第4話

 出番は早期に訪れた。オフィラ空軍基地に駐在していたイスラエル航空宇宙軍の第一〇七飛行隊はエジプト空軍機の迎撃に向かった。僕達"剣"編隊は崩壊しつつあるバーレブ線での近接航空支援を要請された。そして、その戦況と相対するエジプト軍の装備を聞かされ、僕は驚愕した。

「貴方達は我々に死ねと?」

 と問い質したくなるような状況だ。そう、正確に言えばもう、現時点の段階でバーレブ線と呼び得る要塞線はもはや機能していない。イスラエル空軍は多方面に戦力を展開しており手が回らず、地上ではエジプト軍の展開する対空装備がゴマンとある。そんな中で僕達が飛べば、対空部隊からすれば良い的でしかない。けれども、編隊長はイスラエル軍人らに対し、こう言い放った。

「やってみましょう」

 これもまた驚愕だった。彼女は――"剣"編隊長・岩本朱三は狂ったのか、とさえ思った。けれども彼女は何も思い詰めるようなところが見受けられない。

「新谷くん、さ――怖い?」

「怖いですよ」

「じゃ、飛んだ後適当なところで爆弾落として帰ってきちゃおうよ。どうせ怒られないって」

 彼女がそう言ったので、僕は……結局、付き従うことにした。仮に他の人間がそう言ったのであれば、僕は絶対に従わなかったであろう。しかし、彼女は特別だ。長く続いたベトナム戦争で唯一、御剣スーパーセイバーを駆って当時最新鋭のミグ戦闘機を撃墜した操縦士。西側政府航空軍撃墜数ランキング二位の彼女の戦場勘を、僕は全面的に信用していた。

「じゃ、遊覧飛行と行こうね」

 遊覧飛行にはならないだろうと僕は確信していたが、そう言った彼女のその表情を見て、なぜだか僕は――ひどく、安心していた。

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