第7話 氷雪の吸血鬼現る①

 ナツキ一家のヨグドス被害は未曾有の殺人事件として連日ニュースに取り上げられた。

 犯人不明の猟奇的殺人。

 ヨグドスについての情報は一切出てこなかった。

 殺人事件に伴い、近辺の学校も暫く休校となった。

 当たり前と言えば当たり前だろう。殺人鬼がいるような場所に子どもを出す事なんて出来るわけがない。

 それもあってか引っ越ししていった人もいると聞いた。

 悲しみは癒える事はないだろう。受け入れる事も出来ないだろう。

 だがそれでも生きていかねばならない。前を向いて、ナツキに顔向け出来る生き方をしなければならない。

 そうする事が今の自分に出来るナツキへの償いだと信じて。


 何日家で過ごしていたのだろうか。

 ディアンと過ごす日常に慣れてきた頃、インターホンが鳴る。


「何だ?」


 ディアンが応対すると、そこには猫目のいかにも胡散臭さを醸し出している女性が立っており、その後ろには小学生くらいの少年が隠れる様にこちらを伺っていた。

 こんな時期に一般人がわざわざこの家を訪ねる用事なんてない筈だ。

 あるとすれば用件など一つだけだろう。

 だがそうなると目の前にいる二人は対象外だ。


「何者だキサマら」

「ちょいとお話ししよう思てな」


 ほら見た事か。やはり普通じゃない。

 明らかな牽制だ。断ればどうなるか分かったものじゃない。


「いいだろう。付き合ってやる」

「なら歩きながらでどうや?今のご時世家ん中入るんもどうかと思うしな」


 ディアンは女の提案に乗り、アリスを連れて外へ出る。

 そして女を先頭に、四人は目的もなく歩き始める。


「ちょっと、どういう事?」


 状況が飲み込めず一人困惑しているアリスがヒソヒソとディアンに聞く。


「さぁな。だが、ただ者じゃないだろう。オレ様を事件の犯人だと目星を付けて接触しに来ている」

「何それ!ヤバいヤツじゃん!ど、どうすんのよ!」

「何コソコソ話しとんのや。別にとって喰うつもりもないわ」


 呑気に前を歩く女はツッコむと歩みを止める。

 振り向くその目がうっすら開くと、覗く眼光がアリス達を捕らえて冷えた空気が漂う。

 雰囲気が変わった。ディアンは警戒体制を取ると、女は「ただ…」と言葉を続ける。


「アンタがウチらの敵やないと証明出来たらやけどな」


 予備動作はなかった。だが油断もしてなかった。

 なのに、気が付いたらディアン達の足元が凍りついていた。


「やはりキサマ吸血鬼ヴァンパイアか」

「なんやアンタ確証なかったんか。てっきり分かった上で乗ってきたんやと思たんやけどな。随分と呑気なヤツやな」


 最初から疑ってはいた。

 九割九部、吸血鬼ヴァンパイアだとは思っていたが、自分以外の吸血鬼ヴァンパイアはいないのではないかと考えてしまっていた。

 その雑念が行動を遅らせた。その結果このざまだ。


「呑気なのはそっちだろ」


 だが、まだ負けた訳じゃない。

 ディアンは氷に包まれた足を無理矢理動かし、氷から足を引き剥がす。

 皮膚は剥げ、血が滲み出る。

 しかしそれはディアンにとっては好都合。

 一飛びで距離を詰めると足裏に血の鎌を作り斬りかかる。

 間一髪避ける女の吸血鬼ヴァンパイアだったが、かわしきれずに鼻と目の間の皮膚が大きく裂ける。


「やるなアンタ。ウチの名前はエルドラ・シーラ。アンタは?」

「ディアン」


 ディアンは名乗るとアリスに吸血する事を伝え首筋に噛みつく。

 氷結系統の能力。それも手練れだ。

 だが、こちらと同じく吸血しないと力を発揮出来ないのだとしたら。しかし、このレベルだ。エルドラもすでに吸血はしているだろう。


「ようやくやる気になったか」

「そっちから仕掛けたんだ。ただで済むと思うなよ」

「やったらその力見せてみや」


 お互いに戦闘態勢に入る。

 氷結vs操血の吸血鬼ヴァンパイア対決が始まろうとしていた。

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