6話

 その日は、九月としては記録的な猛暑日だった。


「――あ、水筒がない……っ。そっか、朝にゴミ出ししてから出てくる時、鞄に入れ忘れてた」


 両手にゴミ袋を持つことに必死で、楓は鞄に水筒を入れることを忘れていた。

 スポーツ名門私立高校にありがちな、週に何度か授業の代わりに部活を行う日。


 よりにもよって、最も気温が高い時間帯に水筒を忘れていた事に、しかも練習開始直前に気付いた。

 この時間からでは、自販機に飲み物を買いに行く時間もない。


「――仕方ない、休憩時間に買えばいっか」


 楓はユニフォームに着替えて、グラウンドに集合した。


「アップ終了後、タイムトライだ。部内記録会とはいえ、公式戦だと思え! マネージャーはノートとストップウォッチ、メジャーを忘れるな」


 顧問から今日のメニューを言われて、楓はタイミングの悪さに驚愕した。

 まず、アップ――ウォーミングアップにはだいたい40分間程度時間をかける。

 八百メートルジョギングした後、体操。その後にミニハードルやラダートレーニングなどの基礎練習を行い、百メートルダッシュを四本行う。

 そうして息を整えれば、すぐに記録会に移る。


(近くには水道もない。あるとしたら芝生用だけど……これはさすがに飲めないな)


「楓、どうかした?」


「……いや、何も無いよ」


 アップのジョギング中、張り詰めた表情をする楓が気にかかった渚が声をかけた。

 水筒を忘れたなどと言えば、もしかしたら分けてくれるかもしれない。――だが、楓は知っていた。

 以前、渚が熱中症で大切な公式戦の競技中に倒れた事があることを。

 あの時の悔しそうな渚の涙を見ているから、熱中症で苦しむ渚なんてもう見たくないから――水分を分けてなんて言えなかった。


 アップが終わった後、僅かな水分補給時間が設けられた。

 時間は五分。

 アップ用のランニングシューズからスパイクに履き替える時間を考えれば、実質四分未満。


「間に合え……っ」


 楓はアップが終わるなりランニングシューズでロッカールームへ財布を取りに走る。


「よし、いける……っ!」


 片道二分。

 残り二分で自販機に寄って戻れば――。


「自販機! 今から自販機に行ったら、間に合わない!?」



―――――――――――

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