クリスマスを抹殺せよ

風馬

第1話

神田勇は、31歳の誕生日を迎える前も後も変わらない日常を送っていた。仕事はまあまあ、友人は少なめ、そして何より恋人などいない。クリスマスが近づくたび、彼の心は鬱屈とした怒りで満たされていく。


「なんで、街中が浮かれやがって……。」


その日、彼は街角でティッシュを配っている少女を見つけた。受け取るつもりはなかったが、目についた文字に足を止めた。


「あなたの願いかなえます。」


面白半分で受け取ったティッシュには、住所が記されていた。そこに行くと、不気味な看板を掲げたビルが彼を迎えた。その名も「悪魔商会」。


中に入ると、黒いドレスに身を包んだ美しい女性が微笑んでいた。


「いらっしゃいませ、神田勇さん。私はノエル。あなたの願いを叶える悪魔です。」


突然の出来事に目を白黒させながらも、彼は思い切って言った。


「彼女が欲しい。」


ノエルは小首を傾げた。


「それはダメです。恋愛は努力と偶然の産物。悪魔が介入する余地はありません。」


次に彼が願ったのはこうだった。


「じゃあ、クリスマスをなくしてほしい。」


ノエルは小さく笑い、契約書を差し出した。


「それなら可能です。ただし、人間の力で動かしてください。」


彼女の助言を受け、神田はインターネットの掲示板に「反クリスマス同盟」の投稿を始めた。しかし、思った以上に賛同者は現れず、彼の活動は失敗に終わる。


その後もノエルの元を訪れる彼だったが、話をするうちに次第に彼女との時間を楽しむようになった。そして迎えた彼の誕生日、7月31日。


「おめでとうございます、神田さん。」


ノエルの言葉と共に、彼の目の前にケーキが現れる。誕生日の夜、彼は奇妙な夢を見る。夢の中でノエルと寄り添い、心が満たされていく感覚を味わった。


その日を境に、神田は掲示板活動をやめ、ノエルとの会話に多くの時間を費やした。二人の関係は親密になり、ある日ノエルから伝えられる。


「神田さん、私……妊娠しました。」


驚きと喜びの中、彼は不思議と心の中の空虚が埋められていくのを感じた。


その年のクリスマス、二人は街に出かけた。少し膨らんだノエルのお腹に手を添えながら、彼女が微笑む。


「あなたの願いは叶えられなかったけど、最初の願いは叶ったわね。」


その言葉に神田は目を見開く。ノエルの名前がフランス語で「クリスマス」を意味することに気づいたのだ。そして彼女に微笑むと、そっと唇を重ねた。


街は光に満ち、人々の笑い声が響いていた。神田にとって、初めて幸せなクリスマスが訪れていた。


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