11話

(なんで、どうして!? 自分の身体なのに……っ。自分の身体じゃないものがついてるみたい!)


 その違和感と同時に、楓は考えてしまった。自分の脚が、もう元通りにならないのではないかと。


 ――二度と、前みたいに走れないのではないかと。


 そう考え出すと、もう止まらなかった。

 涙が溢れ、呼吸が浅くなる。

 楓の隣にあるモニター心電図から、妙な音が響いた。

 その音がまた不安をかき立てる。


「心拍数が早くなってます。落ち着いて深呼吸して下さい」


「わた、私は……もう走れないんですか!?」


「それは医師から」


「答えて下さい! 誤魔化さないで!」


 看護師の声を遮り、身体を起こして楓は訪ねた。

 しかし、看護師は答えない。

 答えられない。

 ただ、優しく手を握っているだけだ。

 その態度だけで分かってしまった。


 答えられない程――自分はもう、駄目な身体になってしまっただんだと。


「ぁあ……っ。ぁあああああ……っ!」


 そして涙が止まらなくなる。

 看護師は大丈夫と同僚に伝えながら、優しい言葉を投げかけ続けてくれた。


 それでも、楓の絶望は止まらなかった。

 左足首が動かなければ、走れない。


 自分は命はある。――だが陸上選手としての自分はもう、死んだ。


(走れない私に、生きる理由も――意味も無い)


 モニター心電図の警告音アラームを看護師が操作してすぐに切っても、泣きわめく声とすすり泣く声が切れる事は無かった――。



―――――――――――

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