんたちは甲斐甲斐しく動いてくれていた。私は怖くて動けないので、それをただ椅子の上から見守るのみである。

 あと多分、動いてもただ邪魔なだけですしね。


「アデーレ、カミラ、デリア、フィーネはお風呂の準備をしてちょうだい。ゲルダは厨房に軽くつまめるものを一時間ほど後に持って来てくれるように指示を。ギーゼラ、救急箱を取ってきなさい。

 シャルロッテは、こちらに」

「はい」


 ビアンカさんの指示を受けると、皆軽く会釈して、それから仕事へと移っていく。お風呂の準備を、と言われた三人は廊下に出るのではなく隣の部屋に続くのだろう位置にあるドアを開けた。各部屋に! お風呂が!

 もう一人の人はタンスの上に置いてあった箱を獲りに行き、最後の一人がビアンカさんのそばへときた。


「エリィさま、本日はお怪我の具合を確認させていただくこと、そしてご挨拶もかねてメイド長のビアンカが参りましたが、明日からはこのシャルロッテがエリィさまの身の回りのお世話を担当いたします」

「よろしくお願いいたします」


 ビアンカさんと、シャルロッテさんと紹介された、赤い髪の同年代だろう女性が腰を深く折って挨拶してくれた。身の回りのお世話?! 自分のことくらい自分でできます! と言いたいけれど、私はお城の中の事とか何も知らないし、この国の常識とかも知らないし、教えてもらう必要はあるだろう。

 病人とか貴人がしてもらう身の回りのお世話のレベルを一瞬想像しかけたけれど、よく考えればそうじゃない身の回りのお世話もたくさんある気がする。


「シャルロッテはこの街の雑貨屋の娘ですから、服を選ぶのもうまいですし庶民の風俗にも詳しいです。おそらく、エリィさまの話し相手としては最適だと思います」

「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」


 そこまで考えて貰えているのなら、甘えることにする。全部を否定するよりも、甘えられる所は甘えておいた方が、多分本当に嫌なことはお断りできそうだし。

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