空から舞い降りた天使、スキンシップが激しすぎる
三角テトラ
第一話 空から天使が落ちてきた
水平線に沈む夕陽が、海面に金色の道を描く。
空は鮮やかな赤から深い紫へ、美しいグラデーションを描いている。
周囲の岩がシルエットとなって浮かび上がる。
穏やかな波の音が静寂の中で心地よく響く。
俺の街で一番好きな場所がここだ。
ここに来れば、日々の雑事もしばし忘れ幸せな気分に浸ることができる。
俺が座っているこの岩場に囲まれた小さな砂浜は、市街地の喧騒もシャットアウトしてくれる。
心地良い海風。海鳥の鳴き声。魚の跳ねる音。最高のロケーション。孤独に浸るには絶好の環境だ。
砂浜に腰を下ろすと、昼間の熱がまだ残っているのか、暖かい感触が伝わってくる。
何もしない、何も考えない贅沢な時間。
「危ない!」
不意に、叫び声が聞こえた。
「えっ?」
思わず見上げると、空から女の子が降ってきた。
驚愕に満ちた表情。髪が風に翻る。真っ白な肌が夕陽の赤と海の青に映える。
————う、嘘だろ……そんな……馬鹿な……
俺は咄嗟に立ち上がり、少女を受け止めようと手を伸ばしていた。
「⁉」
両腕の中に少女が勢いよく飛び込む。
無意識のうちに膝に力をいれ、踏ん張る。
なんとか体勢を維持しようとしたが、降下の勢いと少女の体重を支え切れず、砂地に尻もちをついてしまった。
「つぅ…………ふう、やれやれ…………」
とはいえ、なんとか、間に合ったみたいだ。
小柄な少女のたおやかで柔らかな肢体が腕の中にすっぽりとおさまっている。顔は見えないが、肩まで伸びた銀色の髪が夕映えに照らされ美しく光る。
「君……大丈夫?」
「ん……」
少女が俺の胸の中で呻くように応える。
「そう、それは良かった」
「ぅん……」
少女は俺の胸に顔を押し付けたままだ。
「痛く……なかった?」
「ん……」
相変わらず少女は顔を上げない。次第に心配になってきた。
「やっぱり、大丈夫? 怪我してない? ずっとこのままだけど……」
「ん……このままで……いい……」
少女は俺の身体に腕を回し、思いっきり密着してきた。そして顔をぐりぐりと俺の胸に押し付ける。
「ええええええっ! ちょ、ちょっと!」
「……うん、これは凄い。お前、凄いぞ」
褒められたようだが何のことだかさっぱりわからない。
そうしてまたぎゅっと俺に抱きついてくる。
「こらこらこらこらこらこらこらこらっ! 何を、何てことをっ!」
動揺して叫んでしまう。
じたばたしても、少女はぴったりと貼り付いたまま離れようとしない。
「……いいよ、お前。とても、いい……」
空から降ってきた天使が、まさか痴女だったとは。
これは天使ではない、ハルピュイアかサキュバスか⁉
空から舞い降りた変質者に羽交い絞めにされ、もがく自分。
もしかしたらたった数分のことかもしれないが、自分には数時間の様に思えた。
「はあ……良かった……」
さんざん俺に抱きついて顔を摺り寄せた痴女が、ようやく満足したように喉を鳴らし、顔を上げた。
可愛らしく、美しい少女だった。
————やべえ、やっぱり天使じゃねえか
おもわずドギマギしながら彼女の顔をじっと見つめる。
幼い顔立ちだが、理知的な雰囲気も漂わせた完璧な容姿。
少女はこちらの動揺にも全く我関せずの様子。
透けるように真っ白な、ほっそりとした指を伸ばし、俺の唇に当ててすっと撫で、
「お前、凄く良い」
こちらの目を真っ直ぐに見つめて、真剣な口調で言った。
天使にしては妙に言葉遣いが荒い気がする。
「………………何が?」
少女はこちらの質問には答えず、顔を更に近づけ頬を摺り寄せてくる
「だーかーら! ちょっと! こらっ! やめっ!」
肌の感触を確かめるかのように散々頬擦りをし、俺の全身を撫で回し続ける。
「っ⁉」
その間、何度も「?」が頭の中を去来する。
泡を食っている間に、馬乗りになった少女に組み伏せられ、遂には砂浜に押し倒されてしまった。
見上げればオレンジと紫の空に浮かび上がる銀髪、白皙の美少女。
どこか大人びた、覚醒した、冷たい光を宿らせた瞳が俺を見下ろす。
分析され、解析され、見分されているような。
「……お前は素晴らしい。比類ない。この世界には勿体ない」
「……………………?」
最早何を言っているのかわからない。
この世界? この世界以外に何があるっていうんだ?
「お前がいるなら、私は使命を果たすことができる」
「……………………?」
何をどう考えてもイっちゃってる。
再び少女の指が俺の唇を撫でる。
そして、俺の顎がクイっと持ち上げられる。
————おい、ちょっと、まてよ、それは……
「触れるだけでもこれだけ漲るのだから、唇はもっと凄いのだろう」
————何を言っているのかわかりません!
少女の真っ白な顔が近づき、その唇が俺の唇に重なった。
柔らかな感触と甘い吐息。
「⁉」
刹那、強い風が巻き起こる。
海面が揺れ、夕焼け雲がちぎれ、砂が宙に舞い上がる。
「やはり、そうか」
白い肌を薄桃色に染めた顔を上げ、俺を見つめながら納得したように少女は呟く。
散々俺の身体を弄べるだけ弄んだ少女。
その始まりは唐突だったが、終わりもまた唐突だった。
不意に俺の全身を一瞥すると、
「ふん、覚えた」
そう言って、立ち上がり、ぱっぱっと手早く服に付いた砂を払うと、そのまますたすたと早足で遠ざかり始めた。
「えっ? ちょっ、ちょっと!」
思わず呼び止めたが、少女は気にもとめず岩場の陰に行ってしまう。
「ねえってば!」
自分も後を追いかけていったが、岩の向こうには、少女の姿は無かった。
————一体、今のは、何だったんだ?
気がつけば日は完全に暮れ、宵闇の中静かな波音だけが響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます