8話


「――よし、長距離組! まずは五千が専門の奴らからだ。続いて三千、千五百とスタートする。男女ともにスタートラインにつけ!」


「「「はい!」」」


 男女の長距離部員達が声に弾かれたようにスタートラインにつく。


「オンユアマーク」


 顧問の『位置について』の声に合わせ、スタンディングスタートの姿勢に全員が体重を落とす。

 雷管のピストル音が鳴る瞬間までの緊張感と静けさ。

 出遅れないよう全神経を注ぎ込む。


 顧問が鳴らすパァンと甲高い雷管の音が鳴ると同時に、全員がスタートを切った。


 楓は女性集団を置き去りに男子集団と走っている。

 二百の通過タイムをラップし、腕時計で確認するが、問題ない。

 いつも通りのペースだと確認してそのまま走り続ける。


 楓に問題が起きたのは――十周が過ぎた頃からだった。

 まだ四千メートル。ここからが一番辛く、ラストスパートもかけていかなければいけないという時だ。


(おかしい、意識が……っ。身体に力が入らないっ)


 身体に不調を感じ始めた。


「――根性だせッ!」


 顧問の声が陽炎ゆらめくタータンの上に響く。

 その言葉に、弱気になって競技を中止しようかとさえ思っていた楓はハッと気を取り直す。


(そうだ。長距離で一番大事なのは、気持ち。後半で気持ちが負けたら、勝てるレースも勝てないって、先生も言ってた。――今は、その言葉を信じようっ。絶対に、自分に負けない!)


 かねてより顧問が言っていた言葉を思い出し、唇を噛んで走り続ける。


 頑固であまり大きな挫折を体験して来なかった故に独りよがりだった楓だが――何故か窮地に陥っている今は、他者の言葉に対し素直に従おうと思えた。


 だが、それでも動きは鈍い。

 意識が朦朧としてくる。


(――駄目だ……っ。何とか、残り二百メートル……最後まで)


 タイムは最早、絶望的だった。

 大きくリードしていた女性集団にも追いつかれ、抜かれていく。

 それでも楓は、ゴールだけを目指した。


「――……」


 そしてゴールラインを切ると、楓は腕時計のタイム停止を押すことすらなく――トラックへ倒れた。



―――――――――――

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