第8話 巣立つ鳥
「ヒュウガ、上手いね。気持ちとしては次の試合にすぐ出てほしいくらいだよ。」
「私もわかってる。私はサッカーが上手だ。」
ペペ監督は私の言葉が面白かったのか、笑い声をあげた。
メディカルチェックが終わるとすぐに1軍に昇格し、練習場にやってきた。自信を見せたかったのに、監督はまるで孫のいたずらを見たかのように笑うだけだった。
カディスに敗れて2位に後退したが、チームの雰囲気は悪くなかった。
練習中、選手たちは冗談を言い合って笑いが絶えなかった。まるでみんなでマリファナでも吸ったのかと思うほどだった。
「もっとちゃんとパスしろよ!」
「ラマ!ここだ!」
選手たちが呼ぶニックネームが慣れなくて、誰が誰を呼んでいるのかわからない。ラマとは誰のことだろう。
顎髭を生やした人が一人や二人ではないので、誰がラマなのかと思っていたら、パスを回していたペドリが教えてくれた。
「アイタミのことだよ。」
「なるほど、似てるね。」
「タミ!ヒュウガが本当にラマに似てるってさ!」
ペドリの裏切りのおかげで、チームミーティングが始まる前までアイタミは何度も私を睨んだ。
濃い肌色に丸い頬を隠す顎髭。告げ口をしたペドリの行動には苛立ったが、正直に言うと確かに似ていると思う。
練習場の建物2階にある戦術分析室。
階段状の机にそれぞれ座り、分析官の説明を聞く。28日のフエンラブラダ戦に向けた戦術分析が始まった。
練習中は何も考えなかったが、今になって1軍に上がったという実感が湧いてきた。
「フエンラブラダは変形4-4-2を使うカウンター中心のチームだ。ゆっくり攻めるときは鋭さが欠けるが、カウンターでは右ウィンガーの7番が相手守備を厳しく攻める。」
「フライレ・ウーゴ。うちの守備陣はこの選手が典型的なウィンガーではないことに注意する必要がある。ペナルティボックス内に突っ込む瞬発力や、シュートが上手くてチーム内で最も得点を挙げているんだ。わかるか?」
コーチの言葉に選手の一人が答える。
「彼に好き勝手させるなってことだね。」
「その通りだ。また、セットプレーにも非常に注意が必要だ。相手のセンターバックは今シーズンだけで3ゴールをヘディングで決めている。今日もセットプレーの対策練習をしただろう?集中力を切らさなければ勝てる相手だ。」
コーチは自信満々の声で言ったが、問題は我々の守備陣がうまくポジションを取れないことだ。
退場したアイタミがスカッドに復帰したが、果たしてうまく守れるだろうか?
少し懐疑的だ。それほど相手の7番、フライレ・ウーゴの存在感がただならないように見えた。
「では、逆にこのチームをどう攻略するか?危険エリアまでどうやってボールを運ぶか。これが鍵だ。」
チャートが変わり、フエンラブラダのディフェンダーのスタッツが映し出される。荒っぽく守るチームで、カードを4枚持っているディフェンダーが2人もいる。
うーん、カードをもらっていないディフェンダーがいない。うまくいけばどこまでもうまくいくし、うまくいかなければ本当に厳しい試合になりそうだった。
「恐ろしいだろう?だからこそ攻撃陣が試合をうまく運んで、できるだけ早く先制点を取ることが重要なんだ。同時にボールを運ぶ選手が5:5の競り合いにならないように気をつけてほしい。予定しているフォーメーションは4-2-3-1だ。」
あれこれと試合に役立つ話をたくさん聞いたが、あまり役に立たなかった。1軍に復帰したばかりの選手を2日で試合に出す可能性は限りなくゼロに近いからだ。
出場への欲はあまりなく、練習で見せた良いコンディションを維持したい気持ちの方が強い。
「…私?試合に出るの?」
「除外するにはコンディションが非常に良いので、会議の末、難しい決断をしたんだ。ペペコーチとヘッドコーチも君がリストに入ってほしいと言っていたよ。」
「交代で出るの?」
「うーん、出ない可能性が高いが、多分出ても5分?試合が荒れればそれも難しいかもしれない。」
チームの練習が終わりマッサージを受けているとき、テクニカルコーチが部屋に入ってきてリストから外れていないというヒントをくれた。
約束通りたくさんのチャンスをくれようとする監督の意図が嬉しい反面、少し早すぎるのではないかとも思った。コンディションが良すぎてむしろ不安だった。
ああ、私はなんて弱気なんだ!
良ければ良いように不安で、良くなければ良くないように不幸だなんて。
しかし、優柔不断な私が自己反省の時間を持つには、セラピストの腕が良すぎる。
そのままベッドに横たわり、すぐに眠りに落ちた。
19年10月28日、エスタディオ・グラン・カナリア。
アイタミはキャプテンマークをつけた相手チームのセンターバックとフェアプレーのための握手を交わす。
お互いにフェアプレーができないことをよく知っているので、儀式的な行為と見なしてもよい。
スターティングメンバーに入れなかったハビ・カステリャーノとクルベロの間に座り、スタジアムを見回す。
島で何かあったのか、ところどころ空席が目立ち、観客席は半分も埋まっていなかった。
私がいない間にカストロとペカルトが合わせて7ゴールを挙げ、いい仕事をしてくれたと聞いたが、もしかしてゴールを決めた後に観客席に向かって中指を立てたのだろうか?
それでも、スタジアムはいつも心を躍らせる。
どうでもいい。
私は帰ってきた。
「hijo de la gran puta!」
「おい! 狂った奴ら!」
試合が始まるとすぐに、フエンラブラダの15番選手が見事なタックルでペカルトの脛にスタッドの跡を残してしまう。
あちこちから聞こえる罵声がかなり不気味だ。
VARを経たにもかかわらず、退場ではなく警告で終わると、再びブーイングと共にゴミがピッチに飛んでくる。
ペカルトは足を引きずりながらピッチを出て行った。
選手たちは興奮を鎮め、試合は再開される。
イニゴがペナルティエリア内に飛ばしたボールがアイタミの頭に当たったが、力を失い相手ゴールキーパーの手に収まった。
惜しいチャンスだった。
フエンラブラダのゴールキーパーがカウンターアタックを仕掛けるためにフライレにボールを飛ばす。
事前にカウンターに警戒していたラス・パルマスの左サイドバック、デ・ラ・ベラがパスのコースを断ち、スルニッチにグラウンダーで渡す。
そして再び中央のイニゴへ。
イニゴは右ウィングフォワードの位置から中央に上がってきたセドリスの位置を確認した。
「うわっ!」
イニゴはクロスを完了できず、バンという音と共に相手の激しいタックルに倒れる。
「mierda!」
「この野郎!」
審判の緊急の笛と共に再び選手たちが衝突する。
今回は相手チームのフォワードが危険なタックルをした。
前半の7、8分に連続で警告を受けるなんて、非常識だと感じるほどだった。
サイドタックルだったが、角度によってはバックタックルと見なすこともできたので、退場にならなかったのも残念だ。
VARは何のためにあるのか。
ペカルトがピッチに戻る前に、イニゴが外に運び出されるが、フエンラブラダが受けたのは警告2枚だけだった。
ラス・パルマスの選手たちの大半が興奮を抑えられないという事実も考慮すると、フエンラブラダは得をした。
遠く離れた21歳のゴールキーパー、マルティネスが選手たちの興奮を鎮めようとベンチと協力して叫び、手信号を送るが、何の効果もない。
雰囲気が相手に移る。
理性を失った選手たちの視野が狭まり、荒いプレーで対抗し始める。
すぐに騒ぎにはならなかったが、荒れた試合内容が選手たちに影響を与えていく。
センターフォワードのペカルトは無意識のうちにスタッドが当たった脛に手を伸ばし、イニゴは一定の範囲以上相手陣地に進めなかった。
セドリスとビエラ、スルニッチが2列目から脅威的な攻勢を繰り返していたおかげで、フエンラブラダのぞっとするようなカウンターアタックがすでに2度もマルティネスの手に届いた。
「愚か者たちのようだ。」
「あ……。」
最終的に、先取点はフエンラブラダが入れた。
セットプレーの状況でレモス・ミウリシオの頭に当たったボールがボックス内に落ち、フライレ・ウーゴが仕上げた。
前半29分に何人かの選手は既に敗北したかのように頭を下げている。
スタジアムにはラス・パルマスファンのブーイングが巻き起こる。
早い時間に失点し、ベンチは忙しくなった。
リーグ4ゴールを挙げたペカルトがずっと脛を触っていたため、怪我が心配されて急遽カストロが準備することになった。
0-1で引きずられる前半、既に交代カードが一枚消費された。
「ロディ!ロディ!降りてきてウォームアップしろ!」
ペペは続けてイニゴに代わるキリアン・ロドリゲスも準備させる。
戦術に対する理解度が不足していたにもかかわらず、ラス・パルマスが非常に悪い状況にあることはベンチの雰囲気だけで十分に分かった。
ハビ・カステヤノは黙々としたイメージを捨てて隣でずっと罵り言葉を呟いていたが、普段カリスマのある人が怒るととても怖かった。
「俺も出たい。」
ベンチの前列に座っていたペドリがぼそっと言った。
練習試合であれだけ下手を打っておいてよくも出たいと言えるものだ。
まあ、それでも出場を望むほどラス・パルマスの選手たちが酷かった。
「Mierda! Defiendan la cancha(守備をしっかりしろ)!」
繰り返されるフエンラブラダの鋭いカウンターアタックの後、怒りに耐えられなくなったペペの水筒投げで試合が中断された。
食中毒にでもかかったかのようにぐったりと動く選手たちにイライラしたのだろうが、愚かな行為だった。
前半41分、ペペ監督は主審の退場命令に従いベンチを去った。
混乱した雰囲気の中、フエンラブラダの選手たちは自分たちの得意なことに集中していた。
サイドラインで再開された試合。
ラス・パルマス陣左側でエンテカとゴメスが前線からのプレッシャーでラス・パルマスのウイングバックであるアルバロからボールを奪った。
ヘッドコーチのロベルト・ライオスの絶叫に近い悲鳴も役に立たない。
ゴメスが遅れずにパスを送ると、アイタミとイニゴの間を走り抜ける右側のリエラの足元にきれいに落ちた。
リエラは欲張らず、ボックス内に大きな歩幅で近づいたエンテカにパス。
ラス・パルマスのセンターバックであるレモスが巧みにゴール右側の角度を狭めたが、逆にゴールキーパーの視界を遮ることになってしまった。
エンテカは軽いフェイントで角度を作り、ゴール左側にカーブをかけたシュートを決めた。
若い守護神であるマルティネスは体を投げ出すこともできなかった。
スタジアム内はフエンラブラダのアウェーファンの声だけが聞こえるほど静かだ。
「これ、大変なことになった。くそったれ。」
「もう終わりだ。」
前半44分、エンテカの追加ゴールでフエンラブラダが0-2でリードする。
前半に2ゴールを許したのもシーズンで初めてだったが、本当に問題なのは別にあった。
「セドリス!!」
「このクソ野郎どもが本当に!」
フエンラブラダの中央ミッドフィールダーであるバジェホがセドリスの足首を踏みつけた。
スルニッチが審判に何を言ったのか分からないが、一緒にイエローカードを受けた。
チームドクターの手が交差する。セドリスはもう走れない。
「怪我から復帰して間もない。」
「2ゴール取られた。ベンチに得点力のある選手はヒュウガしかいない。」
「でも、まだ45分も残ってるんだぞ!復帰して二日目の選手に45分もプレーさせるつもりか?ウィングフォワードで?」
ヘッドコーチのロベルト・ライオスとテクニカルコーチのモモの言い争いが聞こえた。
私は席から立ち上がり、下に降りていく。考えもしなかったチャンスが来たのだ。
「俺がやる!」
私を出場させることに決めたのがロベルト・ライオスヘッドコーチで本当に良かった。
モモコーチの反論を無理に抑え、体を温めるよう指示を受けた。
やがて主審のホイッスルが鳴り、ラス・パルマスとフエンラブラダの前半戦は0-2で終わった。
こうなると分かっていたら、チームミーティングの時に分析官の話をもう少し集中して聞いておけばよかった。
45分間で何をすればいいだろうか?
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