2話

 既に消灯時間はとうに過ぎた病棟は、足下灯フットライトや眠らずのナースステーション、トイレを除けば不気味な程に暗くて静かだ。


 そんな静寂と暗闇に包まれた病院で――カタカタと音を鳴らしながら、弱々しい灯りが灯る部屋がある。


 まるで灰の中で火だねとして残り続ける、弱々しい炭火――埋み火うずみびのような灯りに照らされたその一室。

 リハビリテーション科スタッフルームと書かれたプレハブのように狭い部屋だ。


 男は白髪に染まったボサボサの髪をしており、見るからに疲れきった風貌だ。

 一見すれば多くの入院患者と同じ、高齢者に見える。

 だが、この男が病院職員である事は、紺色のスクラブと白いズボンを身に纏っている事でわかる。


 男は鬼気迫る表情でパソコンに向き合っていた。

 ディスプレイには数多の研究論文がウインドウ表示され、机には最新の医学書籍もある。

 そういった文献を元に、担当患者の症例検討レポートを書いていた。


 そして一人分を纏め終えファイルに保存する。ファイルには膨大な量の症例報告や論文データが保存されている。

 そして新たにファイルを開き、別の患者の症例報告を書こうとキーボードを操作すると――タイプミスが連発した。


「……っ」


 おかしいと思い手元を見ると、左手が動かない。いや、声を出そうとしたのに声すら出ない。

 慌てて立ち上がろうとすると――。


「――っ!」


 左足に全く力が入らず、椅子から転げ落ちてしまった。即座に男は悟った。

 自分が脳卒中で左半身に麻痺を生じている事実、そして声まで出ない。

 感覚も鈍く、意識まで遠くなっていく。

 これは脳室のうしつという脳の深い空間にまで出血した血液が及んでいる。


 ――つまり、命に関わる重大な脳出血であると。


 まだ死ぬ訳にはいかない。

 その執念から、何とか人目がある場所まで這いずろうと、廊下までもがき出るも、ナースステーションの明かりは遠い。


 暗闇の中、意識がもう持たない。

 頭の中が靄つくと感じた時――男は確かに聞いた。


 ――この世ならざる者の声を。


 臨死体験をした患者から三途の川や花畑を見た。亡くなった配偶者の声を聴いた等といった話は山ほど聞いた事がある。

 男は、この世ならざるその声を聴いた後――思わず笑みを浮かべた。

 灰色の日々を送り、暗く沈む心、不気味な薄明かりの中で――男の不気味な笑みが、白い歯がわずかな光を反射した。



―――――――――――

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