第6話 守りたいものと失いたくないもの
どれだけ泣いただろうか。
それでも溢れる想いが止まらない。
嘘だと言ってくれると思った。くだらない冗談だと訂正してくれると思った。
でも何も言わずに出ていってしまった。
あの日、会った彼女は偽物だったのか。それとも本物だったのか。そもそもずっと偽りだったのかもしれない。
だが例えそうだとしても、これまでの思い出は何ものにも変えがたい事実だ。
それにディアンが勝手に言っているだけで明日にはひょこっと登校してくるかもしれない。
既読がつかないのだって療養中だからだ。
だから、だから涙が止まってほしい。この感情の荒波を抑えたい。
もう向き合うべき場所が分からない。
現実に向き合う事も出来ず、目を背ける事も出来ず。
心が押し潰されてしまいそうだ。
「姉ちゃん!」
扉が壊れるかという程の勢いでユウトが入ってくる。
「来ないで!」
今は誰とも関わりたくない。
アリスは拒絶をするがユウトは構う事なく、それより鬼気迫る様子でアリスのくるまる布団を剥がす。
「ディアンさんが…、ディアンさんが!」
問答無用で腕をとられ玄関まで連れて来られたアリスは、そこで衝撃の姿を目にする。
「アリスか…」
「何…してんのよ…」
血塗れで座り込んでいるディアンの体には至る所に傷がある。それも掠り傷などではなく、穴まで空いている。
どう考えてもただ事じゃない。
「もっと安全に終わらせるつもりだったんだがな」
「アリス!早くディアン君に血を飲ませるんだ!」
状況の呑み込めないまま父に誘導され、ディアンに自身の腕を噛ませる。
牙が刺さるとたらりと血が流れるが痛みはない。
そもそもそんな事気にする余裕すらなかった。
血を飲むとディアンの傷はみるみる塞がっていく。大きな穴の開いた箇所はすぐには塞がらなかったが、それ以外の傷は瞬く間になくなった。
その様子に皆が安堵する中、アリスだけは困惑し続けていた。
「ア…アンタ何してたの…」
「野暮用でしくじってな」
「そんな訳ないでしょ!アンタ、ナツキん家行ってたんじでしょ!?」
ディアンからの返事はない。
だがそんな事返事がなくても分かる。どう考えたって何かに襲われた傷だ。
そして今そんな傷がついているという事はヨグドスとの戦闘があったことの証明でしかない。
「何で…黙って行くのよ」
「すまない」
今になって思えばディアンがどれだけ自分に気を遣っていたのか理解出来る。だからこそ一人で解決しようとした事も。
だがそれでも一人で抱え込まないでほしかった。頼ってほしかった。例え非力で無力だと思われていようと。
能力も使えない状態で戦うなんて無謀すぎる。
自分が死ぬ可能性があるからではない。ディアンに死んでほしくないからだ。
今のディアンの姿を見ただけでも心が張り裂けそうなのに、もしも戻ってこないとなったらそれこそ心は壊れてしまっていただろう。
「もう二度と一人で無茶しないで」
頬を涙には伝う安堵と怒りが混じっていた。
ディアンはその涙を見て小さく「あぁ、分かった」と返事をするのだった。
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