第3話 吸血鬼の力・契約の力

 目元を赤くしたアリスが部屋を出て皆の元へ戻ると、そこにディアンの姿はなかった。


「あれ?アイツは?」

「ディアンさんなら散歩してくるって出てったよ。姉ちゃんが怒鳴り散らかすからだよ」

「別に私悪くないし」

「それ姉ちゃんの悪いとこだよね」


 一切アリスの方を見ることもなく携帯ゲームで遊んでいるユウトにベーっと舌を出して嫌味たらっしい態度をとると、その場を後にして風呂場へと向かった。

 スカートのホックを外し、シャツのボタンを一つ一つ外していく。

 そんな中でアリスは今日の出来事を思い返していた。

 今日はあまりにも密度の濃い一日だった。

 心の整理も追い付かず、今も心臓がバクバクと脈打っている。

 だがそんな心の高まりも、暖かいシャワーを浴びれば不思議と落ち着いていく。

 丁寧に丁寧に全身をゆっくりと洗っていく。

 体が綺麗になると心も清められて行く気がして清々しい。

 こういう時には、どんな薬よりもお風呂の方が効果があるのではないかと思ってしまう。きっとお風呂は体も心も綺麗に出来る万能薬なのだろう。

 湯船に浸かるとその効果は更に高まる。

 まるで溶けていくような感覚になり、嫌なこと辛かったことも一緒に溶けてなくなっていく。

 ディアンには酷い事をしてしまった。

 普通に考えればディアンのお陰で助かっているし、居候についても契約の内容が本当なのだとしたら、私を不安にさせないものだと分かる。何個か思う所はあれど、ディアンはずっと私の為に動いていてくれていたのだ。


「悪いことしちゃったな」


 ディアンが帰ってきたらちゃんとお礼を言って話をしよう。

 アリスはそう心に決めて湯船から上がるのだった。

 その少し前。

 インターホンが鳴り、ユウトが扉を開けるとディアンが帰ってきた。


「おかえり。どこ行ってたの」

「そこら辺をブラブラとな」

「そっ。お風呂沸いてるから入っちゃいなよ。皆もう入ってるし。そこ行けばお風呂だから。着替えとかは用意しとくからさ。あっ、安心していいよ。パンツは新品のやつあるから」


 にししと笑うとユウトは着替えを取りに走っていった。

 一応、ディアンはこの家に来た時に風呂には入っていた。入ったと言っても血にまみれた腕を流すためにシャワーを使った程度だが。

 居候させてもらう以上、汚い身なりではいられない。

 ディアンはユウトに言われた通り入浴に向かう。

 そして風呂場の前に着き、扉を開けると…。

 そこには風呂から上がったばかりであろうアリスが裸で立っていた。

 突然の出来事にアリスは頭が真っ白になりフリーズしていた。

 そして脳が状況を理解すると、一気に顔が赤くなった。


「きゃぁーーーー!!!」


 タオルで咄嗟に体を隠しアリスはしゃがみこむ。

 恥ずかしさのあまり、その目には涙な浮かんでいた。

 だがディアンは扉を開けた状態のまま微動だにしなかった。

 ディアンの見た目からしてもおそらく年齢はアリスとそう遠くないだろう。

 その年頃なら、異性の裸を見て反応の一つあっても不思議じゃない。いや、そもそもそんな場面に遭遇すれば年齢関係なく謝罪など、何かしらの反応をするのが普通だ。

 だがしかし、ディアンが謝罪をする事はなかった。


「へ、へ、へ…変態!」


 それどころか、そんなアリスの姿を見てバカにするように鼻で笑ったのだ。


「ガキの体になど興味はない。さっさとどけ」


 まるで悪びれる素振りもないその態度にアリスは恥ずかしさよりも怒りがまさった

 服の入った籠を掴むとディアン目掛けて全力で投げつける。


「死ね!バカ!」


 怒るアリスなどどこ吹く風というように籠をキャッチすると、ディアンはアリスに投げ返す。


「着替えてさっさと出てこい」


 ディアンは扉を閉めると去っていった。

 恥ずかしさを上回った怒りで思わず扉を開けてしまいそうになったが、アリスは何とか堪え着替えた。

 せっかくのいい気分も台無しで、感謝を伝えようなんて気持ちも砕け散った。

 アリスはそのまま就寝前の準備を住ませると、ディアンに出会わない経路を使い、そのまま自室に戻った。


「さっさと追い出してやる」


 そして行き場のない怒りと共にベッドに飛び込みふて寝をするのだった。


 翌日。土曜日のその日は家族全員で出掛ける予定になっていた。

 ショッピングモールに来ているアリス達。

 そんな家族中睦まじい光景の中に、一人関係のない男が混じっていた


「だから何でアンタがいんのよ!」

「何だよ姉ちゃん。今さらうるさいなぁ」


 当たり前のように着いていていたため突っ込むのが遅そくなった。


「別にいいだろ。オレ様がどこにいようと」

「アンタは他人でしょ!家で留守番してなさいよ!」

「ほぉ、キサマは不審者と罵った奴を一人家に置いておくと言うのか。随分とチャレンジャーだな」


 ディアンの発言は正しい。アリスはぐぬぬと唇を噛み締めることしか出来なかった。

 昨日の自分の発言を足を掬われた。だが、だからと言って諦める程やわでもない。


「アンタは吸血鬼 なんでしょ!だったら昼間に出歩いてんじゃないわよ!」

「ステレオタイプでしか語れんバカめ。確かに吸血鬼ヴァンパイアは日の光に弱い。だが日焼け止めを塗っておけばこの通りどこにでも行ける。残念だったな」


 またもや言い返されてしまったアリスは相手にすることをやめると歩き始めた。


「言っておくがキサマの知っている吸血鬼ヴァンパイア対策など効かんぞ」

「はいはい、そーですか!」


 すたすたと先を歩いていくアリスを見て、ディアンとユウトはやれやれと言った様子で顔を見合わせるのだった。


「ねぇアリス。これとか似合うんじゃないかしら」

「何それ可愛い!」


 楽しそうに服選びをしている女性陣。

 それとは対照的に男性陣は退屈そうに終わるのを待っていた。


「ねぇこれいつまで続くと思う?」

「知らん」


 辟易とした様子のユウトに、同じく辟易としたディアンが絶望したような表情で答える。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 色々な店を行ったり来たりし続けている。

 そんな中、ニコニコと荷物持ちをしている父の姿にディアンとユウトは正気を疑っていた。


「吸血鬼。ちょっとこっち来なさい」


 唐突にアリスがディアンを呼ぶ。

 振り回され続けて突っ掛かる気にもなれない。

 この際荷物持ちでもいい、早くこの地獄が終わるならと歩いていくと、そこで始まったのはまさかの自分の着せ替えコーナーだった。


「待て待て待て。何をしているんだ」

「ディアンさんの服選びよ?」

「そうよ。アンタまさかずっとパパの服着るつもりなの」


 別に服なんて共有でいい。なんて二人の輝かしい目を見たら言った所で変わると思える筈もなく、ディアンはこの時間は全てを諦める事を受け入れた。

 そこからまた更にどれくらいの時間が経ったのか、ディアンは着せ替え人形と化していた。


「やっぱり若い子は奇抜な服じゃないとね~」

「アハッ、流石にそれは攻めすぎだってお母さん」


 こんなものを着れば流石に尊厳がなくなってしまう。

 どこで見つけてきたのか、世紀末の世界の蛮族が着ているような服を持ってきたアリスの母にディアンは思わず口を挟まずにはいられなかった。


「それは絶対に着んぞ。それにオレ様は36だ。小娘と一緒にするな」

「36歳!?その見た目で!?」

「あらまぁ」


 思わず小娘呼びではなく年齢の方にアリスは反応してしまう。

 見た目的には大学生と言われても疑問を抱くことはない。

 そんな奴が親との方が歳が近いという事に驚きを隠せなかった。

 だが今はそれよりもディアンの服選びに熱中していたため、その話題はすぐに消え、まだしばらくの間はディアンは着せ替え人形として扱われ続けた。

 ようやく解放されたのはどれくらい経ってからだろうか。

 結局はワイシャツとラフなパンツスタイルでまとめられた。

 その後もしばらく買い物は続き、満足げな母とアリスに父を除いた男性陣はげっそりしながら帰路に着いたのだった。

 家に着いた時には日は完全に落ちていた。

 各々、やることを済まして床に就こうとしている中、ディアンは昨日と同じく外に行こうとしていた。


「ちょっとアンタどこ行くのよ」

「散歩だ」

「散歩ってアンタこんな時間に」

「キサマは早く寝ろ」

「ちょっ…ちょっと」


 呼び止めるもディアンは聞く耳を持たず出て行ってしまう。


「あーもう。あんな薄着で出てったら湯冷めして風邪引いちゃうって」


 勝手に出て行く分には別にどうでもいい。だがそれで風邪を引かれたら迷惑を被るのはこっちだ。

 アリスは父のダウンジャケットを取りに行き、自分も防寒対策をすると後を追い外へと出るのだった。

 当たり前だが外に出た時にはすでにディアンの姿はなかった。

 ディアンが行きそうな所なんて全く検討がつかないが、一つだけ思い当たる箇所があったため、その場所へと向かうのだった。


「あっ、いた」


 だがそこへ向かう前にディアンは見つかった。

 その様子は散歩をしているというよりは何かを探しているようだった。


「何してんの」

「何だ小娘か」

「何だじゃないでしょ」


 投げ渡されたダウンジャケットを受け取ると、ディアンは着ながら歩いていく。


「どこ行くのよ」

「散歩だと言っただろう」

「どう見ても散歩してるような感じじゃなかったでしょ。言う気ないなら私もついてく」

「ダメだ。帰れ」

「嫌。絶対に嫌。アンタが帰るまでは帰んない」


 頑固なアリスの様子にディアンは思わずため息をつく。


「好きにしろ。だが勝手に離れるなよ」

「元からそのつもりですー」


 意地悪な感じでアリスは舌を出すが、ディアンは取り合わず足を進める。

 少しくらい反応したっていいだろうと重いながらアリスが後を追いかける、その時。

 近くから悲鳴が聞こえた。


「何!?」


 思わず足を止めたアリスだったが、それとは異なりディアンは悲鳴が聞こえるとすぐさまその方向へと走り出した。


「ちょっと待ってよ!」


 アリスが慌てて後を追うと、ディアンは空き地の前で立ち止まっていた。

 ディアンの横には泥酔しているサラリーマンの男性がいる。

 声の主はこの男性だろう。


「大丈夫か」

「だだだ大丈夫な訳あるか!いきなりアイツが飛びかかってきたんだ。カバンでこうやってやらなきゃ死んでたっての」


 男性が指差してた先には、アリスが昨日襲われた石像の化物がいた。


「やっぱりいやがったか。キサマはさっさと帰れ」

「キサマとはなんだ!最近のガキは口のきき方も」


 状況が分かっていないのか、ディアンの発言に食って掛かる男性にディアンは「黙れ」と被せた。

 静かに、だが力強く重いその言い方に男性は怯み、怯えるように逃げていった。


「小娘。キサマがいて正解だった。手伝ってもらうぞ」

「て…手伝うって何を…」


 アリスの脳内で昨日の出来事が先程の事かのように再生される。

 忘れようとしていたのに、思い出さないようにしていたのに鮮明に映像が映し出されてくる。

 本当は夜に外に出るのだって嫌だった。

 ましてや怪物に襲われた場所に行くなんて恐怖でしかなった。

 だが、あれは幻だと自分に言い聞かせて出てきたのだ。

 それが今もう一度目の前に現れている。

 その爪が牙が、自分達を殺すために向けられると思うと足が震える。

 鼓動が早まり、息も荒くなる。


「安心しろ。オレ様がいる」

「で…でも…」


 ディアンは優しくアリスの頭に手をやる。

 大きな手はまるで心を包み込むようだった。

 だがそれでもアリスの不安は恐怖は消えない。


「昨日とは違う。それを見せてやる。小娘、腕を出せ」

「え…」

「え、じゃない。早くしろ」


 それは昨日もやった行動。

 何が起きるのか、あの時は目を瞑っていて分からなかった。

 無我夢中で差し出した昨日とは違う。

 アリスは一抹の不安を抱きながらも、袖を捲り腕を差し出した。

 そこにディアンは躊躇なく噛みつく。

 大きな犬歯がアリスの腕に突き刺さる。

 思わず目を逸らしてしまったが、何故だろうか、全く痛みがなかった。腕には小さな穴が空いているにも関わらずだ。


「やはりそうか」


 何かを確信した様子のディアン。

 おもむろに化物の方へと歩いていくと、自身の歯を使って軽く指を切った。

 血が滲むと、その血はたちまち量を増やし、まるで意思を持ったかのように動き始めた。

 そしてそのまま死神が持つような身の丈程もある巨大な鎌として形を留めた。

 その様子をじっと見ていた化物だったが、痺れを切らしたのか、ディアンに襲い掛かる。

 勝負は一瞬。

 ディアンは飛びかかってくる化物に対して素早く横に避けると、そのまま鎌を振りかぶり化物を真っ二つに斬り裂いた。


「すごい…」


 その行動事態は残虐で恐怖を抱くものだ。だが何故だろう。アリスにはディアンの軽やかな動きが美しく見え、目が離せなかった。


「後少し見回りをしたら帰るぞ」


 ディアンが鎌を投げ捨てると、鎌は小さな血となり地面に消えていく。


「待ってよ!アンタ、あれがここにいると分かってて出てきたの?それに今の何だったの。あれここに放っておく気?」

「質問が多い。…一度しか答えんからよく聞いておけよ。まずあの化物は『ヨグドス』と言う生物だ。理由は知らんがヨグドスもオレ様も別の世界からこっちに来てしまっている。でだ、昨日一匹いたんだからまだいるんじゃないかと思って様子を見に来ていたら偶然見つけただけだ。次の質問だが、オレ様の力については昨日も見せただろう。オレ様は血を操れる。それで武器を作ったんだ。だが、力を発揮するのにはキサマの血を飲まないといけないらしい。最後にヨグドスをどうするかだが、アイツらは日の光に当たれば死ぬし消えていく」

「じゃあ昨日の奴も」

「もうとっくに消えている。おそらくヨグドスもここら辺にはもういない。キサマがびくびくする必要はないんじゃないか?」


 最後の言葉は皮肉かもしれない。だがアリスは、ディアンは案外人の事を見ているんだなと思った。

 それにひねくれた奴だと思っていたが、人を助けるために動いていた。アリスは少しは信頼してやっても良いのではないかと感じていた。


「アンタ良い奴だったのね」

「たかだか一日ちょっとの付き合いで何言ってやがる」

「その一日ちょっとの付き合いな中で見直したって言ってんのよ」

「勝手に言ってろ」


 寒空の下、アリスとディアンは歩いていく。

 だが、二人はこの時知らなかった。

 昨日と今日の出来事は序章にしか過ぎないということを。

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