凍星の街
神無月そぞろ
01 隘路の奥
太陽が傾くにつれて夜の面積が広がってきた。空は昼と夜の入れ替わりが進み、地上では人工の明かりが
太陽が消えるとカラスは鳴くのをやめた。沈黙したまま高層ビルの隙間を凝視している。ビルとビルの境目が蜃気楼のように揺らいだ。奥でぼんやりとしたオレンジの光が
冬は昼が短くすでに空は暗い。しかし窓や街灯から
無機質なビルが立ち並ぶオフィス街は、仕事を終えたビジネスパーソンが行き交っている。連れだって談笑しながら帰る人もいれば、黙々と駅へ向かう人もいる。
仕事を終えた
脇目も振らずに駅を目指す。歩き慣れた通勤路を突き進んでいると、次第に歩みが遅くなりついに足が止まった。
(ビルの隙間で何か光っていなかったか?)
毎日通っているので知っている場所だ。あのビルとビルの合間は突き当たりが見えなくて真っ暗のはず。そこに光が見えた気がした。
(狭い空間で人が歩ける道ではなかったよな?
何もないはずなのに明かりが見えたような……?)
確かめるべく
(気のせいじゃない。明かりが点いている。
どうやら建物があるみたいだ)
目を凝らすと薄明かりの中に濃い茶色の扉が見え、建物の輪郭も徐々にわかってきた。白壁の平屋に木製のドアがあり、横にかかっている小さなランタンが光の正体と判明した。
(お店かな?)
狭いと思っていた隙間は人が通れる広さがある。この先に店があってもおかしくはなく、隠れ家的な建物が気になる。それにオレンジの明かりが暖かそうだ。寄ってみたいけど
昼のように明るい街路に対して小径は夜が支配している。奥の建物まで距離感がつかめなくて
(暗い道を通るのはちょっと不安だな)
ためらっていると若者が小径へ入っていった。闇と混ざって姿ははっきりしないが、すれ違いざまに見えた黒髪に入った明るいオレンジと白のメッシュが軽快に動いている。
向こう側に出ると薄い光に照らされて姿が見えた。若者は黒い服で全身を包んでおり、2色のメッシュが強調されていた。
(この辺りの学生かな?
通り慣れてる感じだった。
一人だと不安だけどあんな若いコが行くなら大丈夫だろう)
意を決して小径に踏み込み、急ぎ足でビルの間を抜けると予想外の光景が広がっていた。
閉塞的な空間を予想していた路地の先は、高いビルに四方を囲まれてぽっかりと空いていた。整地された土地の中央に年季を感じる平屋が肩身狭そうに存在しており、ビルの隙間から入る街の明かりを受けている。
(通勤路から1本それた所にこんな場所があったんだ)
(あの若者はどこに?)
見回しても姿は見えない。薄暗い空間で一人という状況は心細い。でもそれ以上に目の前の建物が気になった。
看板はないが外観からレトロ調のカフェに見える。警戒しながら近づいていき、建物の前に着くと足を止めて観察を始めた。
木製ドアの横には窓があり、木枠から店内の様子が見えている。作り付けの棚には皿やカップなど食器が並び、テーブルに置かれたサイフォンから蒸気が出ている。
体をずらして覗くと、カウンターに銀縁眼鏡をかけた白髪の老人がいてカップを磨いている。慣れた手つきでていねいにふき終えるとカップを棚へ戻した。その際に目が合ってしまった。どぎまぎしてると老人はにっこりと微笑んだ。
盗み見していたような状況にばつの悪さを感じ、すぐに立ち去るつもりだった。ところが店主の人柄が良さそうで思いとどまった。
(感じのいいマスターだ。
寒いことだし、ちょっと寄ってみよう)
ドアを開くとカランカランとベルが鳴った。店内は照明がいい具合に落とされていて穏やかな空間になっている。コーヒーの香りが充満していて気分が落ち着く。深呼吸するとマスターが声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
おっとりとしたマスターのおかげですっかり緊張はほぐれ、店内に足を踏み入れた。奥へ進みながら観察していく。
家具のほとんどは木製で外観と同じようにレトロな造りだ。古さを感じるけど手入れが行き届いている。席の一つひとつにコートハンガーと荷物を置けるボックスが用意されていてゆっくりできそうだ。
どの席にしようか迷っていると窓際が目にとまった。二人用の席はテーブル面積がゆったりとしている。カウンターからも距離があり、一人で落ち着けそうなのでそこに決めた。
(雰囲気はいいけど、木の椅子は硬くてニガテなんだよな)
年季の入った椅子におそるおそる座ってみると、背もたれ部分やお尻下のクッションが体にちょうどフィットして座り心地がいい。体を預けるとやさしく包み込んでくれて一気にリラックスできた。
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