第5話 WHATTEVER HAPPENS

-人は生まれながらにして平等ではない。-


貧富の差は勿論、肌の色や見た目といった容姿もまたそこに加わって来る。こういった差は生きている以上、常に付き纏って来るのだ。煌びやかな街並みが拡がる大都市ファウンダー…そこは大規模な都市開発によって造られたこの街もまた同じ。此処は外部から入る為には専用の手続きやパスポートが必要となる。

また近年ではファウンダー以外の都市から移住する者も増えつつあるのは紛れもない事実で観光で訪れる者も少なくはない。

しかしこの街の裏で横行する強盗、恐喝、殺人、薬物の密輸や売買…これ等はほんの一部にしか過ぎないだけでなく無関係な一般人や観光客達が犯罪に巻き込まれるケースも近年では増えつつある。

そしてファウンダーと隔離される形で敷かれた大きな外壁とその向こう側……それはもう1つの大都市の姿を現すのに相応しい物でもあった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

1人の黒い髪の少女が人々の行き交う通りを歩く。

彼女は同じ黒色のロングコートを着て、所々裂けた黒いズボンを履いていた。名前は哀原舞依、国家治安局内の組織A.C.Tに所属している。敗れた箇所から覗くのは白い包帯、そして左頬にもガーゼが貼られていた。その足で彼女が向かったのは一軒の飲食店で屋根にある看板には[DINER-LAGOON]と書かれていた。

店のドアを開いて中へ入ると灰色の半袖の上着にエプロンを付けた中年の髪の短い男が彼女を見て声を掛けて来る。


「……どした、ケンカでもしたか?」



「別に…。メシくれ、腹が減った。食えりゃ何でも良い。」



「ったく…ウチは託児所じゃねぇんだぞ。保護施設でもねぇ。その辺解ってるのか?マイ。」



「わぁーってるよ…ビル。それと飲み物はコーラで頼む。」


カウンターへ腰掛けて奥の厨房へ消えたウィリアムを見ながら溜め息をついた。彼女は上着のポケットからタバコの箱とライターを取り出す。


「なぁビル、モク吸ってもいいか?」



「うちは禁煙だ…食い終わって外出るまで我慢しな。それと子供も来る場所でヤニなんか吸うんじゃねぇ。匂いが椅子に付いちまう。」



「へいへい……相変わらずお厳しい事で。それよりこの辺、シックスは何か変わったか?」



「治安局が出来たから少しはマトモになった…前はストリートギャングが徘徊し、クソみてぇだったさ。スリだのヤクだの何でもありだったからな……。」


奥でフライパンを片手に調理するビルことウィリアムを見ながら舞依は頷いた。


「…稀にウチにも来るぜ?路地裏のガキ共をどうにかしろってな。そういうのは保安警察のボンクラ共に言えってのに。」



「そりゃあ無理だろ。保安警察は市民の味方みたいなデケェツラしてるが実際は殆ど動いちゃくれねぇよ。てか、お前さんもまだガキじゃねぇか。どうだい?ちったぁ小生意気なメスガキも色気付いたか?」



「うるせぇーなぁ、ンな事どーでも良いんだよ。てめぇはあたしのオヤジのつもりか?」



「オヤジみてぇなモンだろ?まだ小さかったお前をアイツが此処へ連れて来て、何か食わせて欲しいって言ったのまだ憶えてるぜ?」


笑いながら彼が白い皿に載せて持って来たのは厚みの有るベーコン2切れと目玉焼きにトーストと丸い容器に入ったコールスロー。それから何故かグラスに入った牛乳がコトンと横へ置かれた。


「……ビル、コーラは?」



「コーラぁ?そりゃあ朝から飲むもんじゃねぇ。朝はコーヒーか牛乳って相場が決まってんだよ。」



「はぁ……解ったよ。ったく、ヒトの注文捻じ曲げやがって……わぁーった!有難く頂きますよ。」


観念したのか舞依はトーストを右手に持ってそれを食べ始め、左手のフォークでベーコンを刺すと交互に食べる。心做しか昨晩、陽香と食べたレトルトカレーよりも美味しい気がした。暫くして全て食べ終わると手を合わせて頭を下げた。


「ふぃい…腹拵え完了っと。」



「まだ牛乳残ってんじゃねぇか、飲まねぇと乳デカくならねぇぞ?」



「だぁーッ、余計なお世話だっつーの!!飲みゃ良いんだろ!?」


ガッとグラスを掴んで向かい合う。

この白い液体から発せられる独特の匂いはどうにも慣れない。意を決してそれを飲み干すと彼女は吐きそうな顔をしていた。


「おぇえッ、こんなモン良く飲めるよな…。」



「はははッ、週間って奴さ。それより支払いはいつものアレで良いんだな?」



「……あぁ。ガスガン借りるぜ?鉛玉ブチ込む訳にはいかねぇだろうしな。」


彼女がウィリアムから受け取ったアルミケースの中に入っていたのは2つの黒い拳銃でスライドには[USP]と印字されている。予備のマガジンの中に弾は小さな白い粒の弾が入っていた。

舞依はセーフティを外してそれ等をズボンの背面へ2つ差し込んで店の外へ出て行くと

店の裏側にある場所へ回る。そこに居たのは4人の半袖短パンを着た柄の悪い男達で彼女の足音を聞いて振り返った。連中は背丈は舞依より頭1つ高い。


「何だテメェ…何ジロジロ見てんだぁ?」



「はッ、開口一番それかい。悪ぃがその手の奴…捨てて貰おうか。この辺一帯はヤク禁止だぜ?」


彼女が指さすと手には注射器が握られていた。

唯の注射器ではなく、鉄製の小さな細長い筒。

その中には緑色の液体が入っていた。


「俺達に偉そうに説教する気か?クソガキ!!」



「てめぇもガキじゃねぇか…さっさと大人しく──」


彼女がそう呼びかけた瞬間、4人はポケットナイフやら銃、チェーンを取り出して舞依を威嚇する。

細長く黒光りする銃身、そして特徴的な見た目をしたそれはスターム・ルガーと呼ばれる銃だった。


「……撃ち方知ってんのか?止めときな、素人が下手な真似すりゃケガするぜ?」



「バカにすんな…知ってるよ、こうだろうがぁッ!!」


バァンッと目の前の彼が舞依へ発砲したが彼女はそれを躱し、左の髪を弾丸が突き抜けた。

そして間合いを詰めると右足を空へ振り上げてハイキックし銃を蹴り飛ばしたのだ。


「なぁ…ッ!?躱した!?」



「そらよぉッ!!」


足を戻すと今度は右手で思い切り顔面を正面から殴り飛ばしたのだ。地面へ倒れた彼はずっと鼻を抑えて蹲っていて、彼から離れた場所へ銃が落下した。


「テメェッ…やりやがったなぁあッ!! 」


2人目が舞依へ向けてバタフライナイフを何度も振り回して来るが彼女は後退し飛び退いて避けると上着を翻し、腰の後ろからガスガンを2つ左右の手で引き抜いて銃口を突き付けた。


「おいクソガキ!デコに鉛玉ブチ込まれねぇだけ感謝しなッ!!」


舞依は彼の右手だけを狙って自身の左手に持つ銃を発砲しナイフを落下させ、油断した所を右足で正面から腹部を蹴り付けるとそのまま地面へ倒れ込む。


「ぐぇえ…ッ!?」



「……おっと、てめぇら動くなよ?大人しくしてりゃママの所に帰してやる。解ったんならヤク捨てろ。」


残る2人を普段見せる虚ろな眼差しで睨み付けると彼等はナイフ、チェーンと薬物をその場に捨てた。

その中の左側の1人が舞依を指さして声を上げる。


「おッ…お前…何なんだよ!?悪魔か何かなのか!?」



「悪魔ぁ?…クククッ…ハハハッ!!違うね……あたしは死神だ…うす暗ぇ底にある死者の国から遥々やって来た……死神さ。てめぇらの魂ぜぇーんぶ…あたしに寄越せよ?何なら刈り取ってやろうか?クケケケッ!!」


ギロリと見据え、歯を剥き出しにして笑うとその場に居た全員が叫び声を上げて逃げ出した。

舞依はガスガンをしまってから散らばったナイフ等を回収し店のスクラップ箱へ捨てる。

しかし薬品だけは捨てられない事からそれを回収し店内へ戻って行った。そしてカウンターへ腰に差していたガスガン2つを置く。


「ほれ、終わったぜ?」



「ご苦労さん…それでどうだった?」



「相も変わらずだ。じゃあーな、メシ美味かったぜ。」


背を向けて手をヒラヒラ振って外へ出る。

そして上着のポケットからタバコを取り出して1本を口へ咥えるとライターで火を付けて吸いながら行き交う人々の中を紛れて歩いて行く。

通りにある大きな時計台を見ると本来なら治安局に居る時間帯だった。


「……はぁ。今頃キョーカ、ブチ切れてんだろうな。無断欠勤と重役出勤は当たり前だから別として。」


ふと立ち止まると街の案内板を見ては溜め息をついた。都市の大体的な図柄はファウンダーの状態と

今居る地区の説明が出ている。そこにはファウンダー・トーキョーと書かれていて、嘗て実在した街がモデルという記載がなされていた。近代科学の発展や技術に伴って数多くのビルや建物が開発された事、そして様々な催し物の話も書かれている。

セクター1は政府関係の建物が建ち並ぶエリアで

セクター2は企業等が建ち並ぶエリア。

セクター3は工業関係や研究区間エリア。

セクター4は観光スポットやホテルが多いエリアで、セクター5は住宅地の多い居住エリア。セクター6は飲食店やショッピングモール等が数多く建ち並んでいるエリアと分けられている。

そして国家治安局と都市保安警察本部が有るのはセクター7とそれぞれ区分けされているのだが、その中の一角……秘匿セクターは此処には記載されていない。


「しっかしまぁ、何も起きなきゃ暇なんだな…ウチも。」


その足再び歩いて公園へ来るとそのままベンチへ座り、そのままタバコの煙を吹いて空を見上げた。

鳥のさえずりと噴水の流れる音が聞こえて来る。

空は青く、白い雲が掛かっていた。

破裂音や血腥い匂いや硝煙の匂いがしないのは当たり前な事なのだが現実はいつどうなるか解らない。

日中でも何処かのバカが盗んだモノを用いて暴れ回るか、金銭の強盗へ走るか、人を殺すか等の事案も起こる可能性だって有る。突然声を掛けられ、彼女の隣へ1人の青年が腰掛けて来る。それはあの日見た遥斗で彼は白の半袖のワイシャツにネクタイ、そして紺色のズボンを履いていた。


「…やぁ、また会ったね。確か名前は…」



「舞依だ。てか…何でアンタが此処に?」



「試験と面接の帰り。保安警察に入ろうと思って、民間の募集に応募したら数日後に試験日が突然決まってね。それが今日だったんだ。」



「成程ねぇ…けど、そこの上の連中とか一部は殆ど買収されてんぞ?真面目ぶって働いてんのはそこから下さ。」



「もしかしてキミも保安警察の人?」



「いーや、あたしは唯の一般人さ。アンタの思ってる人間とは違う。」



「てっきり治安局の人かと思ったよ。彼等はD.L.Sに基づいて凶悪犯罪者を片付ける保安警察とは長年対立関係に有る組織…やり方もあんな感じなのかなってさ。俺の勘違いだった、すまない。」



「……成程な。でもまぁ光り輝くネオンの街は裏を返せばゴロツキ共の巣窟…って位に治安がマトモじゃねぇのは確かだ。治安局が後は何とかしてくれるさ。」



「確かにそうかもしれない…あの時キミに助けて貰わなかったら俺は奴等に殺されてたかもしれない。本当に感謝しているよ。」



「……そういや妹さんは?」



「治療は上手く行った…来月には退院出来るって医者が言ってた。」



「…そうか。」


舞依はタバコを口から外し、足元へ落として火を消した。


「なぁ…舞依。キミは何者なんだ?」



「…これ以上、あまりあたしを探ろうとすんな。誰かにでけぇナイフでサカナみたく腹ン中かっ捌いて中身見られる位に好きじゃねぇんだ。」



「そうか…悪かったよ。そう言えば左頬、ケガしてるみたいだけど何か有ったのか?」



「……別に何でもない。それより試験って奴、受かってると良いな。」



「……あぁ、そうだな。そろそろ行くよ…ありがとう、またキミに会えて良かった。」



「…おう、気ィ付けて帰れよ。」


立ち上がった遥斗を視線だけで見送ると

舞依だけがその場に取り残された。

目の前では遊んでいる子供や話している大人達の姿が見える。彼女はベンチから立ち上がると再び何処かへと歩いて行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

その頃、A.C.Tでは陽香が京香とまた話し合いをしていた。無論、舞依の件で。応接室に2人きりという何とも言えない空気が張り詰めている。


「…それで解散するって舞依ちゃんが。」



「はぁ……成程ねぇ。あの子らしいというか何と言うか。」



「何か優しくされるの嫌がってるみたいで…これって私が悪いんですか?」



「何とも言えないわね…色々試しても中々上手く行かないのはこの世の性だもの。っと……ちょっとごめんなさいね?はい、此方A.C.T本部…。」


京香が応接室から出ると陽香だけ残される。

そして少し経って再び戻って来た。


「……セクター4にて強盗傷害事件。警官が追跡したけど見失ったらしいわ、即座に現場へ向かって!」



「で、でも…舞依ちゃん…来るんですか?」



「……必ず来るから大丈夫。ほら早く行って!」


応接室の外から右手の親指をクイッと何度も横へ振ると陽香は頷いてその場に立ち上がり、鍵を受け取ると駆け足で応接室を飛び出してから部屋の外へ。

普段使用している長方形型の黒いワゴン車の運転席へ乗り込み、それを走らせて行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

舞依がセクター4への移動通路を進んでいると彼女は何かを感じ取り、人混みを掻き分けて走り出した。そしてドアを蹴って開けて内部へ侵入し路地を駆け抜けて行く。市街地へ繋がる通りへ行く直前に立ち止まると通路の壁へ背中を張り付けて両脇のホルスターから銃を引き抜いてセーフティを外した。


「……微かだが硝煙の匂いがする。何処からだ?」


舞依が顔を覗かせるとその僅かな匂いを頼りに

飛び出して表通りへ向かうとその正体が判明した。

武装した5人組が近くの銀行へ立て篭もっているらしく、パトカー数台と警官数人が待機する中で現場は慌ただしい雰囲気に包まれていた。待機していた保安警察も応援を呼んだらしいがまだ整っていないらしい。彼女は現場へ来ると大方の事情を察し、野次馬を押し退けて付近に居た警官へ話し掛ける。


「何してんだ?」



「こ、子供!?何故現場に子供が…早く此処を離れろ、凶悪犯が銀行の中に居るんだ!!下手をすれば殺されるぞ!!」



「殺される?…上等だ、全員殺してやるよ。」


舞依は「コレ借りるぜ」と話して木製のウッドストックが付いたショットガンを指さした。

だが警官は彼女を見て顰めっ面をする。


「ダメだ、子供は早く向こうへ─」



「…D.L.Sナンバー0270。解ったなら早く退け、弾とそれ置いてそこの奴と離れてろ。」



「まッ、まさか……。」



「その…まさかだよ。」


彼女は自身の銃をホルスターへ戻し、代わりに彼からショットガンと弾薬5発を受け取ると状態を確かめた末に右手でそれを持つ。


「M870。まさか保安警察がレーザーガンとかブラスター以外のモン持ってるとはな…誉めてやるよ。」


周囲の人々が彼女へ視線を向ける中、舞依は歩いて自動ドアを抜けて中へと入る。すると視界に覆面を着けた集団が変わった銃器を持っているのが直ぐに解った。手前の受付付近に2人、カウンター奥の作業スペースに3人の配置。

彼女から見て直ぐ左側の椅子があるスペースの床には客が8人伏せていた。


「…金卸しに来たんだけど今は営業してんのか?此奴の代金払わなきゃ行けなくてさ。」



「あぁ?見りゃ解るだろ、取り込み中だ…命が惜しいんならさっさと出て行きな!!それとも代わりに払っといてやろうか?テメェの命でよぉ?」


そう話して近寄って来た彼が舞依へ銃口を向けた瞬間、ドンッと鈍い音が響く。彼女がいつの間にか右手のショットガンを構えた末に発砲したのだ。

空の薬莢が落下してからバタリと倒れ、動かなくなると残る4人が一斉に舞依へ銃口を向けて来た。


「やりやがったなぁッ!!」



「…今から楽しいショーの始まりだ。見たくない奴は目と耳塞いでな…楽しい夢に悪魔が出ちまうからよぉ?」


左に居た1人が即座に引き金を引くと黄色い閃光が放たれ、舞依はそれを屈んで避けてはその間にショットシェルを2つ掴んで再装填。そして左手でフォアエンドを手前へ引いて素早く立ち上がると相手の顔面へ撃ち込んで撃退した。辺りに様々な物が飛び散り、人だった何かは倒れて動かなくなる。


「クソぉッ、やっちまえ!!」


レーザーガンの銃口が向く直前に舞依はカウンターを飛び越えて中へ、そして出会い頭に発砲し寸前でレーザーブラスターを撃って来た3人目を撃退。4人目へ近寄ると再びショットシェルを2個掴んで押し込みリロード、レーザーガンの弾が飛び交う最中に発砲し撃退してしまった。


「…ちッ、逃げやがったか。そこのお前、客を外に出してやんな。それと床に転がってるゴミは見るんじゃねぇぞ?見たらカミさんの晩メシ食えなくなるからな。」


舞依は残弾を確認し銀行の非常口へ走って向かうと開かれた後が有り、そこから彼女も走って外へ。

外へ出ると見慣れたワゴン車が路肩に停まっていて

陽香が降りて来た。


「舞依ちゃん…ッ!?」



「お前…ッ!?」


鉢合わせた2人はその場に固まってしまう。

そして舞依が先に駆け出すとその後を追う様に陽香も駆けて行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈走り続けた末、街中の立体駐車場の中へ痩せ型の男が逃げ込む。そして振り返って背負っていたレーザーブラスターの銃口を2人へ向けて来たのだ。

黒光りするそれは本来の銃器とは全く異なった形をしている。直後に光線が2発放たれたが陽香を舞依が間一髪の所で突き飛ばして何とか躱させるとコンクリート製の柱の陰へ逃げ込む。

その差10メートル、その気になれば両者とも狙い撃てる距離となる。



「きゃあぁッ!?な、何!?」



「ちッ…!!あれがレーザーブラスター、実弾よりも離れた場所から的確に的をブチ抜ける装備…しかもスコープ付きと来たか。オマケにグリップも付けてカスタムしてやがる…狙撃は出来なくてもあたしらを黒焦げにするのは簡単だろうな。」



「ええッ!?」



「……いや、1つだけ方法なら有る。」


舞依はショットガンを置いてポケットからタバコを取り出してその場で吸い始めると煙をふぅッと吐き出す。そして何かを思い付いた様に彼女は顔を少し覗かせ、改めて自分達と敵との距離を確かめていた。


「けほッ、けほッ…方法って何?」



「オーバーヒート…そこを狙って一気に叩く。ブラスターは撃てば撃つ程、排熱が追い付かなくなって撃てなくなる。それに奴はあたしらを何としても殺すというオマケ付きと来た……へへッ、面白くなって来たじゃねぇか!」



「喜んでる場合!?でも、どうするの?オーバーヒートさせるだなんて…そんな事簡単に出来る訳ないじゃない。」


すると舞依は内側のホルスターから2つの拳銃を取り出して左右のマガジンを外すと残弾を確認する。左側が7発で右が5発、とてもではないが心許ない。


「あークソッ…よりによってこれだけかよ。タマ無し野郎と何ら同じじゃねぇか!!」



「……これ、忘れ物。」


すると陽香がスーツのズボンにあるポケットの左側を探り、舞依の右横から2つの黒い何かを差し出して来る。それは彼女の銃専用のマガジンだった。

舌打ちし受け取るとそれをポケットの中へしまう。


「…礼は言わねぇからな。」



「別に良いよ。見返りなんて要らない…私は私がやらなきゃって思った事をするだけ。」



「はッ…なら少し付き合え。あたしは右、アンタは左。アレが体に当たると全身黒焦げか…反動で吹っ飛んであの世に逝っちまうかもしれねぇから気を付けな!!」


陽香が強く頷くとセーフティを外し、2人は同時に柱の陰から飛び出した。狙いを付けたのは陽香の方で彼女へ向けてブラスターのレーザーが放たれて行き、それを必死に避けていた。

柱や床、停まっていた車に弾が命中し地面を焦がしていくと焦げ臭い匂いが立ち込めて来る。

狙いがマトモに付けられず、陽香の撃った弾は全て外れてしまった。


「本ッ当にぃ…!!やる事ッ、考える事ッ、全部ッ…無茶苦茶なんだからぁッ!!」



「オラオラぁッ!!死ね死ね死ねぇえッ──!!」



「まだやりたい事ッ…沢山、有るのにぃッ!!こんな所で死ねる訳ないでしょぉおッ!?」


構わず陽香を狙い続けて乱射していると、突然男の正面から舞依がわざと彼の近くへ何発も発砲し挑発して来たのだ。狙いは全て彼の横に有った看板のみで彼には1発も当たっていない。


「ほらッ、こっちだウスノロ!!それともビビっちまって撃てねぇか?そりゃそうだよな…スコープ付けねぇとマトモに狙えないチキン野郎みたいだしなぁ?」



「てめぇッ…蜂の巣にしてやるッ、覚悟しやがれぇえッ!!」



「上等だ…かかって来いよ。1発でも当てられたらファーストクラスでハワイにでも連れて行ってやるッ!!」


そして狙いが舞依へ切り替わり、余計に興奮した相手による容赦の無い銃撃が始まる。駐車場内を走りながら右へ左へと身体を捻って躱しながら時折、伏せて身を屈めたりしつつ彼の弾丸を避け続けた。

地響きの様な音と共に放たれるレーザー弾は舞依の髪を掠めて壁面や車へと命中して行き、着弾箇所を黒く焦がしていく。

そして2人が躱し続けた時に遂にその瞬間が訪れた。

ブラスターの銃身から蒸気と共に放熱フィンが飛び出すと彼は焦った様に慌て出したのだ。


「ゲームオーバーだ、消えなッ!!」



「絶対…外さないんだからッ!!」


舞依は男の正面、陽香は男の右横から銃口をそれぞれ向けて発砲すると陽香の弾丸がブラスターへ着弾し弾き飛ばすと同じタイミングで舞依の弾丸が彼の眉間や腹部、胸部へ次々と命中しそのま仰向けに倒れてしまった。


「ふぅ……これで終いだ。」


舞依が左右の銃をホルスターへ収めた後に咥えていたタバコを吐き捨て、右足で踏んで消す。

それと同時に陽香が突然声を上げた。


「あーッ!?嘘、スーツの左肩の部分焦げてる…これ高かったのにぃッ!!」



「ンな事ぁ知らねぇよ、アンタが避けるの下手くそなだけだろ…ったく。」


男の元から離れ、転がっていたブラスターライフルを見下ろしながら舞依は呟く。

落下したせいか破損していてフィンが1枚折れてしまっていた。陽香の気配に気付くと彼女が振り返り、目線を合わせる。しかし舞依は視線を逸らしてスタスタと歩き出してしまった。その背中を見ながら陽香は重い口を開く。


「……舞依ちゃん、その…ごめんね?私…貴女に嫌がる事しちゃったのかなってずっと思ってて…。」



「…ケガの手当。」



「え?…手当がどうかした?」


ポツリと舞依が呟くと柱の陰に置かれていたショットガンを拾って肩へ担ぐ。そして更に彼女は話し続けた。


「アレもお前が自分で思ってやったのか?」



「う、うん……そうだけど何?」



「別に…それだけ解りゃ良い。」


舞依はスタスタと歩いて行ってしまった。

不思議そうに首を傾げると陽香も彼女の後を追って駐車場を後にする。そして電話を用いて京香へ連絡を取ると現場での状況を終えたと一言告げた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

その後、陽香が治安局へ車と鍵を返却して帰路へ着くとアパートの前に人影が有った。

フェンスに寄り掛かってタバコをふかしている黒い長髪の少女で同色のロングコートを身に付けている。


「舞依…ちゃん……。」


陽香の声に呼ばれた彼女が振り返る。

その際に黒く長い髪が風にふわっと舞った。

そして何かを焦がした様な匂いもして来る。

彼女の持つ紫色の両目が通路に立つ陽香を真っ直ぐ見据えていた。


「…話をしに来た。無論、アンタとだ。」



「話って…?」



「アンタとあたしが組むって話だよ。さっきの騒ぎで記憶飛んじまったか?」


陽香が思い出した様に頷くと舞依は話を続ける。


「……そもそも、あたしとアンタは住む世界が違う。アンタが見ているのはガキが持っているクレヨンや大量の絵の具で描いたカラフルな世界…あたしが見ているのはドス黒い闇が拡がる地平線の彼方まで真っ黒な世界だ。挙げ句にゃ神サマは全員[[rb:品切れ> ソールド・アウト]]、愛も同じでとっくの昔に棚から消えて無くなっちまってる。」



「それってどういう事…。」



「あたしはもうとっくの昔に死んでるのさ。アンタが今から組む相手は死人そのもの…縋る神も信じる愛も何処にも有りゃしねぇ。どうだい、それでもこのあたしと組むか?」


舞依はあの虚ろな目付きで陽香を見つめている。

そして彼女は舞依の前へ来て距離を詰めて立つと話し始めた。


「決まってる、私の考えは1ミリも変わらない。例え貴女と行き着く先が違っても…貴女と考え方が違ったとしても、迎える結末が貴女と違ったとしても。考え方も信じる正義も全部……人によって違うから。」


そして沈黙が流れた末に舞依は何を思ったのか白い歯を出してニヤリと笑った。


「……オーライ、決まりだな。あたしはアンタと組むぜ。呼び方は好きにしな、変な呼び名以外は賛同してやるよ。」



「じゃあ…ちゃん無しで普通に舞依って呼ぶ。私の事は──」



「ハルカ…で良いんだろ?その方がお互い気ィ張らなくて楽でいい。」


陽香は無言で頷くと舞依が不意に突き出して来た右手の拳と自身の右手の拳を軽くぶつけてグータッチを交わして見せた。


「……お腹空いたでしょ。食事にしない?舞依。」



「ああ、腹が減ったままくたばったら成仏なんざ出来やしねぇ。だろ?ハルカ。」


そして陽香と共に舞依は彼女のアパートの一室へと消えて行く。性格も考え方も何もかも違う2人はたった今正式に組む事となった。

2人が対峙するのはファウンダーの中で発生する数多くの犯罪者達。

処刑人と1人の新米警官の物語は未だ幕を開けたばかり。まだまだ話は……終わらない。

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