第4話 EXECUTIONERS

舞依とレイモンドによる交戦が続いていた時、陽香は手元の時計で30分にアラームが鳴る様に携帯を設定しそのまま京香と共に外で待機していた。


「……後15分。まだですね。」



「そうね…取り敢えず気長に待ちましょ?」


京香は白衣の胸ポケットからタバコと銀色のライターを左手で取り出すと親指で箱を開けて中から1本を右手の指先で摘んで取り出す。紺色の箱には[PORLIAMENT]と書かれていて、箱の数字は14と書かれていた。そしてそれを口に咥えてからタバコへライターで火を付けるとそれを吸いながら煙を口から吐いた。


「けほッ、けほッ!京香さんもタバコ吸うんですか!?」



「…言ったでしょ?舞依が吸うのは私のせいだって。何なら離れてて良いわよ?煙たいでしょうし。」



「い、いえ!だって…舞依ちゃんが傍に居ろって言ってたし…傍に居ます……。」


すると2人の背後から微かにサイレンの音が響き渡り、振り返ると暗闇の中に幾つかの赤色灯がチラチラと光っているのが見えた。


「援軍ですか?」



「……違うわ、都市保安警察よ。凡そ、手柄を横取りに来たんでしょう。ちょっとお話して来るから引き続き宜しく!アラーム鳴ったらフレアガン撃ちなさい、真上に…舞依に解る様にね?」



「お話して来るって…ちょっと!?京香さんッ!?」


京香は鼻歌を歌いながら手を振り、陽香を置いて暗闇へ消えてしまう。1人残された陽香はその場に立ち尽くしていた。1人で歩いて行くとパトカー数台のヘッドライトが京香のシルエットを照らし出した。降りて来たのは黒い服を着て武装した警察官ばかりで一斉に京香の胸や腹部へ赤いレーザーサイトを向けて来た。そして最後に降りて来たのは大柄の60代位の中年男性、白髪混じりの髪と黒のジャケットを上から羽織っている。そして拡声器を受け取ると彼は話し出す。


「私は都市保安警察の大原修造だ!!お前は何者だ、何処の部署の人間だ!!」



「私は国家治安局…特殊犯罪捜査対策部の責任者、神楽京香。お生憎様だけど貴方々を此処から先には行かせられない。」


すると再び修造が声を上げる。


「治安局だと?何故だ、理由は?」



「……相手は例の研究資材を盗んだ犯人。既にうちからも死傷者が数名出ている、下手に首を突っ込めば貴方々の部下が悪戯に死ぬ事になる。だから大人しく──」



「引き返せる訳無いだろう!!奴は我々、都市保安警察のメンツに掛けて必ず逮捕する。解ったならそこを退きたまえ、国の傀儡が!!」


そう返事が来ると京香は舌打ちし、普段は白衣に隠れているが右足に取り付けているホルスターから銀色のリボルバー式拳銃を右手で引き抜いた。木製のグリップと銀色のステンレス製ボディ、そして6インチのバレルが印象的なそれはM686と呼ばれる物。そして右手の人差し指でそれを、一回転させると構えて彼等へ向けたのだ。ヘッドライトに照らされた白銀の銃口がギラリと光る。


「ど、どういうつもりだ!?貴様!!同胞に銃を向けるのか!?」


すると京香もまた舞依と同じで青い瞳が虚ろに変化し、タバコを咥えたまま大声で話し出した。


「耳の穴かっぽじって良く聞け、糞野郎共。悪戯に犠牲者を出すなって言ってんの。無事に此処から帰りたいなら、恋人や家族に生きて会いたいなら…黙って回れ右して引き返すか、大人しく此処で何もせず黙ってな。それでも無視して行くって言うなら……」



「い、行くって…言うなら…どうなるんだ…?」


思わず彼も聞き返してしまった。

そしてその返答が帰って来る。


「──アンタらもれなく全員、ブギーマンに喰われちまうぞ?」


歯を見せて彼女が不気味に笑う。そして1人がレーザーサイトを消したと思えば全員がレーザーサイトを消したのだ。修造は辺りを見回して事態を確かめていた。


「お、おい!?どうしたと言うんだ!?おい!!」



「……お利口さん。それでアンタはどうする訳?まさかそれでも行くって言うんじゃないでしょうね?」


ふぅッと息を吐き出すと白い煙が彼女の口から噴き出すと沈黙の末に彼は拡声器を用いて話し始める。


「わ、解った…待機だ、待機する……!!」



「……解れば良いのよ、解れば。」


銃を収めると背を向けて左手で手を振ると京香は立ち去ってしまった。彼女は唯の責任者ではないという雰囲気を抱いているのは間違いないが、全ては謎のベールに包まれたまま。

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「クソッ…ふざけんじゃねぇッ!!何でもかんでもガキみてぇにブン投げやがって!!」



「遂に撃つ手が無くなったか?えぇ?!」


サブマシンガンを乱射した直後、レイモンドが舞依へ向けて右手を翳すと左手のサブマシンガンへ狙いを付ける。異変に気付いた彼女が咄嗟にそれを投げ捨てるとメキメキと形を変えられた挙句に破壊されてしまった。


「おいおい…今てめぇが壊したそれ、結構高かったんだぞ…どうしてくれんだ?」



「壊れたならまた買って貰いな…今度は飛び切り高くて良い奴をなぁあッ!!」


彼が左手を横へ向けるとメキメキという音と共に今度は歩道の街灯がコンクリートの地面から引き抜かれ、それが4本飛んで来たのだ。すかさずグレネードランチャーを構えた状態からそれ等を避けて発砲するが彼の右手に嵌めたグローブの力により弾道を変えられてしまい、あらぬ方向へ着弾、爆発した。

漸く攻撃が収まったかと思ったのも束の間、今度は砕けた建物のガラスが飛散し牙を剥く。

後退し避けたものの左腕や左足の太腿、右足の脛辺りをガラス片により切り裂かれ出血してしまった。


「いッ…てぇえええッ──!?」



「ふはははッ、もっとだ…もっと泣き叫べぇッ!!」


ギリッと歯を食い縛って舞依は痛みを堪える。

これ位のケガなら慣れているが痛い物は痛い。

その場で素早く次弾をリロードすると片手でグレネードランチャーを発砲した。


「ちッ!残り3発か…まだかよクソッタレ!!」


まだフレアガンによる合図は上がらない。

目の前の相手へ数多の弾薬をばら撒いたが全て無意味に等しい。30分という時間は思ったより長い上に自分の身がいつまで持つか解らない。

グレネードランチャーが無くなれば、残るのは自身の両脇に有る愛銃のみ。深呼吸し何とか平静を装い、顔を上げた時だった。彼の姿が無くなったと思った瞬間に両手を上げてスタスタとやって来たのだ。


「これで終わらせてやるよ…覚悟しなポリ公!!けどまぁ、俺相手に良く粘った方だぜぇッ!?これは俺からのご褒美だ…有難く受け取りなぁッ!!」



「おいおい、ふざけんなよ…ンなの聞いてねぇぞ!?」


舞依の目の前へ現れたのは3台の乗用車。

彼がニヤリと笑った瞬間、それが空から降り注いだ。激しい物音と共に崩れて車が相次いで爆散し即座に火の手が上がると炎に包まれてしまった。

あの爆発では生きている訳がない。


「くくッ…ははッ…ふはははははッ!!ざまぁねぇなぁ?やっぱり誰も俺を止められないのさ!!このグローブが有る限り…俺はずっと無敵だ!!これからもこの先も変わらねぇ!!」


そしてボシュンッという音と共に空へ光り輝く球体が打ち上がり、破裂。レイモンドと舞依の居た辺りを照らしていた。


「祝いの花火って奴か?でもまぁ悪くねぇ…あばよ、楽しかったぜ?」



「おいおい……もう帰っちまうのか?パーティはまだ終わってねぇぞ?」


背を向けた瞬間、ピタリと歩みを止めた。

確かに聞こえた…あの女の声が。振り返ると自身の背後は炎に包まれている。どう見てもアイツは死んだ筈…なのにどうして声が聞こえた?


「ま、まさか…そんな筈は…有り得ない…!!確かに俺はアイツを殺した筈だぞ!?何故生きている!?」



「……お前は勝ちを確信した…絶対に勝った、もう目の前の奴は有無を言わさず確実にくたばったってな。けどな…その時点でもうてめぇは負けてんだよ。」


炎の中に立つ黒い影。そしてそこから出て来たのは少女ただ1人。そして立ち止まるとレイモンドを鋭い目付きで睨み付けたのだ。ズボンや腕には切られた痕跡がそのまま残っている。


「……1つ良い事教えてやるよ。殺った筈は殺ってねぇって事、足りねぇ脳ミソにでも刻んどきなぁッ!!」



「だ、だったらもう一度ッ──!?」


左右の手を突き出してみるが何も起こらない。

パワーダウン、つまりエネルギーが切れてしまったのだ。レイモンドがカートリッジをジャンパーの懐から取り出した瞬間にそれが射抜かれて弾き飛ぶと地面へ落下した。


「…させっかよバァーカ。折角のダンスパーティーだ、水入らずで[[rb:最後 > フィナーレ]]まで踊ろうぜ……ベイビー?」


そして舞依は左手にもARK17を握り締め、駆け出す。二挺拳銃と呼ばれる状態から連続で発砲し彼の

両肩を素早く射抜いてみせ、ふらついても尚、後退し背を向けて駆け出そうとした瞬間に左右の足を射抜いて地面へ倒してしまった。地面へうつ伏せに倒れた彼が振り返ると両手に黒い銃を握り締めた女がゆっくりと距離を詰めて来る。彼女の履いている靴が地面を踏み締める度に散らばった破片をジャリジャリと踏みしめる音が聞こえて来た。近寄って来る足音は恐怖そのもの。


「ひッ……ひぃいいッ!?」



「勝者から敗者へ一気に転落した気分はどうだい?オッサン。映画にでも出りゃ何かの賞が取れる位、良い顔してんぜ?」


ニィイッと歯を出して笑うと舞依は少し彼の眉間へ右手に持つ銃の銃口を突き付け、彼の顔を見据えていた。


「おッ、お前…どう見てもガキじゃねぇか……!!何でガキがポリ公なんか──」



「あぁそうだよ、てめぇはそのポリ公のガキに殺されんだ…可愛そうにな。そういや…くたばった後の保険は入ってるか?」


彼へそう問い掛けるとレイモンドは何かを思い出したのか青冷めた顔でコクコクと頷いた。


「……知り合いに金が降りんなら、それで良いじゃねぇか。[[rb:問題無し > ノー・プロブレム]]だ。バカ1人が勝手に死のうがあたしらには何も関係ねぇ。別に人っ子1人消えたって明日は来るんだぜ?」



「ち、畜生ッ……ふざけんな畜生ぉおおッ──!! 」



「──幕引きだ、消えな。」


バンッという銃声と共にレイモンドは背中から地面へと倒れてしまった。そして彼の手からサイコフィストを引き剥がすとそれを片手に舞依はワゴン車の元へ戻って来る。目が合った瞬間、陽香が心配そうに舞依の方へ駆け寄って来た。


「ま、舞依ちゃんッ!?大丈夫だった…?」



「あ?別に。それよりキョーカ、ほらよ。」


ポイッと例のグローブを投げ渡すとワゴン車の後ろに居た京香がそれを受け取って確認する。そして彼女が黒い小さな箱へしまうと鍵を掛けた。


「案件終了…それにしてもアンタまた派手にやられたわね?血出てるじゃない。」



「ほっとけよ…それより腹減った。」


舞依はワゴン車の後部座席へ腰掛けると背伸びをする。京香も助手席へ腰掛けた後に陽香が運転席へ座り、専用のカードキーを差してハンドルを握るとエンジンが始動する。そして一度後退しハンドルを切り返してからアクセルペダルを踏み込むと通りを抜けて治安局の方面へと戻って行った。

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車を置いて自宅へ戻った陽香は舞依と共に帰宅、カードキーを用いて室内へと入って行った。

靴を脱いでから廊下を歩いてリビングへ入ると

陽香は応急キットを棚から取りに行き、戻って来た。


「……何してんだ?」



「決まってる、手当するの。そこ座って傷口見せてよ?」



「要らねぇ。こんなんツバ付けときゃ治る。」



「ダメ、座って!」



「要らねぇっつーの!!」



「ダーメッ!!ダメったらダメ!!」


陽香と舞依は至近距離で睨み合ったが舞依がふらついた事で喧嘩は終了、陽香に捕まって強引に座らされると傷口の手当が始まってしまった。


「クソッ……何であたしが…!!」



「こーら、動かない!ほっぺたも擦り剥いてる…痕になったらどうするの?」



「あぁ?別に良いだろ、そんなもん。」



「良くない!ズボンも脱いでよ、足も包帯巻いてあげるから。」



「だから、余計なお世話だっつーの!!一々鬱陶しいんだよバカ!!世話焼きたきゃ他所でやれよ!!」



「…ほっとけないから!!」


陽香が大声で叫ぶと舞依の声を掻き消した。


「……ほっとけないからこうするの。私より歳下の子がこんなにボロボロなってるのに…黙って見てられる訳ないでしょう?確かに私はライセンス持ってるし……人だって殺してるよ。でも、困ってる人が居たら…苦しんでいる人が居たら…手を差し伸べるのが当たり前でしょう!?」


そう彼女が詰め寄ると舞依は舌打ちした。


「……お前、神サマでも気取ってんのか?」



「そんなんじゃない……当たり前の事をしているだけだよ。早く脱いで、手当終わったらご飯食べよう?」


提案を持ち掛けられた末に舞依はベルトを外し、破れたズボンを脱いだ。そして負傷した箇所へガーゼで消毒された後、それぞれ包帯を巻かれる。治療が終わると陽香は後処理と応急キットを片付けた後で台所へ向かった。


「お前なんかに何が解る…最初から全て持って生まれ、恵まれた中でノコノコ育った温室野郎にあたしの何が解る。」


ソファへ腰掛けながら台所に居る陽香を睨み付ける。そして窓の外を見ると遠くに光る街の灯りやビルの明かりが微かに見えた。

脳裏に過ぎるのは自分の過去と今の現実。

路地に立てられた壁面の向こう側を歩く綺麗な服を着た連中を恨む様な目で睨み付ける日々。建ち並ぶビルも、光るネオンサインも看板も何もかもが憎くて仕方なかった。

泣いても叫んでも喚いても誰も見向きはしない。

舞依の視線に気付いた陽香が声を掛けて来る。


「…舞依ちゃん?どうかした?」



「別に。」


彼女は立ち上がると右手にタバコの箱とライターを纏めて持ってベランダへ出る。そして1取り出した本のタバコを口へ咥え、火を付けるとフェンスへ寄り掛かりながらそれを吸い出した。


「……胸糞悪ぃ、ったく。」


彼女の両目は大きな街並みの夜の姿を捉えていた。

治安が唯一マトモなのはこの辺のエリアだけなのは知っている。左手で左頬に貼られたガーゼへ触れると舞依は俯いた。


『バカね…ケガしたなら言いなさいよ。化膿したらどうすんの?見せてみなさい、絆創膏貼ったげるから。』



『これ?これはタバコ。お子ちゃまなアンタにはまだ早いからダメよ。』



『銃とかナイフよりも可愛いぬいぐるみの方がアンタには似合うと思うけど。…お節介だったかしら?それにレーザーガンじゃ人を殺すのに向かない。殺るなら実弾の方が良いに決まってる。あぁ、今のは…忘れて頂戴?』



『私とアンタは血が繋がってない。けど、知り合った以上…アンタを捨てたりしないしその気もない。唯のワガママよ、過去を捨てた女のね。』


白髪の女性が自分へそう語り掛けたのを今でも憶えている。それ故か陽香が稀に彼女とダブって見える時が有るのだ。


「クソ溜まりで生まれたガキが頼れんのは力だけ…神とか愛なんかじゃねぇ。」


口から煙を吐き出してから夜の空を見上げる。

星一つ無い真っ暗闇が頭上には広がっている。

この空だけは変わらない、あの時からずっと自分の事を嘲笑って見下ろしているだけだ。

今も尚、変わらずに。


「あたしはこっち側。[[rb:あいつ > 陽香]]はあっち側。そもそも住む世界が違ぇんだよ。」


彼女はタバコを口から吐き出し、サンダルを履いた足で踏み潰すと部屋の中へ戻って行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そして翌朝、陽香がリビングへ向かうとソファで

寝ていた舞依が起きていた。昨日と変わらず男性物の下着を上下に身に付けている。


「ごめん…起こしちゃった?」



「……別に。それより話がある。」



「…話って?例えば一緒にご飯作るとか?」



「バカかお前。悪ぃけど…あたしはアンタと組むのを辞める。仲良しごっこはこの瞬間からお終いだ。

毎朝鬱陶しいんだよ、バカみてぇに起こしやがって。新婚のバカ夫婦じゃねぇんだぞ?」



「待ってよ…何それ!?どういう事!?」



「……意味も何もクソも有るかよ。じゃーな、世話になった。」


舞依は無言で昨夜着ていた服へ着替え、上着を羽織るとリビングの出口へ向かって歩き出す。

その左手を陽香が掴んで引き止めた。


「待って!!話はまだ──」



「触んなクソアマ。気持ち悪ぃんだよ、ベトベトしやがって。」


威圧し、彼女の手を振り払うと舞依は出て行った。

玄関のドアが閉まる音が聞こえると陽香だけがリビングへ1人残された。


「舞依…ちゃん……。」


言葉を詰まらせた彼女は1人で佇んでいた。

早くも2人は解散となってしまうのか。

どうしようもない重たい沈黙だけがその場を支配していた。

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