第6話

 ――眠れない


 匂いは連日強まり、もはや正常な状態がどんなだったのか思い出せない。この異常こそが正常になりつつあった。その上、深夜にはあの声が呼び掛けてくる。


 真奈の偽物。本物の訳がない。彼女が自分を恨んでいるなんてあり得ない。


 解決方法もまるで分からない。オカルト系の知り合いでも居れば――と考えていた時だった。


 てっきりもう連絡を寄越さないと思っていた同僚――伊川からメッセージが来た。


 除霊できる人間を紹介する。もし本当に困っていたら頼った方がいい。


 短い文と共に一つの連絡先が貼られている。


 和の頭に真っ先に浮かんだのは、騙そうとしているのでは? という疑いだった。弱っている時に騙そうとしてくる奴はごまんといる。その手の話はネットで溢れ返っており、日々被害者を生み出している。


 しかし、と思う。もはやそう言ってられる場合でもない。妙な事は明らかに起こっていて、しかも自分を狙い撃ちしているとしか思えない。


 最終的にはきっと殺されるのだろうか――それは、ごめんだ。


 除霊できるという人間――倉前と名乗る女性とはすぐに繋がることが出来た。もうすぐ夜が近い。夜になれば、声がやってくる。あの声はなぜだか無視できない。窓越しに聞いているはずなのに、耳栓をしても頭の中にまで侵入してくる。存在そのものが声となって、頭の中で囁いているようだった。


 このままでは霊というよりも、寝不足や体調不良で死にそうだ。


 倉前と通話し、彼女は対処法を教えてくれた。今は直接行ける状況ではないから、できることを、と。


 一つ、外からの声には決して答えない事。声を出すことも、外に出ることも不可。


 二つ、百合の花を家の中で一番目立つ場所に飾れ。数は一つでいい。百合の花には霊を寄せつけない効果がある。盛り塩のようなもの。


 三つ、状況から考えて霊は真奈であるため、四十九日まで耐えれば解決する。


 言われたことは三つだけ。一つ目はともかく、二つ目は懐疑的な部分もあったが、信じるよりほかにない。三つ目は、そんな訳はないが――四十九日を超えても怪奇現象があるなら、向こうも違うと分かるはずだ。


 四十九日――残り五日はある。つまり、倉前の言う通りならば、超えるべき夜は、今日を含め六回。


 だが、実際には六回夜を乗り越えたとしても、怪異は続くだろう。霊は真奈ではないのだから。


 倉前が直接来て除霊できるようになるには、別件を処理し終わったあとになり――それは一週間後になるという。つまり、それまでは一人で対処しなければならない。


 寝る場所を変えるか。律儀に窓際にあるベッドで寝る必要はない。


 どうなるかは分からない。しかし、少なくとも出来ることがあるのは楽でいい。ただ待つよりはマシだ。


 和は一つ溜息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る