第二話 天使が転校してきた
それから二週間ほど経った日の事。
意外な場所で、あの天使の顔をした痴女に再会することになった。
それは、毎日通う高校の教室。
少女は、転校生として俺らの前に姿を現した。
担任の先生の紹介の後、彼女が教室に入る。
途端に上がる驚きの声。
「えっ、メチャクチャ可愛い……」
「物凄い美人さんなんだけど……」
「小さい……小学生みたい……」
クラスの中がざわつくのも無理はなかった。
天使が白昼の教室に顕現したのだ。それは衝撃だっただろう。
そして、俺は、違った意味で衝撃を受けていた。
「……マジかよ……」
少女の事を痴女だと知っているのは恐らく俺だけだ。あの日の事は誰にも喋っていない。
あんなこと話しても、恐らく誰も信じてはくれないだろうから。
————空から降ってきた天使みたいな少女が実は痴女で、思いっきり抱きつかれ全身を触られ、挙句の果てにキスされた。そして転校生として再会した、なんて言っても、誰が信じるものか!
教室が鎮まるよう、手で制して、先生が紹介する。
「あー、ええと、今日からみんなと一緒にこの教室で勉強することになる、新谷乃衣さんです。イギリスにいましたが、家庭の事情で、叔父さんのいる日本のお宅に住むことになりました」
————「あらたに・のい」という名前があったんだな。
空飛ぶ痴女(フライングニンフォマニア)ではなかったのか、と変な関心をしてしまった。
「それでは新谷さん、自己紹介をよろしくお願いします」
皆の視線が彼女に集まる。
それまで下を向いていた乃衣が、黙ったまま静まりきった教室を見渡し、一人一人の顔をじっくりと見ていく。
そして、俺と目がった途端、
「……いた」
そう呟き、すたすたと俺の席の前にまでやってきた。
呆気に取られた教室内の全員が、乃衣の挙動を見守る。
「……ようやく見つけた」
そう言った乃衣が、ためらうことなく俺に抱きついた。
「「「「「えええええええええ!」」」」」
驚きの声が教室中に溢れる。
————ママママ、マジかよ! 嘘だろ! 転校早々、教室で男に抱きつく奴がいるか!
「ちょっとっ! 新谷さん! 何やっているんですか! 相馬君から離れなさい!」
泡を喰った先生が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「んん? ソーマクン?」
乃衣のノンビリとした返事。
そうこうしているうちに乃衣は、俺の膝の上に跨り、全身を密着させて来る。
「「「「「 ひゃぁっ⁉ 」」」」」
教室に響き渡る声にならない悲鳴。
————オイオイオイオイオイ! 悪い夢なら醒めてくれ!
「だぁーかぁーらぁっ! 相馬君から離れるの! 相馬君から降りなさい!」
顔面を紅潮させた先生の絶叫。
乃衣はゆっくりと俺の顔を見つめると
「……ああ、お前は、ソーマクンなのか?」
と、頓珍漢なことを言い、再び俺の膝に跨ったまま体重を預けてくる。
彼女のつつましい胸に俺の顔が押し付けられ、身動きが取れない。
傍目から見れば天国の様な状況だが、残念ながら実際は阿鼻叫喚の地獄だ。
そんな中、乃衣はどこ吹く風といった表情で、海岸の時みたいに俺の顎をクイっと持ち上げる。
————やややややヤバイ! ここでキスされたら俺は社会的に死ぬ!
反射的に乃衣の手を握り、唇への攻撃を防ぐ。
「……新谷、悪い。俺の膝から降りてもらうぜ?」
気力を振り絞り、俺は乃衣を引きはがし、ぐいっと持ち上げ、膝から下ろす。
呆気にとられ、意外そうな顔をする乃衣。
オイオイオイ! どうしてお前が意外そうな顔をしているんだ!
とはいえ、何とか、ピンチを切り抜けることができた……
「新谷さん、相馬くん、ちょっと話があるので、職員室までいいですか?」
はい、切り抜けられませんでした。
その後俺たちは個別に先生からお説教をされた。ついでに長々と事情を聞かれたが、俺だって何が何だかわからないし、数週間前に空から降ってきた乃衣に抱きつかれキスされたなんてこと話せるわけがないし、そこは適当に濁しておいた。
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