第2話 HOUSE MATE

犯罪者を処理(殺害)する為に設定された法案

D.L.S。DELETE-LICENSE-SYSTEMという頭文字を取ったそれはキルコードとも呼ばれている。

これは度重なる犯罪の増加に伴って新たに設立されたシステムで犯罪者をその場で裁く事が許されているという物。中でも殺人、放火、強盗、傷害…そういった凶悪事件が後を絶たなくなってしまった為。

事件に巻き込まれた側の被害者遺族は犯人を自らの手で殺す事は出来ない…従ってただ言葉で訴え続ける事しか出来ないのだ。従来の警察が出来るのは犯人の逮捕並びに拘束のみで後は法の元に裁かれる。

しかし犯罪者の更生と言っても悪魔で刑執行期間中、その場凌ぎの更生のみで再犯率の増加もまた一途を辿っている。中には賄賂を受け取って刑期の短縮を測ろうとする者も居る程。

特にファウンダーはあまり治安が良くない。

それ故に警察もまた手を焼いているのだ。


そうした最中、1つの法案が秘密裏に可決された。

それは警察と似ているがが警察とは異なる組織を作り出す事…国家治安局の設立である。

主な役割は犯罪を犯した者をその場で射殺する事、そして次の犯罪が起こる前の抑止を行う事。

彼等が街へ放たれた事で多少なりとも抑止力となっていたが、それでもまだ普及が追い付いていない。

悪魔で治安局が居るのはファウンダー及び1部の区画のみ…此処はモデルケースの1つでしかないのだ。

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A.C.Tに配属が決まった早乙女陽香。

彼女は初日の仕事を終えて帰宅すると自宅のドアの前へ来るとカードキーを財布から取り出してスキャンするが既にドアが開いていて、首を傾げた。


「あれ?朝、出る時に施錠し忘れたかなぁ…?まさか…ッ!!」


陽香はもしやと思い、上着の左側にあるホルスターに収まっている銃を握り締めて引き抜くとセーフティを親指で外して中へ。靴を脱いでから息を潜めつつリビングのドアの前へ差し掛かると勢い良くドアを開け放って銃口を向けた。


「そこから動かないでッ!!国家治安局、A.C.Tですッ!!解ったなら大人しく武器を捨てて投降しなさ──えッ?」



「……邪魔してるよ。A.C.Tの早乙女さん?」


そこに居たのは舞依、着ていたロングコートはソファに掛けられている他にテーブルの上にはアイスクリームのカップとそれからポテトチップスの袋とボトルに入った飲み掛けのコーラが置かれていた。

因みに今の彼女の格好は黒いタンクトップに男性用のトランクスといった如何にも寛いで居ますという雰囲気をアピールしていた。


「な、何やってるの!?此処、私の家なんですけど!?」



「見りゃ解るだろ?寛いでるんだよ…キョーカがアンタと居ろって煩いから従ってるだけ。文句有るか?後、それ下ろせよ…肩書き上は仲間なんだから。そんなモンずっと向けてんじゃねぇよ。」



「…馴れ合うの嫌いだって自分から言ったじゃないですか!!」



「それとこれとは話が別だ。」



「大体何で私のアイスを勝手に…はい?もしもし…あ、京香さん…お疲れ様です。」


陽香が反論しようとした所で携帯が鳴る。

出る前に銃へセーフティを掛けてからホルスターへ戻し、電話へ出る。相手は京香からだった。


[もしもし?陽香ちゃん、もう舞依には会えた?]



「会えた?じゃないですよ!何で私の家に彼女が勝手に上がり込んで寛いでるんですか!?」



[あはは…ごめんなさい、色々立て込んでて説明するのすっかり忘れてたわ。これから貴女と舞依は一緒に生活して貰うから。相棒なんだから別々に居るより良いでしょ?]



「納得出来ませんッ!!治安局には寮とか周辺に泊まれる場所は無いんですか!?」


陽香がそう言い返すと少し間が空いてから話が始まる。


[有るには有るけど…彼女、出禁喰らってるのよね。粗暴が凄いし…そもそも近寄り難いし…オマケに直ぐ問題起こすし……だから色々有ってダメになっちゃったの。それに2人共歳近いし大丈夫かなぁって。]



「はぁ……どうしてそんなのいきなり決めたんですか?」



[その方が効率的だと思ったからよ?それじゃ、宜しくねー♪]



「あッ!?ちょっと待って下さいッ!!納得の行く説明を──」


そう言い掛けた時には既に通話は終了し、呆気なく通話は打ち切られてしまった。


「うぅ…折角の癒しの時間が……。」



「…少しベランダ借りる。」


そう言い残すと舞依は立ち上がって小さな箱を右手に持つと外へ出ようとする。陽香は彼女の持つ物を見て止めた。


「ねぇッ…それって……!」



「あ?見りゃ解るだろ、タバコだよ。タバコ。」



「……舞依ちゃん、歳幾つ?」



「18。それが何だよ?」


バッと陽香は彼女の手から素早くそれを奪い取る。

よく見ると黒紫色でそのラベルには[LUCKY-CRITICAL]と書かれていて、その下には数字で05と書かれている。


「未成年はタバコ吸っちゃダメなの知ってるでしょ?これは没収しますッ!」



「はぁあ!?てめぇッ、ふざけんな!!いいからさっさと返せッ!!」


舞依が掴み掛かると陽香はそれを左手で受け流し、彼女をリビングのドア側へ追いやった。

完全に立ち位置が逆転し、舞依は舌打ちする。


「…しかもタール値それなりに高いし。タバコは身体に悪いよ?」



「うるせぇ!てめぇには関係ねぇだろ!?」



「あのね、此処は私の家なの!!一緒に住むならルールに従って!!仮にも治安局の人なのにルール守れないのはどうかと思いますけど?」



「はッ、ちょっと毛の生えた新米ルーキーの癖に。キャリアの方はあたしの方が上だッ!!あたしの方がアンタより先輩なんだよ、解ってんのか?解ったらさっさとそれ返せよ。その胸にぶら下がってるデカイ奴に頭の中身吸われてんじゃねぇのか?」


舞依が鼻で笑うと陽香は自分の胸を見ていた。

陽香の胸はEカップ、大きさも形も良い。

言葉の意味を理解した彼女は赤面し頬を膨らませた。


「それとコレは今関係ないじゃない!?兎に角、ウチは禁煙ですッ!!ダメなものはダメ!!」



「んな事知るかよ!!いいから返せってんだッ!!」


舞依が再び掴み掛かると陽香と揉み合いに突入、

陽香の腹部へ右手の拳を打ち込んで怯ませてその隙に奪おうとしたが彼女の左手が直後に舞依の額を掴んで押し留める。揉み合った末、床へお互い倒れ込んでしまった。舞依が陽香へ馬乗りになる構図となると何とか彼女はタバコを奪い取った末にその場から立ち上がった。


「あぁッ!?」



「ったく…法律なんか真っ当に生きてるバカが守るモンだろ。生憎、私はそういうのキライなんだ。」



「でもッ…それが有るから私達は──」



「じゃあそのルールを…法律ってのを只管、盲目的に遵守してりゃキルコードなんてモノ要らなくなると思うか?」



「え…ッ?」


突然の問い掛けに陽香は言葉を失ってしまった。


「……例えどんなマトモな法律が有ったとしても犯罪は起きる。些細な理不尽と憎しみや妬みが重なればあっという間だ。例えるならダイナマイトの導火線に火を付けるのと同じ位かもっと早いかもしれない。」



「でもッ……例えそうだとしても…私はそうは思わない。ルールはルール、ちゃんと守るべきだと思う…ルールを守らない人達が居て、それで誰かが辛い思いをするから…そうさせない為にライセンスが有って…犯罪者を処分して……!!」



「処分じゃねぇ、あたしとアンタのやってる事は人殺しだ。D.L.S…頭文字のDはデリート、消去って意味のD。人殺しと処分を吐き違えるんじゃねぇよ。」



「私だって好きで殺した訳じゃない!!そういう…ルールだから……それに基づいて厳正に…!!」



「……アイツらにも家族、友人、兄弟姉妹、仕事の同僚や他にも大勢…仲間が居たかもしれねぇ。けど、あの瞬間…その関わりを全てブチ壊したんだよ…あたしとアンタで 。その事実だけは何も変わらない」



「ッ……。」


陽香はベランダへ出た舞依の背中を見る事しか出来なかった。あの時自分は実力行使を用いて彼を制止させた。更生の余地が無いとその場で判断、彼を射殺し命を奪った。それだけは事実な上に間違いはないし、変える事は出来ない。陽香が呼吸すると焦げた様な匂いが開いたベランダの扉から僅かに立ち込めて来る。

これ以上何も言えない、言い返す事は出来なかった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「誰かの人生を奪って…壊した……か。」


翌朝、A.C.Tの有る室内でデスクワークをしていた陽香はポツリと呟いた。港の倉庫…犯人は4人...人質1名。突入し即座に戦闘へ突入、犯人グループ2名が此方へ発砲した事から射殺。その中の3人を舞依が、そして主犯格と思わしき人物を陽香が射殺した。


『国家指定犯罪者特別法案に基づき、貴方へ実力行使を行使します。』



『はッ!!く、クソ喰らえだ…ッ!!何がライセンスだ…何が犯罪者を独自に裁く権利だ…てめぇら全員人間じゃねぇッ!!こんな国なんか──』


そう言い残したのを最後に彼の後頭部を射抜いた。

人を殺めたのは昨日が初めて、今迄は訓練用の模擬弾を利用し戦って来た事から実弾も撃ったのが初めてだった。すると横からコトンと自分の机の左横に缶コーヒーが置かれ、振り返る。そこには後ろ髪を黒のバレッタで止めた京香が居た。


「どうしたの、思い詰めた顔しちゃって。舞依とケンカでもしたの?」



「ま、まぁ……少しだけ。未成年なのにタバコ吸ってたから…ついカッとなっちゃって。」



「あー…あの子の悪い癖ね。とは言え、私にも責任は有るんだけどさ。何せ私がヘビースモーカーだし……。」


陽香は彼女の白衣の胸元を見てみると確かにタバコの箱が入っていた。


「舞依ちゃんと京香さんはどんな関係なんです?」



「んー?それは内緒、追々話すわよ。それより、舞依とケンカした理由…他にも有るんじゃないの?」


ピッと右手の人差し指を向けられると陽香は頷く。

そして自分から昨夜の出来事を彼女へ語った。


「……成程ね、誰かの人生を奪ったってあの子に言われた訳か。悪いけどそれは本当の事であって変えられない事実。貴女も大人なんだしそれ位は解るでしょ?」



「…解ってます。でも…何だか腑に落ちなくて。」



「いい?誰かを守る為には…別の誰かを切り捨てなきゃいけない。大勢の市民を守る為には犯罪者という存在を消さなきゃいけないの。例えその相手にどんな事情が有ったとしても……ね。」



「でもッ……そんなの綺麗事じゃないですか!」



「なら聞くけど、貴女は何も疑問に感じなかった?今、上着の内ポケットに入れてるライセンスの本当の意味を。まさか何も知らずにそれを取った訳じゃないでしょう?」



「そ、それは…ッ……。」


陽香は京香へ指摘されると視線を逸らし、無言で小さく頷いた。


「…少し言い方を変えましょうか。犯罪者がこれ以上、誰かを傷付けない為に…命を奪わない様にする為に私達が…治安局が居る。それにこの制度も過去に犯罪に巻き込まれ、大切な人達を失った被害者遺族の声から出来上がったモノなの。自分達と同じ想いを他の誰かにさせない為にね。どう、解った?」



「……。」


陽香が無言で頷くとポンと彼女の頭を京香が撫でる。そして髪をワシャワシャと掻き回すと隣の空いている椅子へ座った。


「そうそう…昨日の現場から回収した4人の身分証データ、残ってるから後で目を通しておいて頂戴。」



「え…何でですか?アレは後で全部京香さんが消すって仰ってたじゃないですか。」



「気が変わったのよ。そんなに悩むなら、せめて彼等の顔と名前は憶えておいてあげなさい。例えその人の人生とか生い立ちを詳しく知らなくても…記憶していれば、その人は貴女の中で生き続ける。彼等も貴女の事を絶対に忘れないでしょうね……少なくとも命を奪った側の責任は自分が殺した相手を忘れない事…私はそう思う。」


京香は再び立ち上がるとそのまま自分の席へと戻ってしまった。舞依不在の中、彼女は京香から言い渡されたデスクワークを夜の19時近くまで続けると

その日は通常通り退勤となった。

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帰り道、陽香が高層ビルの建ち並ぶ表通りを歩いていると悲鳴が聞こえて後方を振り返る。ブランド物のバックを抱えた1人の若い男が彼女の方へ迫って来た。


「退けぇッ、死にてぇかぁッ!!」


その右手には黒光りする刃物が握られていて、それを陽香へ突き出して来たのだ。


「ッ──!!」


咄嗟に彼女は左足を使って擦れ違い様に彼の足を払い除けて転倒させるとホルスターから拳銃を右手で引き抜いて彼へ向けた。また、左手にはライセンスを持っていてそれを倒れている彼へ見せ付ける。


「…治安局の者です。盗んだ物を大人しく返しなさいッ!!でなければ実力を行使します…!!」



「くそッ…よりによってライセンス持ちかよ!?ツイてねぇッ…!!」


目の前に居る彼の歳は自分と同じ20代前後。

これから先、まだ未来の有る存在なのは間違いないが今から彼の未来を陽香が奪おうとしているのは間違いない。だが彼はバックを返さずに立ち上がると近くを通った子供へ目を付け、未だ6歳位の少年1人を人質に取る。左腕で彼を捕えるとその細い首筋へ先程のナイフの刃を当てて叫んだ。


「うッ……動くんじゃねぇッ!!少しでも動けばこのガキ殺すぞ!!」



「なッ─!?馬鹿な真似は止めなさいッ!!その子を離してッ!!」


周囲の人間達もザワザワと騒ぎ出し、その上事件の行く末を見ようと野次馬も現れる始末。

沈黙は続き、その場に強い緊張感が張り詰めていく。そして陽香はセーフティを外すと深呼吸し

手帳をしまうと左手を右手へ添えて銃を両手で握り締めた。


「……本当にこれが最後の警告です、その子を離して。」



「サツの言う事なんか聞くかよ!!何なら今すぐ此奴をぶっ殺してやっても良いんだぜ?」


男はナイフを陽香へ向けて威圧する。

だが彼女は動じる事も臆する事もなく、突然彼の左上にあるネオンサインの入った店の看板目掛け発砲したのだ。発砲音と共に大きな物音がして看板のガラスが割れてパラパラと破片が落下する。


「これは脅しなんかじゃない。次は本当に貴方を撃つ……!!」


陽香が睨み付けると男は怯えた様な顔で見つめている。そして沈黙の末にヤケになったのか子供を連れたまま後退って逃げ出したのだ。彼は左脇に子供を抱えた状態で人混みの中をひたすらに走って行く。


「待ちなさいッ!!」


陽香も野次馬達を押し退けて逃げる彼を追って右側の通りへ駆け込むと陽香は彼の無防備な右肩を咄嗟に射抜いて負傷させ、倒れた所へ近付いて少年を助け出し、彼を男から遠ざける。それでも撃たれた肩を抑えたまま路地裏へ逃げ込んだ彼の方へと近付くとその額へ銃口を突き付けた。


「国家指定犯罪者特別法案にて貴方へ実力を行使します。」



「ほ、本気で殺すのかよ…!?」



「…全ては国の治安の為ですから。それに貴方は私の警告に応じなかった。1度目の警告、そして2度目の警告と威嚇射撃をしても応じなかった事から無意味だと判断しました。」



「物を盗んだだけだろ!?それなのに殺されるって意味が──」



「物を盗んで、その上あの子を人質にした!!…貴方は無関係の人を巻き込んだ。その時点でもう貴方は犯罪者なんです。例えそこにどんな事情が有ったとしても……私は貴方を許さない。貴方のせいでこれ以上他の誰かが傷つかない為に…貴方を処分しますッ!!」


そして1発の薬莢が足元へ落下すると彼は倒れて動かなくなってしまった。陽香は銃をしまい、代わりに携帯を取り出すと京香へ連絡を取る。

それから奪われたバッグを片手に少年と共に歩いて戻って行く。子供の親からは感謝され、バッグの持ち主からも感謝こそされたが陽香は受け入れられず、その足取りのまま彼女はアパートまでの通りを歩く。


「治安局の役目は街の治安を守る事…その為のライセンス…キルコード……。」


不意に立ち止まって上着の内ポケットから手帳を取り出す。そこには彼女の名前と顔写真が貼られていた。これを見せれば相手は自分を忘れない。

自分もまた相手を忘れない。

殺す者、殺される者。

撃つ者、撃たれる者。

消す側、消される側。

この関係性は絶対に取り除く事は出来ない。

でも…彼等を消さなければ更なる被害が出る可能性だって有る。だからこそ今のこの世の中には必要なのだ。


-凶悪な犯罪者達を合理的に裁く為の方法と手段が。-


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