第9話 カナリア王子 (1)

後半戦開始のために選手たちと共に芝を踏み、グラウンドに入る。


スタジアムの入り口でファンたちは拍手と歓声で熱烈な応援を送ってくれた。


チームは負けているが、コンディションはこれ以上ないほど良い。


日が沈み、スタジアムの向こうに薄い夕焼けが広がる。


雲一つない晴天にしては低い湿度で、あちこち走り回るのに良い日だ。


フエンラブラダの先攻で後半が始まる。


「Haz lo que quieras(好きにしろ)!」


ライオスヘッドコーチは前線でのプレスをしないよう求めた。


軽傷と診断されたペカルトがカストロとイニゴがキリアン・ロドリゲスと共に交代されたため、これ以上の交代カードがなく体力を温存する必要があると言った。


70分から始まる攻勢のために、ラス・パルマスは守備ラインを深く下げた。


ロッカールームで準備したライオスの戦術は序盤に見事に的中した。


フエンラブラダの攻撃陣は下がったラス・パルマスの守備陣にかなり戸惑っていた。


相手の両サイドバックであるミケルとアントニオはライオスの言葉通りにハーフラインを越えて攻撃に参加しなかったため、攻撃手のリエラはペナルティボックスに近づけず、スルニッチの協力守備にボールを奪われる。


スルニッチの簡潔なグラウンダーパスが中央線を少し越えてカストロの足元に届く。


「カストロ! ボール!」


カストロのボールを守る技術はチームの全員が認める能力だ。


彼は背中を向けた相手中央守備手の圧力に負けず、首を回して目を合わせる。


私は右サイドラインの端でパスを受けるためにカストロに近づき、相手サイドバックと競り合った。


ユニフォームを掴む手を払い、突っ込んでくる肩の前に自分の肩を押し込んで位置を譲らない。


相手サイドバックの荒い息遣いが耳元を越えて聞こえる。


遠くはないが、近くもない。


この距離なら優位に立っていると言える、まさにその程度だった。


フエンラブラダの左サイドバック、アントニオが左利きだということまで、コーチに聞いた情報はすべて利用しなければならない。


まずアントニオの右側に微妙に位置を変え、すぐに飛び込めない角度を作る。


カストロからボールを受け取ると同時に、守備位置を取ろうとするアントニオの脚の横をチョンとつついて逆動作に引っかけ、再びサイドライン方向へ走り込む。


スタジアムがこんなに広いなんて。


慌ててアントニオの空いた場所を埋めに中央守備手が動くが反応も速度も遅い。


右側のスペースは広々としていた。


右サイドをボールを運びながら、ふと試合が簡単だと感じた。


以前の試合とは違って相手守備手にどんな負担も感じない。


ただ単にコンディションが良いだけなのか?


それともセドリスが簡単すぎるポジションでプレーしていただけかもしれない。


それも違うなら、もしかしたらほんのわずかな確率だが、自分の実力が上がったのかもしれない。


「El príncipe de las Canarias! Muéstrame más(カナリア王子、私たちのためにもっと見せて)!」


「よくやった! Destrúyanla!」


「Tiradla!」


以前は聞こえなかった観衆の歓声も聞こえる。


集中できていないわけではなく、余裕がある。


スペースを狭めてくるフエンラブラダの中央守備手は腕にキャプテンマークをつけている。


タックルを入れる距離を与えず、スペース占有を諦めて少しずつ後退する。


斜め方向、内側にもっと入っていく。


彼が私に負担を感じているのがわかった。


気持ちいい。


中央守備手が後退したスペース、ペナルティボックスのラインが交わる角が見える。


左ラインに入って中央でシュート角度を作るか、フェイントを入れてペナルティボックス右側ラインに沿って進むかを選ばなければならなかった。


カストロがペナルティボックス内に入るには時間が必要だ。


スルニッチも中央に続いて入ってきているが距離が遠すぎる。


シュートを撃つ角度を作る方向を選ぼうか?


そうして奪われるのはまた嫌だ。


おそらく目の前の守備手も私が内側に入ると思っているだろう。


ああ、優柔不断な奴。


サッカー選手としての私の最大の欠点は選択を正しくできないことだ。


だから私は流れに任せることにした。


甲を軽く触ったボールが前に少し進む。


一度のタッチで私の優位が薄れていく。


ここで守備手の左足が出たら左へ、右足が出たら右へ行けばいい。


ふと思ったのだが、幼い頃外祖父と指していた将棋もサッカーと似ているところがある。


相手が我慢できずに私の考えていた範囲内に入ってくると、戦略は半分勝ったようなものだ。


今がそうだった。


フエンラブラダの中央守備手の左腿と上半身が揺れるのを見るや否や、左足の裏でボールを擦って優位を取り戻す。


競り合いを選んだ守備手はたとえ間違った選択をしても引かない。


相手守備手の左足がボールではなく芝を踏み、私は守備手の踏み足の位置した右側へ抜ければいい。


派手な個人技など必要なかった。


瞬発力を活かして相手選手を通過すると前が開けている。


カストロはいつの間にかペナルティボックス近くまで到達していた。


彼をマークしていた左中央守備手はシュート角が開いているのを確認し、慌てて私に向かってくる。


したがって、カストロが完全にフリーになった。


「Eyeee-!」


「Gol! Gol! Gol!」


カストロは軽く押し出したボールに合わせて強烈なシュートを放った。


フエンラブラダのゴールキーパーも左ゴール方向を狙っていることを分かっていたが、止めるにはスピードが速すぎる。


「Gracias, Hyuga!」


「そうだ。よくやった。」


後半51分。1-2。お祝いの間もなくすぐにボールを拾ってきたカストロと軽く挨拶を交わした。


ラス・パルマスのファンは再び蘇った希望の灯に歓声を上げ、喜んでいる。


スピーカーから流れる歌に合わせて体を揺らし踊る人も多かった。


試合が再開される前にアイタミが賞賛とともにベンチの指示を伝えた。


「ヒュウガ、良いパスだった。ライオスが君にボールを集めろって。」


「いい選択だ。俺に渡せ。」


「同点ゴールも決めてみろ。コンディションが良さそうだ。」


返事をする前に、ホイッスルと共にフエンラブラダの攻撃が始まる。


アイタミは急いで自分の位置に戻った。


フエンラブラダは自分たちの失点の原因がフェアプレーのせいであるかのように振る舞った。もっと荒っぽく、もっと無礼に試合に臨まなければ、我々がゴールを決められないと考えているようだった。


ピッと鳴る音と共に再び審判のホイッスルが響く。ファウルを犯したのは前半に警告を受けた背番号16番、バジェホだった。


肘を愛するフエンラブラダのオタマジャクシ王子は、自分には肘など存在しないかのように、二枚目のイエローカードに抗議したが、審判は受け入れなかった。


悪い奴だが、バジェホの肘に殴られたキリアン・ロドリゲスのケアが先だった。正確に言えば、慰めるというよりも、彼が続けてプレーできる精神状態かを確認する必要があった。


額を殴られ、目の上から血が出ていた。


「大丈夫だ。大したことない。」


「いくつだ?」


「三つ。」


ベンチに向かってチームドクターが丸を作り、遠くからライオスが大きく安堵するのが見える。


後半57分。今や試合は11対10の戦いだ。フエンラブラダは攻撃手のリエラとウンテカを守備に交代させる。あからさまに守備に徹する意図だった。


後半63分。失った攻撃権を相手ミッドフィルダーのタッチミスで復帰したキリアン・ロドリゲスが取り戻す。攻撃的ミッドフィルダーのビエラに渡ったボールが右ウィングバックのアルバロに向かう。


次は流れとして私が受け取る番だ。フエンラブラダのサイドバックとウィンガー、中央ミッドフィルダーが一体となってプレスをかけてくるが、すでにポジションは取っている。ボールを受ける地点はハーフラインの右端だ。


ボールを受けると同時に体を正面に向け、飛び込んでくるのを待つ。短い瞬間だが、ウィングバックと中央ミッドフィルダーがどう動くか予測できる。


後ろから走り込んでくる相手ウィンガーは気にする必要はない。ボールが通る右の道がタッチラインで塞がれているように、後ろに行けないと考えればいい。


「くそ!」


ボールに回転をかけてフエンラブラダの選手たちの間に浮かせる。問題はボールが通った道を自分の体が通れないことだ。


あそこに行ったらハイエナの口に噛みつかれるようにユニフォームが引き裂かれるだろう。その時はラインの外を走ればいい。


ボールは行けないが、人は行ける場所。飛び込んできた三人をバカにして、まっすぐ進む。再び右側のスペースに穴が開いた。


守備陣が整う前に息を一気に吸い込んで再び最大スピードで駆け込む。ペナルティボックスの側面まで深く入り込むと、ゴール裏の観衆が息を呑んで立ち上がるのが見えた。


ペナルティボックス内にはカストロとビエラがいる。


クロスを上げたいが、先ほどマークに付いていたフエンラブラダの中央守備手が強い警戒心を持ってスペースを与えない。


だから今回はスピードを活かして右に一歩入るだけでいい。トクッではなくスーッだ。二歩踏み込むとボールはラインの外に出るだろう。


さっきと同じようにすればいい。


右足でボールを一歩分だけ押し出しラインにかかるようにし、二歩目で左足の甲でゴールキーパーに向かって90度に曲げる。


ゴール裏に体が外れないように右足にかかる強い負荷を受け入れる。ラインを少し外れたが、ボールの所有権を失うほどではなかった。


パスを受けるためにカストロとビエラがゴール前に突進した。


「付け!21番!」


クロスを警戒するキーパーの左肩越しが特に目立った。ゴールに対する欲だ。すぐに負荷のかかった右足を使うのは無理だった。


まだしっかりと練習し始めて間もない左足を使ってシュートを打つのが賢明な行動だろうか?


結局、私は自分がやりたいことをした。ペペ監督が言っていた通りに。


「Eyeee--!」


「あいー!」


あなたもボールを蹴ったことがあるなら、蹴る前にその結果が分かることがあるということを知っているだろう。大きなミスをしたときや、自分に許された能力以上にうまく蹴れたとき。


ファンたちは叫び声と共に歌声に合わせて続けざまに歓声を上げた。


「Hay un príncipe en Canarias~ El príncipe vino de japón!(ここにカナリアたちの王子がいる。この王子は日本から来たのさ)」


「Le daré el honor a Canario~ príncipe de la corona de oro!!(カナリアに栄光をもたらす、黄金の王冠を戴いた王子だ)」


うん、変な歌は歌わないでくれ……。

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