Blood My HEART 【吸血鬼との契約により吸血鬼が死ねば自分も死んでしまう事になった少女は、契約を解消するための冒険で様々な事に巻き込まれていく】

霜月

第1話 最低最悪な吸血鬼との出会い

 私はその日、吸血鬼ヴァンパイアと出会った。


 バイト終わり、人気ひとけのない街灯に照らされた道をあかねアリスは歩いていた。

 鼻歌なんて歌いながら、今日はなんだがとっても気分が良かった。

 スキップもしてしまって、アリスは楽しそうに帰路についていた。

 そんな時、ふと空を見ると月がとても大きく見えた。

 赤く大きな月はめったに見れない特別な月だと誰かが言っていたなと思い、アリスは立ち止まった。

 手を延ばせは今にも届きそうな程、大きな月に、思わず手が延びた。


「届く…訳ないか」


 自分の行動に思わず苦笑してしまう。

 我ながらなんて恥ずかしい事をしているのだろうと。

 だが、それ程までに魅力的な月だった。

 きっと写真なんかじゃその魅力は捕らえきれないだろう。 

 今日のこの月を目に焼き付けるために、アリスは月を眺めた。届くはずのない手を延ばしたまま。

 ふと、指の隙間から何かが見えた。

 赤い月がどんどんと真ん中から欠けていく。

 気づいた時にはもう遅かった。

 だって、叫び声をあげているそれが落ちてきていると気づいた時には、もう目の前にいたのだから。

 ゴツンッ!と漫画なら盛大にオノマトペが描かれるであろう音を立てて、それとアリスは激突した。


「…ん、んん……」


 アリスが目を覚ますと空が映っていた。

 なんで上を向いている訳でもないのに、視界いっぱいに空が見えているのか。

 アリスはすぐに、自分が意識を失っていたのだと理解した。

 そして、意識が鮮明になってくると自分が落ちてきた何かにぶつかって意識を失ったのだということも思い出した。

 それと同時に頬がじんわりと痛くなってきた。

 痛みはどんどん強くなり、思わず「痛い!」と叫んでしまう。

 その勢いで体を起こすと、目の前にシルクハットを被った全身黒ずくめの男がしゃがんでいた。


「あなたが助けてくれたの?…なーんて言うわけないでしょ!」


 アリスは立ち上がると、誰とも知れない相手にものすごい剣幕で詰め寄った。


「あんたが空から降ってたせいで私は倒れたの!てか、ペチペチペチペチどんだけ叩いたのよ!めちゃくちゃ痛いんだけど!?それに、空から降ってきたって何よ!自殺志願者!?別にあなたが死のうと勝手だけどね、他人を巻き込まないで!幸い無事だったから良かったけど、これで私が死んでたら殺人よ!?」


 矢継ぎ早に捲し立てるように怒りをぶつけた。

 相手が誰だろうと何だろうと、この怒りを抑えることは出来なかった。

 それ程までに、今日の気分をぶち壊された恨みは強かった。

 だが、そんなアリスの渾身の怒りは、黒ずくめの男には何も響いていなかった。

 しゃがんだまま、じっとアリスの方を見つめる目は、何を言っているか分からないという様子を醸し出していた。

 それが何とも相手をバカにしているようで、アリスは癪に触った。


「言ってること分かんないわけ!?返事くらいしたらどうなの!?」


 顔立ちからして日本人ではない。

 だから日本語が通じないのかもしれない。

 だがそれがなんだ。

 そんなことでこの怒りを収めてなるものか。

 必ず謝罪の一言は出させてやるとアリスは心に決めた。

 そんなアリスの様子に、思いが伝わったのか男の表情が変わる。

 申し訳なさそうに謝罪があるのかと思った。だがしかし、男の表情は明らかに謝罪のそれとは違った。

「フッ」と小バカにするように鼻で嘲笑ったのだ。

 その態度に、アリスは怒りのあまりその男に掴みかかった。

 もう一度ガツンと言ってやろうと思ったが、アリスは男が自分ではなくその後ろを見ていることに気がついて、口を開くのを止めた。

 何を見ているのか。アリスも後ろを見てみると、そこには赤ん坊程度の大きさの石像が置いてあった。

 いや、それは置いてあると言うよりも座っているようだった。


「なにあれ」


 どう考えてもそれまで道にあんな物はなかった。

 あったのなら確実に気が付いている。

 西洋の生物を型取ったようなその石像は、どこか生物味を感じさせる。


「ガーゴイル…」


 男がポツリと呟いた。

 それを聞いた瞬間、アリスは向き直り、胸ぐらを揺すりながらキレた。


「なんで私が怒ってる時には何も言わないくせに今は言うのよ!おかしいだでしょ!」


 グワングワンとされるがままに揺らされている男だったが、突然体に力を入れると岩石のように硬くなり、アリスの力ではピクリとも動かなくなった。

 そして、アリスの視界が突然真っ暗になった。

 一瞬の出来事で、アリスには何が起きたのか分からなかった。

 だが、暗闇が街灯に照らされると男が自分を庇うように包んでいたのだと分かった。

 何故男がそんなことをしたのか、アリスはすぐに理解をした。

 それは何故か、それは男の腕に、道に落ちていたはずの石像が噛みついていたからだ。

 男が腕に噛みついた石像の化物を蹴り飛ばすと、噛まれた箇所からは血が舞った。

 傷は深く、出血も多い。

 だが男は苦痛の声を漏らすこともなく、アリスは肩に担ぐと石像の化物とは反対に走り出した。


「ちょっ…ちょっと待ってよ!う…腕!腕から血が…!」


 アリスの言葉に、男はチラッとアリスの方を見るだけですぐに前を向く。

 この男は状況を理解しているのだろうか。自分だけが、訳の分からないまま巻き込まれているのか。

 恐怖と不安、そして罪悪感でアリスは胸が痛かった。

 だが自分に何が出来る。非力な自分には何も出来ることはない。アリスは悔しさを抱えていることしか出来なかった。

 不意に男の足が止まる。

 進行方向とは逆向きで担がれていたため、何故立ち止まったのか分からなかったが、降ろされたことでその理由が分かった。

 そこはゴミ捨て場であり行き止まりだった。


「こんなところにアイツが来たら…」


 殺される。

 何をどう足掻こうと、自分の死の未来しか想像することが出来なかった。

 スマホも何処かで落としてしまった。

 弱肉強食の生物としての本能か、アリスは命を諦めそうになっていた。

 だが、男は違った。

 何やらゴミ山を漁り出すと、その中からホワイトボードを取り出した。

 そして、そこに向かって自身の血を使い何かを描き出した。

 あまりにも下手くそな絵。だが、何を言いたいのかは不思議と理解できた。

 ただ、理解は出来たが意味が分からなかった。

 それをして何になるのか、あまりにも意味不明だ。

 急かすように男はホワイトボードを叩き、絵を強調する。


「だから意味が分かんないの!分かるけど分かんないの!」


 アリスの訴えは男の耳に届いても理解はしてもらえない。

 そうこうしていると、石像の化物がのそのそと路地裏に入り込んできた。

 小さく、だが一歩一歩確実に近付いてくる。

 いつ飛びかかってくるか分からない状況に、男は更に強くホワイトボードを叩いた。


「……分かったわよ!やればいいんでしょ、やれば!」


 アリスは意を決して腕を差し出した。

 それとほぼ同時に石像の化物が叫び声をあげて飛びかかってくる。

 恐怖のあまり目を瞑ったアリスの次に見た光景はあまりにも現実離れしたものだった。


「え?えぇ…、えぇぇぇーーーーーー!!!?」


 アリスは男と共に空に浮いていたのだ。

 真下には標的を見失った石像の化物がいる。

 そして男は、自分を抱えて空を飛んでいる。

 初めは浮いていると思った。だが、風を切る音が近くから聞こえた。

 そしてその正体は、男の背に生えた翼からだったのだ。


「よくやった小娘。褒めてやる」


 それまで言葉を発することのなかった男が突然口を開いた。

 あまりの衝撃にアリスはポカンと口を開いて固まった。

 だがすぐに我に返り、抱えられた状態で男に掴みかかった。


「あんたちゃんと喋れるんじゃない!何でずっと黙ってたのよ!」

「バカ、暴れるな!落ちるだろ!」

「知らないわよ、そんなこと!それよりも今はあんたがやってきた事に腹立ってんの!」


 男はため息をつくと怪我をしていた方の腕でアリスの口を塞いた。


「んー!んーんー!」

「黙ってろ。話ならアイツをどうにかした後いくらでも聞いてやる」


 男の言葉でアリスは頭に上っていた血が引いていき、自分の置かれている状況を思い出した。

 下にいる石像の化物がじっとこちらを見ている。

 空を飛んでいる。それはあまりにも衝撃的な事実だが、それだけで、何も状況は解決していない。

 アリスは自分の状況を再度理解すると、ごくりと唾を飲み込んだ。

 そして、下を見たときに気づいたことがある。

 下を見た際に一緒に見えた男の腕は、自分を庇って重症を負っている。なのに、男の腕の出血は止まっていたのだ。

 二重三重と理解を越えたことが起きている。

 自分でも頭がおかしくなったのではないかと思う程だった。


「あんたその腕…」

「平気だ。吸血鬼ヴァンパイアをなめるな。これくらいかすり傷だ」


 男はアリスから離した手を自身の口元へと運ぶ。

 そして、口を開くと犬歯に指を引っ掻けて傷を作った。

 その時に見えた歯は、人のそれよりも鋭利で大きく、男が自分で言っていた吸血鬼ヴァンパイアを彷彿とさせるものだった。


「まさかキサマごときにやられるとはな。恥だ」


 石像の化物は大きく羽を広げると、二人に向かって飛びかかった。

 耳をつんざく程の叫び声をあげるその様はまさに化物という言葉が相応しいものだった。

 だが男は何も焦らず、淡々と指から出る血を石像の化物に向かって飛ばした。

 そして男が「死ね」と呟くと、それに呼応するかのように舞った血の粒は身の丈程の針に変化し、速度を増して石像の化物に突き刺さった。

 断末魔をあげることすら許されず絶命した石像の化物の姿に、アリスは目を見開いた。そして言葉を失った。

 だが、目を見開いたのは一瞬。生々しい生物の死体に思わず目を逸らした。

 そのままゆっくりと男は地面に降り立つと、アリスを地面に降ろした。そして死体を遮るように立つ。


「あの…、あ、ありがとう。助けてくれて」


 思う事は色々ある。だが、一番思ったことは助けてくれた事への感謝だ。

 だからアリスは言葉にせずにはいられなかった。


「別にお前の為にやった訳じゃない。オレ様が死なないためにやっただけだ」

「だとしても助かったよ。ありがとね」


 どういう理由だろうと、男のお陰で生きているのだ。

 礼を言わない理由なんてない。

 そしてそれだけしたらもう終わりだ。


「はい、お礼言ったからもう終わり!言っとくけどね私言いたい事山程あるの!分かってる!?全部納得いく説明くれるまで帰さない…から……」


 急に体の力が抜けていく。

 まるで支えがなくなったかのような脱力感に逆らえず、アリスは倒れていく。

 何が起きたのか。それを聞くための口を動かす力も出ない。

 このままでは地面に倒れる。

 それを男が受け止めてくれた所までは意識があったが、アリスの意識はそこまでで途切れてしまった。


「すまない」


 男は小さく謝るとアリスを抱えて路地裏から去っていった。

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