第3話 兄という者の度重なる毒牙の攻撃
腹が減った。滑稽なことに、その絶体絶命の瞬間に私は激しい空腹を感じた。私は人間ではない。おそらく、普通の動物でもなく魔物(まもの)なのだろう。魔物であろうと人間であろうと、食べなければ
死ぬ。ただ、人間と魔物の違いはその空腹感の度合いだろう。激しい飢えだった。命をかけて狩りに出たくなる本能。
目の前の蛇を見て、私はそのような飢えを感じた。戦って噛みちぎりたくなる。あの鱗を剥がせば甘い血と肉が現れるだろう。それを食べて消化すれば、私はもっと強くなるだろう。他の兄弟姉妹もそんな衝動に駆られて戦うのだろう。
しかし、私には理性があった。また、そんな本能に打ち勝つだけの
精神力も持っていた。今、あの兄と戦っても良いことはない。
「シャーッ!」と飛びかかってくる兄を避け、
「スーッ」とかすめて通り過ぎた。
素早く這う Iv2! やはり卓越している。しかし、相手の兄も素早く這う Iv2であることが問題だった。なんとか回避に成功したが、兄は凄まじい勢いで私を追いかけてきた。私より速い。岩の間に避けても、同じ蛇である兄は這い上がってくるだろう。ならば戦って勝つしかないか。とりあえず目の前に見える岩の上に這い上がった。
すると、その向こうに見える光景。一瞬それを見て呆然としたが、すぐに鋭い痛みで我に返った。兄が私の尻を噛んだのだ。まだ誰にも尻を噛まれたことはなかった。私は痛みと驚きで身をよじった。尻が熱く火照った。傷だけでなく毒が注入されたように感じた。
兄も毒牙を持っているのだから当然だろう。私は身をよじりながら兄の
脇腹を噛んでやった。両頬の中にある毒腺から何かがじゅっと流れ出す。毒の攻撃だ!
[毒牙IV1の熟練度が急激に上昇しています。毒牙lv1が毒牙lv2に
なりました。]
効果は抜群だった。兄も私と同じような痛みを感じているようだった。尻の感覚がゆっくりと鈍くなっていった。私が噛んだのは兄の脇腹だから、少しは有利かもしれない。もうそろそろ勝てるのではないだろうか。
バシッ!
違った。私は兄に体当たりされて転がされた。力比べでは体格差がこれほど重要なのだ。お互いの毒も大したものではないので、兄も私もかろうじて動ける状態だった。だが、私はその場から逃げなかった。ただ、兄が頭をまっすぐ立てて近づいてくるのを見つめていた。
バサバサ、バタバタ
その音が聞こえるや否や、私は一度空を見上げ、近くの岩の隙間に素早く隠れた。 先ほどと似たような状況が再び起こった。 兄が私の尾を噛んだのだ。またしても熱い痛みが走った。ただし、毒腺の毒液も無限ではないおかげで、耐えられる程度だった。そして、私の代わりに誰かが兄を懲らしめてくれた。
天井にぶら下がっていたコウモリだった。本来、この洞窟の住民はメデューサママが怖くて、軽々しく動くことはなかったが、兄の体を噛みついたのだ。岩越しに見た光景はそういうものだった。コウモリが羽ばたき、独りでいる蛇たちをさらっていく。
そして、私の白い体に目を引かれたコウモリが、岩の隙間に隠れた私の代わりに兄を捕らえたのだ。その時、激しい痛みが走った。兄はコウモリに連れ去られまいと、私の尾をしっかり噛んで耐えていた。私は一緒に引きずられないよう、岩の隙間に歯を食い込ませた。
そして――
プツッ。
馬鹿な。尾が切れたのだ。幸い、重要な器官は無事だったが、尾の一部が指一本ほどの長さでちぎれた。上を見上げると、空中で兄とコウモリが戦っていた。
[カルトップコウモリlv4]
その名前の通り、コウモリはナイフのように鋭い爪を持っていた。
さすがに私の兄は凶暴だった。彼らは絡み合ったまま落下した。コウモリは翼が折れたのか、痙攣しており、兄はボロボロになり、息を引き取ろうとしていた。そして、私はこの瞬間、やるべきことに気づいた。切れた尾からは絶え間なく血が流れ出し、腹には強烈な飢えがあった。
栄養を補給しなければならなかった。噛み砕かずに丸呑みできることが、蛇に生まれた利点の一つだった。口を大きく開け、まずコウモリを飲み込んだ。とはいえ、せいぜい赤ん坊の拳ほどの大きさだ。鋭いので腹が裂けるかもしれないと思い、爪だけは残しておいた。そして兄も食べようとしたが、あまりに大きすぎた。
ごめん、兄さん。私の代わりに他の兄妹が後始末をしてくれるだろう。ああ、本当に頭がクラクラする。血を流しすぎたようだった。私は重くなった体を引きずり、岩の隙間に身を潜めた。できるだけ土をかけて体を隠す。混乱も何もかも、まずは体を回復させることが先決だった。
[リトルグリーンスネークlv3とカルトップコウモリlv4を倒しました。]
あれ、私が倒したことになるのか。
[レベルが上がりました。]
[レベルが上がりました。]
ふふ、急成長だ。私はしばし目を閉じた。すぐに、耐えがたい睡魔が襲ってきた。
***
はっ!寝てしまった。眠気で逃したチャンスがどれだけ多かったことか。実際、大学受験の日に寝坊して浪人したこともあった。
もちろん父にこっぴどく叱られ、それは私の人生で最も後悔する十の行動のうち五位に入るくらいだった。では、新しい人生を歩む今でも同じ過ちを犯したのか。
「村人たちが蛇の群れを掃討しようとしているのに、よくも寝こけていたな」と言われたら、一応言い訳はある。
とても抗えない眠気だったのだ。おそらく、体がある程度以上のダメージを受け、コウモリ一匹を丸飲みしたからだと思われる。今は爽快だ。くらくらしていた頭もすっきりし、体も軽くなった。腹は満たされているが、動くのには問題がない。私は岩の隙間から出る前に、まず重要なことを確認した。確かにレベルが上がったという声が聞こえたのだ。
[リトルホワイトスネーク Iv3]
[スキル]
[毒牙lv2], [素早く這うIv3], [噛みつく[v1], [毒耐性[v1], [出血耐性[v1]
おお!寂しかったスキル欄が賑やかになった。噛みつき、毒耐性、出血耐性、今までなかったスキルが一度に増えたのだ。さらに目立つのは、スキルのレベルがかなり上がっていることだった。
毒耐性と出血耐性は、おそらく寝ている間に習得したものだろう。取得したという声を聞かなかったからだ。強者が生き残るのではなく、生き残った者が強者となる。ここで最も小さな私だったが、最後まで生き延びるつもりだ。諦めるつもりは少しもない。決意を固め、私は岩の隙間から出た。
ああ、諦めたい気持ちになる。洞窟の外には人が大勢集まっていた。
松明を持った兵士たちもいた。彼らは今にも洞窟に突入しようという勢いだった。気を引き締めながら、ゆっくりと洞窟の入口へ近づいていった。他の兄弟たちより、さらには死んだメデューサママより私が優れている点は、人の言葉を理解できることだ。兵士たちの会話を盗み聞くことができた。
「ただ火を放って煙で追い出せば、みんな死ぬのではないか?」
一人の兵士が不満げにそう尋ねた。警備隊長らしき鎧を着た者が苛立たしげに松明を指さした。松明は風に吹かれて一方に揺れていた。
「今、風が中から外に吹いているのに、それができると思うか? それに煙で追い払おうとしても、蛇は地面にへばりついているから効果がない。」
「は、はい……」
「怖がるなよ。母蛇が怖いだけで、子蛇は魔物でもないし、ただの蛇と変わらないんだ。すね当てをしっかり着けて、ガンビソンを着れば大丈夫だ。」
警備隊長は部下たちを励ました。彼と兵士たちはガンビソンという名のキルティングアーマーを着ていた。丈夫な亜麻布を詰めた上着のようなもので、あれくらいあれば毒牙が通らないだろう。それなら、どんなに私たち兄弟姉妹が多くても、すぐに討伐されてしまうに違いない。
「夜が明けたらすぐに突入する。」
私は再び洞窟の奥へ戻ろうとしたが、ふと疑問が湧いた。人間の能力も見抜けるだろうか?目を凝らして警備隊長を分析しようと試みた。
[警備隊長 Iv23]
あれは「警備隊長」という種族なのか?笑いが止まらなかった。私はそれだけ確認して、さらに詳しく調べるのを諦めた。分かるのは名前とレベルだけだった。母の能力を見ようとした時と同じだ。どうやら自分よりはるかに強い相手は、正確に分析できないらしい。これ以上の時間の無駄をやめて、奥へと進んだ。
洞窟の内部は大混乱だった。腹を満たした兄弟姉妹たちは、今や同族同士での争いをやめていた。コウモリたちも私たち蛇が手強いと気づいたのか、死体の破片だけを狙っていた。明らかに千匹以下に減ってしまった兄弟姉妹たち。
「奴らが突入してくる前に、全員一斉に逃げ出そう!運が良い者はきっと生き残れるだろう。いつか生きて再会しよう!」
とでも演説できれば良いのだが、それはできない。私は私を見つめる兄弟たちを通り過ぎ、洞窟の奥へと向かった。
母が居場所として選んだ洞窟はそれほど大きくも深くもなかった。しかし、最も奥にはかなり広めの空間があった。そこは母が眠る場所で、いわば母の寝室と言える場所だった。
はあ、この場所に戻っても、亡くなった母の思い出が…浮かんでこない。 あるのは、あちこちに散らばった汚物の嫌な臭いだけ。全部メデューサママの痕跡だ。だが、これがここで生き延びるための鍵かもしれないと思った。計画通りにいくかは分からないが…あ、あそこだ。
私が見つけたのは動物たちの石像だった。もちろん母が芸術品を集める趣味があるわけではなく、石化させて保存している食糧だった。メデューサママには良くない習慣があって、寝床の近くに食べ物を置き、寝転びながら食べることがあったのだ。石化は驚くべき能力だった。
鋭い奥歯を持つジャガーも、長く突き出た鼻のイノシシのようなものも、母の目を見れば動けなくなり、石化してしまう。腐ることなく保存され、石化を解くだけで新鮮な生きた食料に戻るため、母はこうしてさまざまな魔物たちを展示していた。
私は目を凝らし、彼らの名前を確認した。
[混血ジャガー v33(石化)]
[ガイガー・ホッグ Iv29(石化)]
この中では、この二匹が最も強そうに見えた。わざわざレベルや名前を確認しなくても、母が狩った時の姿を見ていたからだ。もしこいつらが解放されれば、あの外にいる警備隊長や兵士たちも太刀打ちできないだろう。その混乱に乗じて逃げられれば良い。私はこの魔物たちの石化を解く方法を見て覚えていた。こうすれば良いのだったか。
私は二匹の頭上に登り、できる限り毒を絞り出した。私が毒牙でたっぷりと毒を吐き出せるのは、おそらく二回くらいのようだった。
歯で岩を貫くことはできないので、浸すことしかできなかった。だが、この程度で十分だろう。母はただ毒をつけた舌で石像を一度ずつなめただけだった。それでもすぐに色が戻り、石化が解けたのだ。ああ、私は確かにメデューサママの子なのだと思った。私が毒液をかけると、母がしたように魔物の石化が少しずつ解け始めたようだった。ゆっくりと血色が戻りつつあった。
正気に戻った魔物たちはすぐに洞窟を抜け出そうとするだろう。その混乱に乗じて脱出するのだ…!
「突入するぞ!」
その時、洞窟の入り口付近からそんな叫び声が聞こえた。もう夜が明けたのだろうか。入口が非常に騒がしかった。石化はどうなった?まだ解けていない!二匹の魔物の色はゆっくりと戻りつつあったが、まだ動き出しもしなかった。
とりあえず、何が起きているのか見るために入口の方を確認した。兵士たちが突入してきていた。二列に分かれて立ち、松明を掲げている。
「岩の隙間をよく見ろ!槍で一突きすればいい!」
やはり警備隊長は手強い相手だった。岩の隙間に隠れて脱出することも考えたが、やめておいて正解だった。兵士たちは隙間に隠れている兄弟姉妹たちを念入りに突いて殺していった。
「逃した者は放っておけ!どうせ外でも待機しているからな!」
一、二匹が包囲網を突破して逃げ出したが、それすらも対策していたようだ。こんな田舎の兵士でもこれほど細かく対策しているとは。
ほとんどの兄弟姉妹は本能的に行動していた。つまり、兵士たちを避けてさらに洞窟の奥へと逃げ込もうとし始めたのだ。兵士たちは慌てずゆっくりと奥へと進んでいった。
母の寝室は決して狭くはなかった。しかし、千匹近い蛇が床を埋め尽くすと、足を踏み入れる隙もなく狭く感じられた。ここまでたどり着いた兵士たちも、さすがにこれ以上進むことはできなかった。
「どうしますか。」
「ここに入るのはちょっと……」
兵士たちは自信なさげな表情をしていた。私は安堵した。ここ、隅に隠れている石化された魔物たちの存在にはまだ気づいていないようだった。魔物たちが解放されるまで時間が必要だった私にとってはチャンスだった。
「ふむ。」
だが、警備隊長はやはり執念深かった。彼は松明を掲げて炎が揺れる方向を見つめた。
「やはり通気口があったか。夜が明けて風の向きが変わったな。」
「それじゃ……」
「油の瓶を出せ!」
すると、兵士たちは楽しそうに腰にかけていた茶色のガラス瓶を取り出した。私の兄弟姉妹たちは状況を理解していなかったが、私はすぐにその意図を悟った。
「火をつけてすぐに退くぞ。投げろ!」
茶色の瓶が数十個一斉に空を舞った。ガランガランと派手に落ちて、臭い油を四方に撒き散らした。その匂いに蛇たちは怯えたが、真に恐れるべきは匂いではなかった。
「火をつけろ!」
数人の兵士が松明を投げ込んだ。
火の粉が舞い、炎が勢いよく燃え上がり始めた。
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