第2話 まさかの居候吸血鬼

 目を覚ますとアリスは家のソファーにいた。

 意識を失ったんだろうという事は覚えている。

 だけど、そもそもあの出来事は本当だったのだろうか。夢を現実と勘違いしていただけなんじゃないだろうか。

 そんな思いが頭を過っていた。いや、過ったのではなく、そうだと思う。

 だって、あんなあんな事は夢でもない限り起こり得ない。

 絶対に夢に決まっている。

 そう思いアリスが体を起こすと、そこには真実が映っていた。


「やっと起きたんだねアリス」

「心配したのよ。帰ってくる途中で倒れたそうじゃない」


 父と母だ。紛れもなく本物の家族だ。

 発言を聞く限り、夢と同じで何処かで倒れてしまっていたらしい。

 奇妙な偶然もあるものなのだと思った。

 そして同時に、一つの疑問が湧き出てくる。

 それは自分を家まで運んでくれたのは誰なのかということ。

 母の発言から、誰かに介抱された事は事実だろう。

 そうなってくると介抱してくれたのは誰なのかということになる。

 そしてその答えは向こうからやってくる。


「あれ?姉ちゃん起きたんだ。ねぇ、父さんの服ダサいのばっかだね。普通の見つけるの苦労したよ」

「何言ってるんだユウト。父さんの服はダサくなんかないぞ」

「はいはい」


 父と話している弟の後ろには、夢で見たはずの男が立っていた。

 嘘であってほしい。そう願ったところで現実は変わらない。

 受け入れがたい現実にアリスは飛び起きた。


「パパ、ママ何でアイツがここにいるの!?」

「指を指すのはやめなさい。失礼だよ」

「そうよ、ディアンさんがアリスを家まで運んでくれたんだから、まずはお礼を言なさいよ?」


 言い返すことの出来ない正論にアリスは渋々腕を下ろすと、ディアンと呼ばれた男の前に行き頭を下げた。


「助けてくれてありがとうございました。はい終わり!さっさと帰って!」


 嫌々ながらにお礼を言うとアリスはディアンの腕を引っ張り部屋から出そうとした。

 助けてくれたのは事実かもしれない。起きたことが全て現実だったかもしれない。

 だが、例えそうだとしてもディアンが不審者であることに変わりはない。

 だから一刻も早くこの家から追い出さねばならないとアリスは考えていた。

 しかし、家族の考えは全く違った。


「何してるんだいアリス!」

「何で!?帰ってもらうだけだけど!」

「あらあら、そんなことしないの。ディアンさんは今日からうちに住むのよ?」


 思わず大きな声で「はぁ?」と言ってしまった。

 この不審者を、浮浪者を、不法滞在人をこの家に住まわせるだって?

 母が何を言っているか理解出来ても、何を考えているのか全く分からなかった。


「どうして!?こいつどう考えても不審者だよ!?知ってる!?こいつ、空から降ってきたんだよ!?自殺志願者なの!そんな気味の悪いやつ置いとけるわけないじゃん!」

「そうは言ってもなぁ」

「そうよね。もう住んでいいわよって言っちゃったし」

「し…信じらんない!バッカじゃないの!?もう知らない!」


 あまりの能天気ぶりにアリスは怒り心頭で部屋を出て行ってしまった。

 父と母が度かつく程のお人好しだという事は分かっている。そしてそんな父と母が大好きだということも。

 でも今回だけは許せなかった。受け入れられなかった。


「あーあ、姉ちゃん怒っちゃったよ。ああなったらしばらくは無理だね。ディアンさんも気にしなくていいよ。姉ちゃんああいう人だから」

「いや、少し話をしてくる」

「あらそう。気を付けてね~。アリスの部屋は一番奥だから~」


 ディアンは「あぁ、知っている」とだけ返すと部屋を出ていった。

 アリスの部屋の前に着くとディアンはノックをするが、アリスの返事も待たずに入っていった。


「小娘、入るぞ」


 一言声はかけたものの、返答を待たずに入ったディアンに返ってきたのは勢いよく飛んできた枕だった。


「出てって!」


 布団にくるまり叫ぶアリスだったが、その願いは叶えられることはなく、ディアンは部屋にある椅子に腰かけ枕をベッドに投げ帰す。


「別にキサマがオレ様を嫌うのも無理はないと思うが、話さなければならないことがある」

「私にはない!出てって不法滞在者!」


 アリスの気持ちが分からないわけではなかった。

 だが、ディアンにも引けない理由があった。

 だからため息一つつきはしたが、ディアンはその場を動くことはなかった。


「聞きたくないなら好きにしたらいい。勝手に喋らせてもらうからな」


 返事はない。

 だがそれ以上の事もないなら、それは受け入れたも同義。

 ディアンは布団にくるまったままのアリスに向けて話し始める。


「さっきも言われていたが、オレ様は今日からこの家の世話になる。キサマは不満だろうがこれには理由がある。一つはオレ様には今住む場所がないからだ。だから好意に甘えることにした。二つ。キサマとオレ様の間に契約が出来たからだ。意味が分からないだろうが、そのまま聞けよ。まずオレ様は人間じゃない。吸血鬼ヴァンパイアだ。そしてキサマの経験したことは夢ではない。全て現実だ。空を飛んだことも、化物に襲われたこともな。話を戻すが、あの時、オレ様にキサマは血を飲ませだろう。あれで契約が完了した。それによりキサマとオレ様との間で主従関係が出来てしまったんだ。オレ様はその契約を解除したい。だからそれまでの間世話になるということだ」


 まるで馬鹿げている。子どもの考えたような話だ。

 話は一応聞いていたアリスは思っていた。

 だが、全部が全部信じられないという訳じゃない。

 何故なら経験してしまったから。

 どんなに拒絶しようと、化物に襲われたことも空を飛んだことも嘘じゃない。

 その時の感覚は気にしないように、偽物だと思おうとしていた。

 だがしかし、今でもはっきりと残っているのだ。

 脳裏に焼き付いてしまっている。

 それでも、一つだけ話の中でアリスの知らないものがあった。


「契約って何?」


 布団から顔だけを出したアリスは淡々と問う。

 自分の血を飲ませた後、ディアンは空を飛んで血を操っていた。

 それが契約の効果によるものなのかは正直どうでもいい。

 アリスが気になっていたのは、主従関係という部分だった。


「先程も言った通り主従関係を結ぶものだ。言っておくがキサマが従者でオレ様が主だぞ」

「ハァ!?何それ!意味分かんないんだけど!」


 衝撃の事実の発言にアリスは思わず体を起こし、布団から出てしまった。

 そんなアリスを見てもディアンは眉一つ動かすことなく話を続ける。


「仕方がないだろ。あの時は何故か力が使えなかったんだ。契約には主従関係を結ぶ以外にも、キサマの見た、血を操れるようにする力を高める効果もある。だから一か八かでやるしかなかったんだ。お陰で死ななかったんだ。礼を言われても文句を言われる筋合いはないぞ」


 そう言われると反論は出来ない。

 アリスは口を紡ぐ事しか出来なかった。


「だが、一つ。いや二つか。この契約には問題がある。一つは一度交わした契約を解消する手段がないということだ」

「何それ!?」

「まずは聞け」


 問い詰めようとするアリスにディアンは静かに言葉で抑え付けた。

 そしてそのまま話を続ける。


「二つ目は、こっちの方が問題だ。主従関係を結んだ状態で主人が死ねば、従者も道連れになる」

「…は?」


 あまりにも衝撃的で理不尽な内容に、アリスもそれまでの勢いを失い言葉を漏らした。

 新しい情報ばかりで頭がいっぱいになっているにも関わらず、新たに追加されたそれまでのどれよりも重要な内容。

 ディアンが死ねば自分も死ぬ。そしてその契約は解消出来ない。

 もしそれが事実だとするのなら残酷すぎる。

 危機を脱する為とはいえ契約を結び、いつ死ぬかもしれない恐怖に怯えて過ごす事になるのだから。


「どういうことよ!」


 放心状態から一変。

 アリスはディアンに掴みかかった。


「何よそれ!そんなふざけた事言いに来たの!?勝手に契約だのなんだの言って、勝手に家に住み着いて、皆に迷惑かけて、アンタ何がしたいのよ!訳分かんないことばっかり言わないで!」

「すまない」


 ディアンはアリスの目を見て謝罪をした。

 アリスの態度に一切揺れる事なく、ディアンは真っ直ぐアリスを見ていた。

 態度から分かる。

 ディアンは嘘を付いていない。信じたくはないが、今までの話は全て真実なのだろう。

 だが、そうだとしても、そうだからこそ、受け入れることが出来なかった。

 アリスは勢いよく、掴みかかっていた手を離すと布団に潜り込んだ。


「出てって!出てけ!」


 受け入れるのには時間がかかるだろう。

 ディアンは立ち上がり部屋を後にするが、出ていく前にアリスに話しかける。


「契約解消の手段が見つかるまでは世話になる。キサマの家族にも説明はしてある。それと安心しろ、吸血鬼ヴァンパイアは人間より寿命が長い。それに生命力も強い」

「うるさい!出てって!」


 アリスは一切聞く耳を持たなかった。

 そんな部屋をディアンは静かに後にするのだった。

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