#2


『分かっておるな? お主のチャレンジはこれで三回目。?』


 ホトケが俺への供え物を矯めつ眇めつ眺めながら、そう忠告してくる。

 初めて俺がホトケから四十九日チャレンジのルールを聞いて、もう三年経つ。

 その中で、俺は初年度に一回、二年目に一回、四十九日チャレンジに挑んでは失敗していた。

 そして三年目となる今回は、実のところラストチャンスになる。


「地獄に逝くまで五年あるんだから、五回チャレンジさせろよ」

『ならん。答えを返すと、仏の顔も三度までじゃ』

「上手いこと言ってるつもりだろうけど、ホント迷惑だわ……」


 五年の猶予があるのだから、毎年やらせてくれればいいのに。まあ、俺がどれだけ嘆いたところで、ルールがいきなりねじ曲がったりはしないが。


 何せこの四十九日チャレンジ以外、俺達幽霊はやることがない。

 移動範囲はせいぜいこの霊園内で、娯楽の類は一切なし。

 暑さ寒さも感じず、チャレンジ外だと飢えもしない。

 眠気もないので眠ることも難しい。

 本当に、ただ石ころのように、時間が過ぎるのをぼんやりと受け入れるだけだ。


『のう、心汰。あえて説明しておくが、三度目のチャレンジに失敗した時点で、強制的に地獄逝きが確定する。沙汰が下る五年目まで、震えて過ごすことになるぞ?』

「だからもうちょっと慎重になれ、って?」


『そうは言っておらんが、焦る必要もない。無為な残り二年を過ごすのは、はっきり言うが死刑囚のようなものじゃぞ。恐怖で狂われても困るのじゃ』

「忠告どうも。でも、クリアするなら三年目の今年しかない。来年以降じゃ駄目だ」


『ほう……何か勝算があるのかの?』

「勝算っていうか、経験則」


 二度の失敗で学んだことは多い。

 その中でも、チャレンジを開始するタイミングというのは重要だと知った。


 ――最もお供え物が集まる時期とは何か?


 答えは簡単。お盆か、自分の命日だ。それ以外でお供え物が集まることは少ない。

 そして俺が死んだのは五月。一方で盆は八月。

 どちらの時期で挑戦するかというと、俺は命日の方を選んだ。

 理由は幾つかあるが、最大の理由としては。


「……盆よりも命日の方が、家族からすると重いから」


 だから、絶対に家族が来てくれる。俺の大好きだったお供え物を持って。

 ホトケは顎に指を添えて、ふーむと唸った。


『まあ、命日は霊からすれば誕生日みたいなもんじゃしな』

「やめろその言い方」


 霊として誕生した日、という見方をすればあながち間違いでもないのが辛い。

 けらけらとホトケは笑い、しかし直後に表情を引き締めた。


『さて。では狭間心汰よ。四十九日チャレンジを開始するのじゃな』

「ああ」

『仏の顔も三度までじゃぞ』

「三度目の正直とも言うだろ」

『口の減らない坊主じゃのう。良かろう――では、心ゆくまでがいい』


 ホトケが手にした扇子でステップを踏み、軽やかに一度舞う。

 巻き起こる風は俺を包み、駆け抜けていく。

 瞬間、腹部に違和感が走る。

 これまでは麻痺したかのように何も感じなかったそこへ、満たされたものがある。


 今はもう何も食べられない、という満腹感だ。

 チャレンジは最初、満腹状態から始まる。いきなり飢えて始まるのは流石にこいつらも良心が痛むのかもしれない……と、俺は考察していた。


『わしも定期的に茶々を入れに来てやろう』

「いらねえって。どうせならお茶持って来いよ」

『流石に軽口を叩けるほどの余裕があるのう。慣れとは恐ろしいものじゃ。ま、応援はしておるぞ。死に物狂いで頑張るが良い……もう死んどるがの~』


 そう言って、ホトケはここから去っていく。

 あくまでホトケは管理者、俺の友達でもなければ邪魔者でもない。

 完全な中立――彼女がチャレンジに影響を及ぼすことはない、と考えていい。

 少なくとも、過去二回の挑戦で俺はホトケに助けを求めたことがあったが、そのどれもが無駄に終わったから。


「あー、とはいえ不安だわ。とりあえず、供え物を引き出しておくか」


 俺は自分の墓に備えられた供え物に視線を移す。俺の墓も含めて、供え物というのは定期的に回収されてしまう。霊園の管理人――この場合はホトケではなく生きている人だ――が持って行ってしまうのだ。


 考えてみりゃ当然である。供え物にはナマモノも多い。放っておけば腐るし、腐ると異臭を放つし、何より虫やら動物やらが寄って来てしまう。

 だがその場合、到底四十九日も保つわけがない。霊達に冷蔵庫などないのだから。


「ほんと、よく出来たシステムだよなぁ」


 しかし、問題はない。俺は供え物に手をかざす。

 すると、供え物達は淡く発光し、ぽわぽわと綿毛のような光の粒子を放つ。その粒子は空中に集まり、固まり、幾つかの像を形成していく。


 数秒も経たない内に、俺の墓に供えられたものと全く同一のものが現れた。

 元の供え物と違い、全て淡く発光しているという違いはあるが。


「これでよし、と」


 俺達幽霊は、現実の物質に関与出来ない。それは供え物へも同様である。

 じゃあ食い物ねえだろ、という話になるが、そこで重要なのが俺が今やったような『転換』である。『向こう側』にあるものを、粒子を介して『こちら側』に再現するプロセスのことだ。

 そうして『転換』したものを、俺達霊は口にすることが可能になる。


 もっとも、何でもかんでも『転換』出来るわけじゃない。

 あくまで自分への供え物に限る。

 その辺の雑草すら、俺へ供えられたものではないから『転換』不可能だ。


「……霊用の冷蔵庫とか開発してくれよなぁ」


 ありえないと思いつつも、そんなぼやきが出る。

 こうして『転換』した物質については、もう腐ることもない。

 加えて、俺以外の霊には触れることが出来ない。

 もし、あらゆる手を使って四十九日チャレンジを突破しろというのなら、まず間違いなく霊同士で供え物の奪い合いが起きる。しかしそうならないのは、そもそも己への供え物以外は食べることが出来ないからだ。


 現実と違い、何をやろうと無駄骨に終わるのだから、争いは起きない。

 そういう意味で、よく出来たシステムと言える……誰が考えたのかは知らないけど。


「少なくとも、ホトケではないだろうな」


 ああいう超常的な存在――とてもそうは見えないが――は、ホトケ以外にも存在するのだろう。地獄があるってことは、閻魔大王も居るに違いない。

 天国もあるのなら、そこに神様が居るのかな。


 斯様に思ったよりも死後の世界はファンタジックだ。

 これから死にゆく人達に教えてやりたいぐらいである。


 長生きした方がマシだぞ、と。

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