第12話 カンヴァスの神々


   【 マイラ市内 七柱なはしら神殿 】


 七柱なはしら神殿。その名の通り冥王を含む『七柱なはしらの神々』を奉る場所である。

 七柱の神々は個別に信仰される事があまり無く、このように一纏めに奉られるのが一般的なのだとか。


 その神殿は街の建築物とは一線を画すものだった。

 一般的な家屋が木材とレンガで作られているのに対し、神殿は白い石材の壁と立派な石柱で組み上げられており、重厚さと神聖さを醸し出していた。全体的な印象は、なんとなくだが図鑑で見た古代ギリシャの神殿に似ている気がする。


 神殿の門は開け放たれており、お年寄りの方々が頻繁に行き来している。

 これは先ほど説明されたとおり神官のみが回復魔法を使えるので、神殿は必然的に病院としての役割も兼ねているからだ。

 医療施設がお年寄りの社交場になるのは、こっちの世界でも同じらしい。

 

 内部は清掃が行き届いていて、とても清潔だった。床には塵一つ無く、壁にはシミ一つ無い。

 こういう点も、より病院っぽいなと感じられた。

 ただ病院と決定的に違う点があった。それは物々しい異形の彫像が飾られているところだ。

 顔面にぽっかり大穴が空いた男性の像、髪が燃え盛る炎のような女性の像、頭からイカの触腕のようなものを生やした女の子の像。

 その中に三角木馬に跨がった禿頭……恐らく冥王の像を見つけ、これらは七柱の神を象ったものだと理解した。

 

「迷える子羊たちよ、神の庭にようこそ♪ 本日はどのような御用件ですか?」


 神殿に入ると透けるようなプラチナブロンドを持つ天使族の美少女がお出迎えしてくれた。

 胸の前で両手を合わせ、ぺこりと頭を下げる。一般的な神殿での挨拶であるが、彼女のそれは非常に気品が溢れ、かつ愛らしかった。

 ふとその美少女に見覚えがあることに気付いた。イリスと初めてギルドに行った日、おおとり亭で出会ったあの子……そういえば、まだ名前を聞いてなかった。


 あの時は見た目と釣り合わないぶっきらぼうな態度だったが、今現在は裕真がイメージする理想の天使そのままの立ち振る舞いである。


「おっす、リリエル」

「なんだイリスか、愛想使って損した」


 リリエルと呼ばれた彼女は訪問客がイリスだと気づいた途端、酒場で会った時の砕けた態度に戻った。


「客見て態度変えるんじゃないわよ。営業努力続けなさいよ」

「あ、以前酒場で会った……イリスの友達?」

「いーえ、ただの知り合い。こいつは堕天使の『リリエル』。ここで神官やってるの」

「堕天してないぞ! 現役バリバリの天使だ!」


 この後、『天使族』についてざっくりと説明してもらった。

 彼女達は元々、天界で神々に使えていたのだが、天界が崩壊したあと地上に移り住んだのだそうな。

 ちなみに便宜上「彼女」と呼んでいるが、天使には“性別がない”らしい。

 それはどういう意味なのか非常に気になるところだが、本日の主題ではないので深堀りしないでおく。


「まぁ、週に1日しか働かない、ぐーたら天使だけどね」


 え、うらやましい。

 これも後に聞いた話だが、彼女は優れた神聖魔法の使い手で、1日の労働で1週間分の生活費を稼げるそうな。

 うらやましい。


「ぐーたらじゃないぞ、私はあえて働かないのだ! 私が本気を出したら他の神官の仕事を奪ってしまうからな」

「はいはい」


 友達じゃないと言う割には結構仲良しに見える。まぁ照れ隠しなのだろうけど。


「で? 何の用だ? そこの坊やは何者だ?」

「あ、裕真と申します。イリスさんとパーティを組ませて貰ってます」


 と無難な挨拶を返す裕真を、リリエルは値踏みするかのように見つめる。

 ふーむ、と低く唸ると、重々しく口を開いた。


「そうか、イリスにも ようやく春が来たか……。色々とメンドくさい娘だけど、よろしくな」

「誰がメンドくさいよ! つーか、春って!」

「仲間です、普通の仲間」


 どうやらなにか誤解されたようだ。手を左右に振り、やんわりと訂正する。


「なんだよ、婿を紹介しに来たんじゃないなら何しに来たんだ?」

「このユーマを神官にしてほしいの」

「ほう、入門希望か?」

「ちょっと違うわ 今すぐ彼を神官にしてほしいの」

「はぁ?」


 リリエルは目を細め、眉を顰めた。


「オオネズミに脳ミソ齧られたか? んなこと出来るわけないだろ」


 露骨に呆れられたようだが、予想できた反応である。なので次の段階に移る。

 裕真は表情を引き締め、神妙に話しかけた。


「リリエルさん、神官の条件って何だと思います?」

「ん? そうだな……少なくとも神の声が聞こえないと」


 神官候補は修行を積むことで“神の声”を聞くことが出来る。

 と言っても神々は原則として“地上に不干渉”という姿勢を取っているので、大した話は聞けない……今日は良い天気ですね、とか当たり障りのない雑談しかしないが、それでも神の声に違いなく、神官を名乗る資格を得た証になる。


「そうですよね! その条件なら既に満たしてます!」


 スマホを取り出し、例のアプリを起動した。


「もしもし、私だ。さっそく何の用だ?」

「!!!? 冥王様!?」


 スマホに映し出された冥王に、リリエルは目を丸くし、両手で口を覆った。

 その反応を見た裕真、してやったりと少し得意になる。


「……? その声はリリエルか? 天に還らず、地上に残っていたのか」


 今度は裕真の方が驚いた。なぜ冥王が彼女のことを?


「……え? 知り合い?」

「ああ、うん、まぁな」

「あんた結構顔広かったのね……ただのヒキニート駄天使かと」

「誰がヒキニートだ! (昔は)バリバリのキャリアウーマンだ!」


 ヒキニートだのキャリアウーマンだの現代的な用語が出てきたが、これは裕真にかけられている『翻訳魔法』が裕真に理解できる言葉に置き換ているだけである。

 実際にはカンヴァスならではのスラングが使われている。


「と……ところで冥王様、なんでこの人間に?」

「うむ、簡単に説明すると――」


 かくかくしかじかと事情説明する冥王。

 聞き終わったリリエルは「ふーむ」と腕を組み、眉間にしわを寄せた。


「なるほど……確かに邪神は倒さなきゃいけないでしょうが……。それにかこつけて、この子達に無茶させてません?」

「無茶とは?」

「例えば、神器を入手するために『街の人間を皆殺しにしろ!』とか」

「……何を仰るのかね。そのような命令などしていないが」


 嘘はついてない。範囲は「城一つ分」である。


「ほう、そうですか。もし非道な計画を企んでいて、この子達に無理強いさせるようでしたら……貴方の『お兄様』に御報告させて頂きますが、よろしいですね?」

「やめて! 兄に告げ口するのだけはやめて!! 非道な事はさせないと我が名にかけて誓う!!」


 今までの威厳はどこへやら、情けない声をあげて懇願した。

 そんなに兄が怖いのか……。おそらく『七柱の神』の誰かなのだろうが。

 それにしても安心した。全ての神が人命を軽視しているわけではなく、ちゃんと良識を持った神もいるようだ。



   【 冥王コール 終了 】



「というわけで、俺は神の声を聴けるどころか、世界を救う使命まで授かってるのです。神官の資格としては十分じゃないでしょうか?」

「ううむ……でもなぁ……」


 困惑するリリエル。目を瞑り、しばし押し黙る。


「まぁいいや、どうせ回復魔法が欲しいだけだろ? 特例として認めよう」

(やった!)


 裕真の狙い通りになった。心のなかでガッツポーズをとる。


「だが最低限の知識として、神学の勉強はしてもらう」


 そう言うと懐から一冊の本を取り出した。

 そのタイトルは『サルでもわかる、よいこのしんわ』。

 おそらくこれが授業の教材なのだろうが、タイトルからして露骨に児童向けである。

 小馬鹿にされている気がしたが、実際この世界に関して児童程度の知識しかないので文句は言えない。


「なぜ冥王様があんな姿を晒してるかも教えるぞ♪」

「……あっ、それはちょっと知りたいかも」


 ちょっとだけ学習へのモチベーションが上がった。冥王と初めて会った時から気になっていた点である。


「おいイリス、お茶とお菓子買ってきて♪ ちょっと長い話になるから」

「チーズと干し肉でいい?」


 オヤジくさいセレクトをするイリス。飲み会でもするつもりだろうか?


「シュークリームとチョコチップビスケット!!」



    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 というわけで神話の授業を受けることになった。

 裕真たちは神殿の奥にある講義室へと案内される。

 イリスとアニーは受ける必要など無いのだが、なんとなくで付き合ってくれた。部屋に入るや否や、先ほど購入してきたお茶とお菓子の準備を始める。

 講義室には黒板と、エントランスで見た彫像と同じ姿の……おそらく『七柱の神々』の肖像画が飾られていた。


「さて、異世界人。この神殿に祭られている神は分かるか?」

「……七柱の神ですよね?」

「そうだ。それでその神々の名は分かるか? 冥王様以外で」

「すいません、知りません」

「あ~……はいはい、分かった。そのレベルの知識なわけだな」

 

 リリエルは細い顎に手を当て俯いた。

 ほぼ無知に等しい裕真に向けた授業プランを頭の中で組み立てているのだろう。

 しばし沈黙した後、考えが纏まったのか顔を上げ語りだした。


「まず、ここで祭られている『七柱の神々』は、この世界『カンヴァス』をお創りになられた方々だ。……本当は100柱ぐらい居たのだが、虐殺されて七柱まで減った」


 いきなり衝撃的な話を聞かされ、唖然とする裕真。


「え……神様を虐殺って……いったい誰が」

「それはこれから説明する」



 リリエル先生は教卓の上にある指示棒を握り、それを神々の肖像画に向ける。

 そしてカンヴァスの神々を順々に紹介してくれた。


 1番目は、光の神『フォウス』

 光り輝く人型。全身が光っているので顔の形どころか体格もハッキリ分からない。

 かろうじてトーガらしき衣装を身に付けているのが分かる。

 

 2番目は、炎の神『フレア』

 燃え盛る炎の髪と赤銅色の肌、煮えたぎるマグマのドレスを纏ったグラマラスな女性。


 3番目は、風の神『バオ』

 渦巻く乱気流のような髪と仁王のような厳つい顔をした男性。上半身は裸で、逞しい肉体を晒し、下半身は雷雲に覆われている。

 

 4番目は、大地の神『マグナ』

 頭髪の代わりに垂れ下がる麦穂を生やし、咲き誇る草花のドレスを身に纏った少女。


 5番目は、海の神『マリナ』

 頭髪の代わりにイカの触腕のようなものを生やし、発行するクラゲのドレスを身に纏った少女。

 大地の神とは双子の姉妹らしい。


 6番目は、時の神『ヌル』

 タキシードとシルクハットを纏った紳士。

 他の神とは違い近代的な服装をしていることに驚くが、それより驚きなのは顔にあたる部分が黒い大穴になっていることだ。


 そして7番目、裕真も知っている闇の神にして冥府の王『ボイド』

 死人のように青白い肌、頭髪が一切無い頭、そして何故か縛られ三角木馬に跨っている、冥府で見たそのままの姿である。


 ということは他の神々も皆、絵画と同じ姿をしているのだろうか? 誇張とかイメージとかではなく。


「以上が七柱の神々だ。ちなみにフォウス様は冥王様の兄にあたる」

「光の神が兄ですか……」


 光の神は神々の中で最も格が高いらしい。なるほど冥王が怯えるわけだ。


「あの、『邪神ゾド』は神様に含まれないんですか?」

「含まない。奴は力があるだけの魔物だ」


 険を込めた表情で吐き捨てるように言った。

 やはり天使だけに邪悪な者は嫌いらしい。もちろん裕真も大嫌いである。


「次は神々がどうやって世界を作ったかを語ろう」


 リリエルは教壇から本を取り出した。教材として裕真に渡したものと同じ本である。

 こほんと小さく咳払いし、読み始める。




   ◇ サルでも分かる よいこのしんわ ◇



 昔々、神々が降臨するよりはるか昔、この世界には『混沌』のみが存在していました。


 『混沌』とは光と闇、生と死、虚と実、過去と未来といった、あらゆる要素が混ぜこぜになって一体になっている状態です


 神々はその『混沌』を押し固め、一枚の画版カンヴァスを作りました。


 次はその板に思い思いの絵を描きました。


 太陽、月、星、海、大地、人間を含む動物達……


 そして完成した一枚の絵画……


 それがこの世界、『カンヴァス』なのです。




    ー ー ー ー ー



「世界が絵画なんですか……変わった神話っすね」

「何と比べて変わったと言ってるのか分からん。お前の世界はどうなんだ?」

「……え~と、「光あれ」と言ったら光が生まれたり、ドロを槍で掻き混ぜたら日本列島が――」

「……なんだそりゃ、絵の方がまだ説得力あるぞ」

「リリ~ 話が脱線してるわよ」

「おっと、そうだな。話を続けよう」



    ー ー ー ー ー




 神々がえがいた中で、『人間』は特にお気に入りでした。


 人間は他の動物と比べ賢く器用で、モノを作る能力があります。


 それは神々が創るモノには遠く及ばないものの、時に神々も想像していなかったモノを作り出し、楽しませてくれたからです。


 ですが、そんな人間に対し不安を抱くようになりました。


 なぜなら人間が神々を模倣し、『魔法』を使うようになったからです。




    ー ー ー ー ー



「この世界の魔法って、元は神様が使うものだった?」

「そうだ。それを人間に教えたわけではないのに、勝手に使いだしたんだ。もちろん神の魔法に比べればハナクソみたいなものだが、その成長の速さに恐怖を覚えたんだ」



    ー ー ー ー ー




 神々は人間を恐れ始めました。


 いずれ人間が自分達を凌駕するのではないか。


 人間に取って代わられるのではないか、と。



 ですが、そんなこと誰も口に出せませんでした。


 誇り高き神が 人間如きに怯えているなど 口が裂けても言えません。



 そんなある時、事件が起きました。


 神々の1人、生命の神『アニマ』様が 人間と恋仲になったのです。



 他の神々はこう思いました。


「ついに恐れていた事が起きた!」

「魔法で洗脳されたに違いない!」と。


 神々は2人を引き離し、幽閉しました。


 そしてアニマ様の恋人を拷問にかけたのです。


「どんな魔法を使って洗脳したのか?」

「他にも使える人間はいるのか?」と。


 責め苦は千日にも及び、その結果、アニマ様の恋人は絶命しました。


 それを知ったアニマ様は 自らの喉を裂き、命を絶ったのです……



 その時になって、神々はようやく気付きました。


 アニマ様は洗脳されなどいない。本当に愛し合っていたのだと。


 神が 人間如きに恋をするなど 彼等には想像できなかったのです。




    ー ー ー ー ー



「うわぁ……胸クソわるい話ですね」

「そうだろ? だが、これからはスカッと展開だぞ」



    ー ー ー ー ー




 アニマ様が流した血は 天界から地上へ流れ落ちました。


 地上に落ちた血は海と混じり、雲になり、雨となってカンヴァス全土に降り注ぎました。


『生命の神』アニマ様の血が混じった雨……


 それを浴びた生き物達は、この世の理から外れた存在、『魔物』となったのです。


 

 誕生した魔物達は天界へと攻め込みました。


 それはまるで、アニマ様の無念を晴らそうとするかのように。



 その数は数十億とも数百億とも言われています。


 神々は強大な力を持っていましたが、数の暴力には勝てず、蹂躙されてしまいました。


 引き裂かれ、踏み潰され、食い千切られ、飲み込まれました。


 全てが終わる頃には100柱以上いた神々も、7柱にまで減ってしまいました……


 後に この出来事は『涙の晩餐会』と呼ばれ、世界最大の悲劇として語り継がれていくのでした。




    ー ー ー ー ー



「な? スカッと展開だろ? 自分ら以外を見下していた神々がケダモノ達の晩餐になるなんて、最大級の屈辱だろうな」

「天使がそれ言っちゃって良いんですか!?」



    ー ー ー ー ー




 残った七柱の神は自分自身に罰を与えることにしました。


 この世界に染み込んだアニマ様の怨念を鎮めるため。


 そして自らの愚かさを戒めるため……



 フォウス様はそらに昇り、太陽を燃やす薪となる罰を。


 マリナ様は溶岩に身を投じ、大地を内側から温める罰を。


 バウ様はその身を風に変え、雲や鳥を運び続ける罰を。


 マリナ様は海の泡となり、水の汚れを清める罰を。


 マグナ様は作物へと姿を変え、生き物たちの糧となる罰を。


 ヌル様は時の狭間に飛び込み、彷徨い続ける罰を。


 ボイド様は三角木馬に跨り、その痴態を晒し続ける罰を。



 こうして神々は長い長い苦役に入ったのです。


 いつか全ての罪が許される日が来るまで。

 

 地上と人類を見守りながら。




  ◇ ◇  お わ り  ◇ ◇




「一人だけ罰の方向がおかしい!!」


 つい反射的にツッコミを入れてしまった。授業中であるのに関わらず。

 しかしリリエルはそんな彼を咎めたりしなかった。このような反応になると分かっていたので。


「ボイド様は冥界の管理という役目もあるからな。ある程度仕事が出来る状態じゃないと、地上が亡者で溢れてしまう」

「あの体勢で冥界の仕事も……そう考えると、ちょっとだけ同情する。ちょっとだけ」

「ちなみに神々が自身に課した刑期は100万年。『涙の晩餐会』から まだ7千年しか経っていない」

「あと99万3千年!?」


 とんでもないタイムスケールに仰天する。

 100万年という時間を地球に当てはめるなら、大陸から日本列島が分離し、ホモ・エレクトゥスが現在の人類に進化するぐらいの時間である。

 このカンヴァスが約100万年後にどうなっているのか、まるで想像ができない。


「そんなに? その間、世界はどうするんです!? 邪神に滅ぼされてもいいんですか!?」

「神々にとってはアニマ様の怨念を沈める方が重要なんだ。……たとえそのせいで今の世界が滅んでもな」


 そんな馬鹿な、世界が滅んだら神だって終わり……

 と思ったところで神話の冒頭を思い出した。

 彼らは世界が誕生する前から存在していたのだった。世界の滅亡と神々の滅亡はイコールではないのだ……。


「最悪、滅んでも新しく創り直せば良いと考えてる?」

「かもしれんな。ただ今の世界を見捨ててるわけじゃない。罰を受け自由に動けない状態でも、出来る範囲で救おうとして下さる。そう、『勇者』を召喚したりな」

「勇者?」

「君のことだ。神から力を与えられ召喚された者をそう呼んでいる」


 自分が『勇者』って……勇敢でも何でもない、チート能力を貰っただけの高校生なのに。なんというか名前負けしてて気恥ずかしい。

 過去には自分以外にも召喚された勇者がいたらしいが、その名に恥じぬ人達だったのだろうか?


「俺より前に召喚された勇者って、どんな人達だったんです?」

「わからん。ほとんど記録が残っていないからな」


 残っていない? 裕真は首を傾げた。


「なんでです? 世界を救ったんでしょう?」

「勇者は基本的に存在を隠し、秘密裏に行動するからな。敵に知られると暗殺や妨害の恐れがあるから」

「ああ……、冥王様もそんなこと言ってました」

「あと、勇者のチート能力を私利私欲で利用しようとする輩も出るしな」


 じろりとリリエルに睨まれ、思わず後ずさるイリス。


「わ……私は邪神討伐を手伝うかわりに、ちょっと力を貸してもらうだけよ? ギブ&テイクの関係!」

「まぁいいけど。やりすぎると冥王に目を付けられるから気をつけろよ。直接天罰は下さないにしても、死後の安息は無くなると思え」


 とは言うものの、元よりイリスが悪事を働くなど思っていない。ちょっとした注意喚起である。


「それに神々からしても『勇者召喚』はあくまで特例措置。あまり当てにされても困る。だから使命を終えた勇者は、黙って元の世界に帰るのが慣例になっている」


 人知れず事件を解決して、人知れず静かに去るのか……。

 だからほとんど知られていない、ということらしい。

 自分が抱いていた『勇者』のイメージとだいぶ違った。忍者とかエージェントとか呼んだ方がしっくりくる。


「なるほど……理屈はわかりますけど、世界を救ったのに名前すら残らないのは可哀想では?」


 今まで静かにお茶していたアニーが口を開いた。勇者の話題に興味を持ったらしい。


「そうでもない。任務達成後には特別なご褒美を貰えるからな。名声と引き換えにしても有り余るようなやつ」

「というと、具体的には? ユーマさんはヒャクオクエン……お金らしいですけど」

「それもあるし、不老不死とか、死んだ家族の蘇生とか、過去に遡って人生のやり直し、なんてのもある」

「へぇ……そんなものまで……」


 裕真は100億円を約束されたが、変えて貰うことは可能なのかと暫し考えた。

 ……が、しかし、今のところ100億円以上に欲しいものなど思いつかないのだった。


「以上で授業は終了だ。後は自分で本を読むなりして勉強してくれ」

「あ、はい! ありがとうございます! おつかれさまでした」


 どうやらこれで終了らしい。本の読み聞かせだけで終わったことに拍子抜けするも、少し安堵する。

 大きな声では言えないが、裕真は勉強が苦手だ。テストで筆記問題とか無くて良かった……



「あ、本日の授業料は10万マナになります。それで今日から君も神官だ」



 ……日本円にして約1,000万円!


 衝撃のあまり、口から「ひぇっ」と声が漏れた。


「ちょ……ちょっと! ぼったくりすぎでしょ! 1時間程度の講義で!!」

「何を言う! それで5年間の修行がチャラになるんだぞ!? タイムイズマネー! 断然お得!!」


 イリスの当然の抗議を、頑として跳ね除ける天使。

 困惑する裕真達。せっかく用意した軍資金の4分の1以上を使えというのか……。

 しかし「それがイヤなら5年間修行なっ!」と言われても困る。

 ここは時間をお金で買ったと思って、素直に支払うべきか……。


「あ、回復系の魔道具も売ってますから、ついでに買っていって下さいよダンナ~。お安くしときますよ?」


 なんとも商魂たくましい……。

 この街の一等地に立派な神殿を構えられる理由が分かった気がする。





【RESULT】 本日のお買い物


神官の資格

   10万マナ


ヒーリングの杖(上質品)

   3万マナ


ホーリーアンク(呪殺耐性装備) 3人分

   6,000マナ


書籍『サルでもわかる、よいこのしんわ』

   0マナ (サービス)


ぼったくられた思い出

   PRICELESS





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