第3話 姫の奮闘と王国の立て直し

一方その頃、政府の執務室では大臣が頭を悩ませていた。

ここ最近王国の民が反抗する事例が増えていた。

彼らは、自分たちの環境のさらなる向上を要求している。

しかし、もう奴隷たちから搾り取れるものは搾り取り尽くした。

これ以上の成長は不可能だった。

執務室の扉がノックされる。

誰だろう。誰も予約を入れていないはずなのに。

「入れ」

それが、大臣が発した最後の言葉だった。


奴隷によって国王と大臣が惨殺された、というニュースは王国中を駆け巡り国全体を大きく揺るがした。

さらに、現国王が即位して以来続いていた経済成長が初めて失速する事態になった。

原因は、それまでただ同然だった奴隷の労働力が急激に減少しているためだった。

政府は混乱し、経済は悪化した。

王国国民の誰もが永遠だと思っていた繁栄が崩れ落ちそうになっていた。

そんな状況下で、一人の女性がオネスト王国首都行きの汽車に乗っていた。

彼女は、王国の中でもっとも真実に近づいていた。


「姫様、お待ちしておりました。」

今はなき国王の娘リリア姫は汽車から降りると同時に執事長に出迎えられた。

「久しぶりだな。まさか、こんなに早く首都に戻るとは。」

「この度の国王陛下の訃報誠に……」

「大丈夫だ。そんな格式張った挨拶はいらない。それより葬儀はできる限り簡素なものにしてくれ。経済見通しが不安な中で盛大な葬儀をしたら、最近登場した革命勢力とやらにつけ入る隙を与える」

執事長は慌てた様子で自分の孫に近いリリアにおそるおそる囁いた。

「しかし、それでは国王陛下の御威光に傷がつきます。聞けば、革命勢力は奴隷共が中心とのこと。」

「構わない。父が発展させた王国をそのまま守り育てることこそが、父の威光を高めることにつながる。一時的には不名誉だが、長期的には父の名誉を守ることになる」

リリアはそう言うと城に向かって歩き始めた。

彼女は非常に速歩きで、執事長は小走りでついていくのがやっとだった。


城に到着するとリリアはまっすぐ国王の執務室に向かった。

「聞いたところによると、大臣もやられたそうだな。今は、誰が政務を行っている?」

執事長は息も絶え絶えながら、リリアに答える。

「財務次官が代行しております。しかしながら、なにぶん、そのぉ……」

「あいつは国民から人気がない上に政府の人間からも嫌われている。好感度だけ見れば、とてもじゃないが政治は務まらない。そんな人間が政府の代表か。」

「あの方の人物評を私からは申し上げられません。しかし、おおむね姫様がおっしゃるとおりになっております。」

執事長が執務室の扉を開ける。

「国王陛下が狩猟にお出かけになられてからそのままにしております」

リリアは一瞬瞳をうるませた。

主人のいない部屋は、以前よりも随分広く見えたからだ。

しかし、リリアは目をぎゅっと強くつぶるとゆっくり開いた。

「父のためにも、執務を再開するぞ。当面は私が代行する。弟がこちらに到着したら、正式に弟に執務を引き継いでもらう。それまでの間に、溜まった執務と革命勢力と腐った貴族どもを一掃する。」

リリアは長髪を後頭部でひとまとめにする。

執事長が椅子を引き、リリアが執務机に向かい合う。

「弟様たちにはなんとお伝えすれば?」

「ゆっくりでいいから安全に気をつけて来いと伝えてくれ。あいつらの身に何かあったら、王国はおしまいだ。女の私では代行はできても正式な後継ぎにはなれないからな」

執事長は最後の言葉を聞いて、どのような顔をして良いかわからない様子だった。

リリアはそんな彼を見て、違和感を抱く。

「おい。どうした。そんな顔をして。悲しみに暮れている暇はないぞ。早く停滞している法案を持ってきてくれ。その後、貴族どもと会議だ。」

「かしこまりました。」

執事長は足早に執務室を出ようとした。

そして扉の前で振り返る。

「私個人の意見ですが、国王陛下が残されたお子様の中で貴女様が能力的にもっとも国王陛下にふさわしいと考えております。」

リリアは眉一つ動かさず、眼球だけギロリと動かし執事長を睨む。

「国王の継承順位に不満があるのか? 返答によっては貴様も体制に反逆する革命勢力とみなすぞ。」

その瞳には、現体制を守りきろうという強い意志しか感じられなかった。

「いえ。そのようなわけではございません。継承順位にも不満はございません。ただ、それくらい素晴らしいお方のお側で仕事ができることを嬉しく思います。」

リリアは表情を崩さなかった。

執事長は、扉を開けると足早に去っていった。

あとに残されたリリアは、壁にかけられた父の肖像画を見つめた。

「お父様もそんなこと言っていたわね。『お前が女に生まれたことが、王国最大の過ちであり、不幸だ』って。そうかもしれないわ。でも」

そこでリリアはまぶたを閉じる。一筋の涙がこぼれる。

「だからといって、命がけで自分の使命を果たさないことの理由にはならないわ。配られたカードがどんなに悪くても、常に一番良い結果を出すことを考える。そこに闘いの深い味わいがある。そうでしょ?」

リリアには、肖像画の中にいた父が満足げに笑っているように見えた。

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