第3話 第一のホームレス(2)
シズル
油で揚げたコーンドッグの音が耳を刺激した。期待していなかったディランも、つい串に刺さったコーンドッグをつついてしまった。
アメリカ人がポテトフライをハンバーガーやピザに入れるほど好きなら、デコボコしたコーンドッグに魅了されるのは当然だった。
「さあ、できたよ!」
カリカリに揚げたコーンドッグをざるに上げると、食欲をそそる匂いが鼻を突いた。
「本当にここに砂糖を振りかけるの?」
「ソースもたっぷりかけてね。」
「ソースは当然だけど。ケチャップから何から全部かけてみようか?」
確信がない感じでソースまでかけたコーンドッグを見て、イアンとディランは同じ言葉を吐いた。
「レディファースト。」
「はあ、この二人の男がとんでもないことになってる。」
目を白黒させながらも、クロエはそれでも気になるらしくすぐにコーンドッグにかぶりついた。
バリバリという音とともに口をもぐもぐさせていた彼女の目が丸くなった。
「どう?美味しい?」
「ディラン、私、すごく真剣だよ。」
顔色を硬くしてコーンドッグをじっと見つめていたクロエが真剣に言った。
「なんでアメリカ人はポテトフライとコーンドッグを飽きるほど食べているのに、これを組み合わせることを考えなかったの?一体ノーベル賞は何で受けるの?」
「それほどいいのか、そんなこと言うの?」
続いてコーンドッグを食べたディランはクロエの大げさな反応が理解できた。
生地の違いか、油っぽくなくサクサクした食感とともに甘くて塩辛い味が口いっぱいに広がった。
伸びるチーズが楽しさと味を兼ね備えていた。
「これ、本当にいいね?」
感嘆するディランに、イアンは待ってましたとばかりに言葉を投げた。
「売りたくなるほど?」
「これを売るの?」
イアンのために軽い気持ちで作っただけで売るつもりはなかったディランはすぐに計算した。
どれだけ売れるかはわからないが、とにかくほとんどの材料が手元にあるから、万が一失敗しても負担はない。
試して損はない程度。
しばらく考えていたディランは驚いた目でイアンを見た。
「息子、もしかして最初からそうするつもりだったの?」
「何がですか?でもお父さん、本当に料理上手ですね。すごく美味しいです!」
ディランは自然にコーンドッグを食べるイアンの頭を乱暴にかき混ぜた。
「うまくいかなかったら客の舌が問題なんだから、あまり失望しちゃダメだよ?」
「失望しないよ。」
失望するつもりはない。どうにかして成功させればいいのだから。
「餌は用意された、あとは魚が来るのを待つだけ。」
イアンは獲物を狙う鷲のように窓の外を見た。
***
撮影機材を点検する人々で忙しい部屋のドアが勢いよく開かれた。
乱れた金髪をかきながら一人の男性が入ってくると、スタッフの汗の匂いを覆うほどの強烈なアルコールの匂いが広がった。
スタッフの中から中年の男性が楽しそうに声を上げた。
「ベン! ホームレスのメイクをもうしたのかい? 本当に映画に情熱を注いでるね!」
「映画を撮るならこれくらいしないとね。そうだろ、オリバー?」
ひょうきんなベンの返答にオリバーは首を振った。
「一言も負けないね。それでどうしたの? 撮影前にパーティーとはお前らしくないね。何か? 気に入った女性でもできたのか?」
「…何のことかわからないけど。」
返答同然の言葉にオリバーは大笑いをした。
「ハハハ、ベン・ロバーツが心を病む女性だって、誰だか知らないけどすごいな!」
オリバーのからかいの言葉にベンは手を振った。
正直、自分がなぜこんなことをしているのか、本人もわからなかった。美男俳優としてスタートして、様々なスキャンダルを引き起こしてきた自分が、思春期の少年のように振る舞っているなんて。
普段ならばただベッドルームに連れ込むだけだったが、今回はそういう気分になれなかった。
「はあ、これからは撮影に集中するから心配しないでくれ。見ての通り、すぐにでもホームレス役をこなして余裕だからね。」
自嘲気味の冗談と共にベンは持ってきた台本をテーブルの上に置いた。
サッカーパンチ(奇襲攻撃)
寝て起きると前日の記憶を忘れる一過性健忘症にかかった元軍人がホームレス生活をしながら起こる事件を描いた映画だった。
すべての日をホームレスとして過ごす11月11日を生きている主人公が、記憶できない過去の悪縁と闘うアクション、スリラーであった。
「予定通り普通のホームレスシーンは一般の市街で撮るよ。撮影は遠くからするから。」
「生まれて初めてゴミ箱を漁ることになりそうだ。まともな食べ物があるかどうかわからないけど。」
本当のホームレスのように他人が捨てた食べ物も躊躇なく食べるベンを見て、オリバーは満足げな表情をした。
パーティーや女性を好むことで有名だが、演技には真剣だった。
少なくとも息が詰まるほど高いギャラを取っても余りある俳優だった。
「最大限ホームレスらしくしてくれれば文句なしよ。安全は私服を着た警備員が周囲にいるから心配ないし。」
「それは当然のことだね。」
「ハハハ、3日間しっかり撮ろう。うちの厳しいプロデューサーが渋々出した期間だからな。」
普通のホームレスとして生活するシーンは映画での時間は短いが、PTSDと記憶喪失症を患う主人公の本来の姿と対比するために重要だった。
監督と異なり強大な権限を振るうプロデューサーが撮影期間を3日も割り当てたのはそれだけで分かることだった。
「さあ、一度きちんと仕事をしよう!」
オリバーの言葉とともにスタッフは一丸となって動き出した。
***
ホームレスは明確な軽蔑の対象だ。
もちろん理解している。
通りで薬物やアルコールに酔っており、銃で脅しながら金を巻き上げるホームレスはよくあることだから。
「ただ、それだからといって彼らが無価値な人間だという意味ではない。」
底まで落ちた事情はそれぞれ異なっていた。
PTSDに苦しんで麻薬に手を出した退役軍人から、金融危機の直撃を受けた元金融関係者まで。
様々な人間がホームレスとなり、イアンにとっては教師であった。
「わお、わお!」
手を離れたボールがリムの中にすっと吸い込まれた。
チャリンという音が軽快に響き、イアンの背中側から荒い衝撃が感じられた。
「くっ!」
「イアン! お前、本当にすごいな! 身長も低いのにどうやってそんなに上手く入れるんだ?」
頭が一つ大きな黒人の子とぶつかった感じがした。
そのおかげで、バスケットボールを教えてくれると言いつつ、人をピンボールのように弾き飛ばしていた厄介な奴らが思い出された。
「やはりスポーツを学ぶよりも、絵や音楽を学ぶ方がずっと良かったな。」
もちろん、厄介なホームレスたちは何もかもを優しく教えてくれるわけではなかった。報酬として、苦労して稼いだお金をむしり取るのが基本だった。
OMG! このくそみたいな音楽は何だ? ヘイ! これを聞いてみろ! 俺のケツの穴が歌っているみたいだ!
ちくしょう! お前の目にはこれも絵になるのか? 壊れたのは顔じゃなくて、指だったな!
ああ、久しぶりに思い出してみると怒りが湧いてきた。
「あいつらもまだ生きているだろう?」
特に懐かしいわけではないが、後で成功したら一度会ってみるべきかもしれない。
汗と共に雑念を払ったイアンは、手を振るクロエを見てほっと微笑んだ。
「ついに今日だ。」
店の仕事で忙しい母が運動会のField Dayにやっとの思いで来た日だった。
普段、店の仕事で忙しくて学校の行事になかなか参加できない親が来た日だから、より記憶に残っていた。
そろそろフィールドデイが終わる時間になり、イアンはクロエの手を握りながら焦れたように言った。
「直接店に行かないといけないの? 早く行こう。お父さんが待ってるよ。」
「こんな日は家族で美味しい食事でも行くべきなのに、本当に申し訳ない。もうすぐ夕食時だから空けられないんだ。」
「お父さんの料理も美味しいけどね? お父さんが聞いたら悲しむよ。」
「まあ、本人の料理がそんなに美味しいなら、週末にピザを注文することはないでしょう?」
冗談っぽく笑ったクロエはイアンと一緒にすぐに店へ向かった。
店に入るとチリンと鈴の音が鳴り、グリルの上でパティを焼いていたディランが明るい笑顔で迎えてくれた。
「うちの息子! 今日は上手くやったか? お父さんが行けなくてごめんな。」
「何を、お父さんまで来なくていいよ。」
適当に手を振ったイアンは店内を見回した。
ケチャップ、マヨネーズ、砂糖、テリヤキなどのソースが入った容器がどれくらい空になっているかを確認したイアンが尋ねた。
「それでもコーンドッグがけっこう売れたみたいね?」
「誰かが教えてくれたんだよ、当然だろう!」
誇らしげに笑うディランだったが、イアンは冷静に判断した。
「売れたとしても、店の収入には役立っていなかったろう。」
新しい客が増えたわけではなく、来店した客が好奇心や推薦のためにコーンドッグを買った可能性が大きかった。
他のメニューより安価なコーンドッグを選んだため、かえって収益が悪化したかもしれない。
もちろん口コミで客が増えれば良くなるだろうが、そのことを待つほどイアンはのんびりしていなかった。
「お父さん、私も韓国式ポテトコーンドッグを一つください。」
「いいね! 一生懸命運動してお腹もすいたろう。ちょっと待っててね。」
急いで揚げたコーンドッグに砂糖とソースをたっぷりかけたイアンは窓際の席に座り、バッグを開けた。
作ったコーンドッグは食べずにノートを取り出して書き始めたイアンの隣にそっと近づいたクロエは首をかしげた。
「食べないの? お腹空いたって。」
「熱いから冷ましてから食べるつもりだよ。それに最近、学校で中国語も習ってるんだ。」
「そう? すごいね。」
イアンは漢字が書かれたノートを見せた。
これから少しずつ疑問を投げかけておけば、後で親が変だと思わないだろう。
優しく頭を撫でたクロエは仕事に戻ると、イアンは窓の外を注意深く観察した。 ほんの一瞬のうちにチャンスを逃すことになりたくなかった。
窓の外をどれくらい見ただろうか? 街には人が増え、夕方になり店を訪れる客が増え始める時間。
人混みの中で怪しい動きを見つけたイアンの口元が上がった。
「カメラだ。」
小さな撮影用カメラを持った人々があちこちに見え、レンズを追ってみるとホームレスの一人が見えた。 帽子を深く被り、色褪せたジャンパーを着ている。
人々が嫌な顔をして避けるホームレスは、ゴミ箱に捨てられた缶コーラを振っていた。 道を渡ったホームレスがだんだんと店に近づき、やつれた顔と目が合ったイアンは席から勢いよく立ち上がった。
「イアン? イアン! どこに行くの?!」
おとなしくしていた子が走り出すと、クロエは驚いたが、それ以上に驚いた人が別にいた。
「おっと! あの子! 監督?!」
突然走り出した子が俳優の前を塞ぐと、戸惑ったスタッフが声を上げた。 何かを隠すように手を後ろにした子の姿は一見危険に見えた。 しかし、オリバーは周囲の警備員と子を見たベンの様子を見て、むしろ急いで手振りをした。
「くだらないこと言わずにとにかく撮れ!」
オリバーの怒鳴り声とともに、隠していた子の手が動いた。
***
見得を切るように鼻を鳴らした人が通り過ぎ、ゴミ箱を漁る手の上にゴミが投げられた。 ホームレスとして演じていたベンは前を塞ぐ子を見て一瞬戸惑った。 普段子供が苦手なベンが躊躇する間に、子は変わった形のコーンドッグを差し出した。
「...これをくれるの?」
「はい、あなたが食べてください。」
世の中の汚れを一切感じさせないような明るい笑顔だった。
見知らぬ食べ物を躊躇なく口に入れるほど、その笑顔は純粋だったし、コーンドッグを口にしたベンは目を丸くした。 冷めていたが、思ったよりずっと美味しかった。
「美味しい?」
「え、ええ。本当に美味しいな。」
「良かった!」
喜んで笑う子を見ていたベンは、一瞬とても強い違和感を感じた。 本能的にその理由を探していた彼は、子供の瞳の向いている方向がおかしいことに気が付いた。
瞳の焦点を辿ると、カメラが見えた。 その姿に鳥肌が立ったベンは、低い声で尋ねた。
「...君、僕を知っているのか?」
子供の笑顔がさらに深まった。
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