第10話 忘れられない夜


「そんな! ボッタクリすぎです!! 1,000マナ(約10万円)が相場なのに!!」


 アニーは目を見開いて叫んだ。

 このシノブと名乗る男は瀕死のイリスを救うのに必要な『全快ポーション』を100万マナ(約1億円)で売ろうとしている。

 市場価格の千倍。法外な額である。


 だがシノブは、憤る彼女を涼しい顔で受け流す。


「これはポーションの値段じゃない、君達の友人の命の値段だ。ビタ一文負からんだろ」


「はぁ!?」「ええ……」


 アニーと裕真は顔を見合わせ絶句した。

 この男は冗談とかハッタリとかではなく、本気で100万マナを要求している。

 おまけに何やら説教めいたことまで言い出した。

 だがしかし……今この場でポーションを売ってくれるのは、この男しかいない。

 いっそ力尽くで奪おうかとも考えたが、ポーションの瓶はガラス製、取っ組み合いでもしようものなら容易く割れそうだ。

 買わないと、イリスは死ぬ。

 そういう意味では確かに命の値段だ。彼女を救えるなら100万マナなど惜しくはない。

 ただし、そんな大金を持っていればの話だが。


「待って――いや、待ってください ! そんな大金、持ち合わせが――」

「わ……私の“魂”でお支払いします!こう見えて私は才能がある方です! 高値が付きますよ!」

「は!? 魂って売れるの!?」


 “魂を売る”

 日本では自身の良心やら尊厳やらを犠牲にして利益を得ることの比喩だが、この世界では文字通りの意味で売却できるのだろうか?


「ああ、はい、後で説明しますから」


 今そんなこと聞くなよ、と言いたげな眼差しを向けられ、裕真は首をすくめた。

 そう、今は一刻を争う状況である。悠長に質疑応答している時間はない。


「それは『魔女銀行』のことだろ。あそこは客の“魂“を担保に金を貸してくれる」


 だがアニーの代わりにシノブが答えてくれた。

 さすが異世界、銀行もファンタジーだ……などと関心している場合じゃなかった。


「それなら俺の魂を担保に!! ええと……詳しく説明できないけど、俺の魂は100万マナの勝ちがあると思う!!」


 などと言ってはみたものの、裕真の目が泳ぐ。

 自分の魂にそれだけの価値があるか自信が無かったからだ。

 冥王から授けられたチートの分も査定に含まれるだろうか?


「ふむ、なんであんたはその娘のために魂を? 出会ってほんの数日だろ?」


 シノブの問いに対し、今度は迷いのない真っ直ぐな目で答えた。


「イリスはこの世界で一番の恩人だから ! イリスと出会ってなければ、自分は異世界で一人ぼっちだった……今でも暗い森の中を彷徨っていたかもしれない。……恩人のために命をかけるのはおかしいですか?」

「……いいや、何もおかしくない」


 シノブは微かな笑みを浮かべ、「ほれ」とポーションを手渡した。


「魂を売る必要はない。金はある時に支払ってくれればいい。 あんたの力ならすぐ稼げるだろ?」

 

 あんたの力……?

 この男は、自分がナッツイーターを倒す場面を見ていたのか !?


「見てたの!?」

「なにかマズいか? 若い割には見事な狩りだったが」

「……あ、いや、なんでもないです」


 先程の自分の戦いを思い返した。


 消費したMPは数百程度。それは常人を超えた力ではあるが、この世界の人類の範疇から逸脱したものではない。上位のハンターにはそれぐらいのMPを持つものがざらにいる……とイリスに聞かされていた。

 まさか自分が冥王から100万MPを与えられ、邪神討伐を命じられました……など知りようがないだろう。


 裕真はアニーにポーションを渡し、治療を任せることにした。使い方が分からないからだ。

 早速アニーは昏睡状態のイリスの口にポーションを含ませる。

 するとイリスの体が淡い光に包まれ、あっという間に腹部の傷が塞がる。

 先程まで苦悶の形相を浮かべていたイリスが穏やかな表情になり、安らかな寝息を立てた。


その光景に裕真は「おお……」と感嘆の声をあげた。

 すぐに治るとは聞いていたが、実際その目で見るとやはり驚く。地球の常識では考えられないスピード治療である。


 少女の治癒を見届けたシノブは「それじゃあな」と言って去ろうとする。


「あっ ! いいんですか? 証文とか無くても」

「かまわん。俺はあんた達を信用すると決めた。仮に踏み倒されたとしても、俺に見る目が無かっただけってことだろ」


 その言葉に裕真は口をへの字に曲げた。少年のささやかなプライドが刺激されたのだ。何が何でも100万マナを支払い、鼻を明かしてやろうと決意する。


「……ああ、そうそう、一つ忠告しておく。『全快ポーション』を持った誰かが都合よく通りかかるなんて幸運、二度と起こらないと思った方が良いだろ。常識的に考えて」

「あ、はい……、肝に銘じておきます」

「……あとな、言いたい事はしっかり言っとけ。 相手が先輩だからって遠慮しちゃダメだろ。人は誰だって間違いをする、だからこそ意見を出し合って議論する必要があるんだろ」


 シノブの指摘にギョッとした。

 思い当たるのは錬金術店でのやり取り、全快ポーション無しで狩りを強行しようとしたイリスを止められなかった件だ。

 なぜそのことを知っている? あの時、店にいたのか?

 

「……ああ、それともうひとつ。ナッツイーターぐらいの魔物になると肉片でも良い金になる。抜け目なく稼いで早く100万マナを支払ってくれよ」


 そう言うと、今度こそ本当に立ち去った。

 その背中を呆然と見つめる裕真たち。


「あの人、なんだったのだろう……。親切なのか不親切なのか分からん……」


 こちらの弱みに付け込んで金儲けするつもりなのかと思いきや、支払いは何時でも良い、証文もいらん、ときた。

 いったい何がしたかったのか……なんとも不思議な気持ちにさせる男だった。


「ええ……、一つだけ忠告と言いながら、三つ忠告してきました」

「気にするとこ、そこ?」




    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




    【 おおとり亭 】



「かんぱーい!」「かんぱーい!」

.

 ドゴラビールが注がれたジョッキを勢いよく掲げ、景気よく打ち鳴らす裕真とアニー。


「おつかれさま…… 」


 その一方でイリスは弱々しく呟き、弱々しくジョッキを掲げた。


 ナッツイーター戦が終わった翌日。

 裕真達はギルドからナッツイーターの賞金と、その肉片の売却金を受け取った。



【 ナッツイーターの素材 買取価格 】

ナッツイーターの牙 5,000

ナッツイーターの爪 3,000

ナッツイーターの魔石 10,000

ナッツイーターの睾丸 72,000

その他、肉片10Kg 1,000



 賞金30万マナと併せて、計39万1千マナ(約3,910万円)の稼ぎである。

 裕真はもちろん、アニー、イリスも初めて見る大金。大成果である。

 これはもう飲むしかない! ということで馴染みの『おおとり亭』で祝杯を挙げるのだった。


「いや~、本当に肉片でも高く売れたな! でも何に使うんだろ?」

「牙や爪は武器や工具に、肉片はポーションの材料とかにします。まぁ無駄に栄養ありそうですもんね。頭無くても動くくらいですから」

「マジか……」


 ではイリスの危機を救った全快ポーションも、何らかの魔物が原料になっているのか……

 人の命を奪う魔物から、人の命を救う薬を作る……

 なんというか、生命の循環とかそんなものを感じられて趣深い。


「特に睾丸は貴重な薬の原料になるとか」

「うわぁ……どんな薬か知らないけど 飲みたくない……。数多の男達を犠牲にして育った玉じゃん?」

「でもそれが精力剤だったら? 股間のキノコがギンギンですよ?」

「いや、いらないって! ギンギンになられても困るし」


 星野裕真15才。まだ精力の枯渇に悩んだことはなく、むしろ持て余している時期である。


「………」


 ふとイリスの方に目をやる。彼女は未だ俯いたままだ。

 自分のせいで100万マナの借金を背負ったことを気にしているのだろう。

 そんな彼女に気を使わせないよう、二人は務めて明るく振舞ってたのだが……


「みんな! 本当にゴメン!! 私のせいで100万もの借金を背負わせちゃって……」


 皆の気遣いを察したイリスは、心底申し訳なさそうに謝った。


「別にイリスのせいじゃないって。頭吹っ飛ばしたのにまだ動けるなんて、誰にも予想出来なかったし」

「いいえ……お姉ちゃんがよく言ってたわ。“魔物に常識は通用しない、想定外の事態が起きるのを想定しろ ”って……。 なのに私ったら浮かれて油断して……」

「も〜、イリス〜、助かったんだから良いじゃないですか。ささ、飲みましょ」

「そんな優しい言葉ばかりかけないでよ…… 叱ってくれないと逆に辛いわ!!」


 ついにイリスの涙腺が決壊した。

 人目もはばからず、幼児のようにわ〜っと泣き出す。

 困惑し、溜息をつく二人。

 幸いというか、酒場ではよくあることなのか、周囲の客は大して気にしていないようだ。


「……じゃあ、ひとつだけ聞かせて欲しい。イリスは何か焦っているように見えたけど、なんでなのさ? Sランクハンターになりたいっていうのと関係あるのか?」


 その質問を聞き、イリスは少し冷静になった。涙を湛えたままの瞳を裕真に向ける。


「その……笑わないで聞いてくれる?」

「もちろん!」


 力強い返答を受けたイリスは、意を決して語りだした。


「私、『ハンターの学校』を作りたいの…… 作るといっても個人で私塾を開くって話じゃない、国の制度として、公共機関として『ハンターの学校』を成立させたいの」

「国の……制度?」

「今のハンターってどうやって狩りの技術を学ぶと思う? 基本的に先輩ハンターに弟子入りして学ぶのよ」


 なるほど、職人さんみたいな感じなのか、と裕真は一人で納得する。

 

「でも誰もが真面目に弟子を育てる訳じゃない。相手の立場の弱さに付け込んで好き勝手する輩もいる。奴隷みたいにコキ使ったり、ストレス解消のサンドバッグにしたり、狩りの囮にしたり、その……性的なことをしたり……」


 ああ、地球でも似たような話があるなぁ……と、ニュースやSNSで知った様々な事件を思い出す。

 部活や職場でのパワハラ、相撲部屋での“かわいがり”、某芸能事務所の性的虐待とか……。


「私とショウコが弟子入りしたハンターは 特に酷かった…… そもそも私達をハンターにする気なんて無く、奴隷として売り飛ばそうとしてたのよ。」


 パワハラどころじゃなかった。

 奴隷制とかあるの?という疑問も浮かんだが、話の腰を折るので今は飲み込む。

 

「その危ない所を私達の師匠……トーリお姉ちゃんが助けてくれた。悪徳ハンターを倒して、私達を引き取ってくれたの。お姉ちゃんは厳しかったけど優しかった。とても良い師匠だったわ……。でも、そのお姉ちゃんも“クジラ狩り“で命を落とし、私達はまた師匠を失った」


 捕鯨中に死んだのか……と裕真は“誤解”した。

 “クジラ”とはハンターの業界用語であり、賞金100万マナ越えの魔物、ビッグターゲットのことを射すもので、海にいるくじらのことではない。

 この誤解が解けるのは、もう少し後の話である。


「その時になって気付いたの。お姉ちゃんと出会えたのが、どれだけ幸運だったのか。ハンターを目指す子供が、マトモな教育を受けるのが如何に難しいか……今でも悪いハンターに苦しめられてる子はいっぱいいる。ハンターになりたいという夢を食い潰されている子供たちが」


 一通り語り終えると落ち着いたのか、イリスの涙はもう引いていた。景気づけにドゴラビールを豪快に煽る。


「だから学校を作って、皆がマトモに教育を受けられるようにしたいと……なるほど、焦る気持ちも分かる。今こうしてる間にも子供たちが奴隷にされてるかと思うと――」

「あっ……念の為に言っとくけど、そこまでする外道は滅多にいないから!」

「ハンターはそこまで悪人ばかりじゃないですよ!?」


 現役ハンターの少女二人が慌てて弁護する。

 業界の暗部を色々語ったが、それでも彼女達は自分の職に誇りを持っており、あまりハンターを悪く思われたくないのだ。


「ああ、うん。……学校を国の制度にしたいってのも、自分が死んだ後も学校が続くようにする為だよね?」

「……そう! そうよ!! 分かってるじゃない! それを全世界に広めたいの!! その為には地位と名声がいる。各国のトップが私の話に耳を傾けてくれるだけの……“あのイリスが言う事だから間違いない!”となる説得力が!」

「それを得る方法が『Sランクハンター』な訳か」

「まぁ、我ながら馬鹿馬鹿しい夢だとは思うけど……」


 と言うと、また顔を伏せてしまった。

 過去、同じように夢を語った結果、まともに相手にされず揶揄われた経験を思い出してしまったのだ。


「いいや! そんなことない! 立派な夢だ!!」


 裕真は勢いよく立ち上がる。


「子供たちが救われるだけじゃない! ハンターの数が増えれば魔物も減る! 魔物の被害に遭う人も減るし、人の往来も活発になって、経済も潤う!! 豊かになれば不幸な子供も更に減る!! みんな幸せになる素敵な夢だ!」


 ……などと一通り語ったあと、ふと我に返った。視線を向けると女子2人がキョトンとしている。

 しまった、柄にもなく熱くなりすぎたか……すべてはドゴラビールのせいだ。


 だがしかし、それは呆れられたのではなかった。

 

「ゆ……ゆ〜ま〜〜〜っ!!! 我、終生の友を得たり!!!」


 イリスがまた泣き出す。ただし今度は感激の涙である。

 そして勢いよく裕真に抱きついた。酒臭い。


「ちょ! 大袈裟な……もう酔ったの?」


 女子に抱き着かれるなど初めての経験だ。柔らかな感触と体温に顔が熱くなる。


「凄いですね、ちょっと聞いただけでそこまで分かるなんて……。向こうの世界じゃ学者だったのですか?」

「え……いや……色々勉強はしたけど、学者ってほどじゃ……」


 アニーの賛辞にちょっと後ろめたい気持ちになった。

 先ほどの発言は社会の授業で習った事をそれっぽく並べただけで、日本の、真面目に勉強している高校生なら誰でも言える程度の知識だ。裕真が特に賢いわけではない。


「よう、もう出来上がってるようだが……。ちょっといいか?」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえる。

 振り返ると、先日ナッツイーターの被害にあったマークがいた。


「マーク!? あんた、もう動いて大丈夫なの?」

「ああ、おかげさまでな……。その……イリス、あんたに謝りたくて来たんだ」

「お礼ならユーマに言ってよ。 私は見てただけだし」

「いや、そのことじゃなく……今まで散々馬鹿にしたのを謝りたくて」

「……え? そっち?」


 予想外の返答にイリスは目を白黒させた。


「すまねぇ……俺はあんたに嫉妬していたんだ。俺には『Sランク』を目指せるような才能は無いからな。だからつい、あんなことを……」


 戸惑うイリス。自分が知るマークという男は、なにかにつけて人を小馬鹿にする意地悪なウザい奴だった。それが急に謝罪だなんて、いったい何があったのか?


「ちょ……ちょっと、急にどうしたのよ? まるで別れの挨拶じゃない !」

「ああ、別れの挨拶さ。俺、ハンターを引退して、嫁の実家で働く事にした。タマ無くして帰ったら、嫁に散々泣かれてな……もう危ない事はしないでって……」


(そら泣くわ……)


 裕真はマークの奥さんの心境を自分に置き換え想像してみた。家族が仕事で体の一部を欠損しました、などとなったら、自分も同じことを言いそうだ。


「まぁ良い切っ掛けだよ。俺も自分の限界が見えてたし、ガキの為にも堅実に生きるのが一番さ」

「そ、そう……。なんて言っていいか分からないけど……その……お元気で」


 しんみりとした空気が酒場に流れた。

 割り切ったかのように振る舞うマークだが、その声や表情から無念さが滲み出ている。

 彼もまたイリスと同じく、ハンターという職業に誇りを持っていたのだろう。

 そしてそれを辞めるのは苦渋の決断だったのだろう……


「マークさん、飲みましょう! 今夜はおごりますよ!!」

「……え?」


 急な申し出に、今度はマークが戸惑った。

 裕真も少し急だったかな? と若干気まずくなる。

 だがそれでも裕真はそうしたかった。

 ハンターの先輩に敬意を表して、せめてハンターとしての最後の日が楽しい思い出になるようにしたかったのだ。


「いや、いいよ……俺、あんたらに迷惑しか掛けてないのに……」

「何しおらしいこと言ってるのよ! いつも絡んできた図々しさはドコに行ったの? 最後なんだし、ぱ~っと飲みましょう♪」


 イリス、裕真の意を汲み、自分からも酒席に誘った。


「イリス…… す…すまねぇ……いや! ありがとう!!」


 後輩たちの好意に目頭が熱くなる。

 そしてそれは後悔の涙でもあった。自分がつまらない嫉妬などに囚われなかったら、この気の良い後輩達ともっと仲良くなれただろうに……と。


「あははっ それは良い! 皆さんにも奢りますよ~♪」


 アニーは高らかに“お大尽”を宣言した。


「お大尽だ!!」

「ふとっぱら! !」

「ゴチになります!」


 酒場全体から歓声が上がる。他人の金で飲む酒ほど美味いものはない。


「ボクも御一緒していいかな?」


 その声に一瞬店内が静まり返った。

 酔客達の視線が店の入口辺りに集中する。

 何事かと裕真も目を向けると、そこには一人の逞しい青年がいた。


 彫りの深い整った顔立ち、上品なシルクのシャツの上からでも分かる引き締まった筋肉、まるでハリウッドのアクションスターのようだった。

 いったい何者なのか?と疑問に思ったが、尋ねるまでもなく客達が答えてくれた。


「あ……あれはデュベルさんじゃないか!?」

「あのAランクハンターの!?」


「……え!? あの人がデュベル!?」


 裕真はその名に聞き覚えがあった。

 ナッツイーター(討伐レベル40)より強い魔物、『トロル・キング(討伐レベル50)』を倒したというハンター……。

この人がそうなのか。言われてみれば納得、いかにもツワモノ、英雄という感じの人物である。


「やぁ、はじめまして。君と同じハンターをしているデュベルという者だ。君がナッツイーターを倒したユーマ君だね?」

「あっはい! はじめまして! 俺が裕真です!」


 裕真は恐縮した。自分のようにチート能力を授かったわけではない“本物のハンター”が目の前にいる事実に。

 もちろん裕真は何も悪くないのだが、本来ならこの人のような凄腕ハンターが狩るはずだった獲物を、ズルチートして横取りしてしまったという後ろめたさがある。


「今日は君にお礼を言いたくて来たんだ。 『トロルキング』を倒した後、『ナッツイーター』がナワバリを広げる事まで読めていなかった……。そのせいで犠牲者を増やしてしまい、非常に心苦しかったんだ」

「ああ……」


 マーク以外に数人の死者が出ていたことを想い返す。

 もしあの場に裕真たちがいなければ、更に犠牲者が増えていただろう。


「図らずも君に尻拭いをさせてしまったね。誠に申し訳ない」


 そう言うとデュベルは深々と頭を下げた。


「いやいやいや! そんなのデュベルさんのせいじゃないですよ!!」

「それに気づかなかった私ら全員、同罪になっちゃいますよ!!」


 イリスとマークが慌ててフォローする。二人が言う通り、裕真たちはもちろん、ハンターギルドにとっても予想外の出来事だった。

 マイラ近隣の魔物達は、長年ナワバリを変えてこなかった。それが当たり前だと思い込み、完全に油断していたのだ。


「そういえば被害にあった人で、生存者がいると聞いたのだが……」

「あ、それ俺です……」


 マークはおずおずと名乗り出た。

 局部を食い千切られたなどあまり知られたくないのだが、英雄的なAランクハンターに尋ねられて嘘などつけない。 


「そうか、君か! 会えてよかった!! 良ければ、これをどうぞ」


 そう言うとデュベルは瓶を手渡した。

 その瓶は表面に複数の頭を持つ蛇(ヒドラという魔物)の彫刻が施された、いかにも高級そうなものだった。


「こ… これは『再生ポーション』!?」

「……え!? それが!?」


 裕真の記憶が正しければ、それは肉体の失われた部位を再生するポーション……超貴重品だったはず。


「まさかくれるのですか!? ここここんな高価な物を……」

「ああ、念の為にと用意してたのだけど、ボクより君にとって必要だと思ってね」


 さも当然と言わんばかりに、爽やかな笑みを浮かべるデュベル。


「高価ってどれぐらい?」

「安くても10万マナ(約1千万円)は下らない代物ですよ……」

「マジで!?」


 先日命を賭けて得た報酬の、約四分の一……

 そんな高価な品、仲間ならともかく、初対面の人に譲るのは裕真でも躊躇う。

 だがデューベルは特に気にした様子もなく言い切る。


「薬もお金も溜め込んだって仕方ない。必要な時に使わなければ、逆にもったいないだろ?」

「あ……ありがとうございます!! 一生……一生恩に着ます!!」


 感涙するマーク。これで妻に寂しい思いをさせないで済む……。

 ちなみに局部が再生したとしてもハンターを続ける気は無い。今度は命を取られるかも知れないし。


「……おっと、ボクから貰ったとか言いふらさないでくれよ?  ボクでも簡単に用意出来る物じゃないからね」

「え…… それはもう手遅れ ――い、いえ! 俺は絶対に言いません!!」


 隠そうにも周囲には沢山のギャラリーがいて、今のやり取りを見られている。

 この人、ちょっと抜けてるところあるなぁ……とマークは思ったが、そういう点も親しみやすさを感じられ、彼への評価を損なうことはなかった。


「高価で貴重な薬を、惜しげもなくポンと……慈善家というのは本当だったのですね」

「なんて器の大きい人だ……」

「こんなに素晴らしい人を私は邪魔者扱いしてたなんて……。おいは恥ずかしか! 生きておられんでごっ!!」

「イリスどん! 学校作る夢は!?」


 なんか切腹しそうな勢いのイリスを押し留める。この酔っ払いめ。


 その一方、マークはさっそく『再生ポーション』を服用した。

 あの時のイリスと同じように全身が淡い光に包まれる。

 しばらく呆然とした後、お手洗いに駆け込んだ。喰われた部位が再生したのか確認しに行ったのだ。


 それからしばらく……


「うおおっ ! ホントに再生した!  復活! キ〇タマ復活!! お見せ出来ないのが残念です!!」


 歓喜の叫びと共に戻ってきた。

 以前ギルドで出会った時の……いや、それ以上のテンションだった。

 その様子に裕真も嬉しくなる。奥さんも安心するだろう。


「ほんとか~ ほんとに再生したのか~」

「ちょっと見せてみろよ~」


 酔っ払い女子二人、悪ふざけモードに移行する。

 ゲッゲッゲッと下品な笑いをしながらマークを取り囲んだ。


「きゃ~! チカンよ~!! 誰か男の人呼んで~!!」


 マークは女子のような甲高い声を上げ、おどけてみせた。

 周囲からワハハと笑い声。裕真も笑う。


「お客様~、当店は飲食店ですので、チカン行為はお控えください~」


 迷惑なチカン達を諌めるべく、店主の雲雀ひばりさんが登場した。


「アッハイ! ごめんなさい!!」

「アッハイ! 申し訳ありません!」


 雲雀さんの手にはなぜか包丁が握られていた。料理の途中だったのだろう。おそらく。


 その後も馬鹿騒ぎは夜更けまで続いた。

 裕真はなんとも言えないむず痒い気持ちになった。最初はマークのことを嫌な奴だとしか思っていなかったのに、今はこうして打ち解け、談笑したりビールを飲み交わす仲になったのだから。

 嫌な奴だと感じたのは彼の一面に過ぎず、分かり合えば良い面も見えてくる。

 なんというか、人との交流の大切さ……みたいなものを学んだ気がした。

 

 この日の夜はマークのみならず、裕真にとっても忘れられない思い出になったのだった。




 そう、忘れられない思い出に……





 ─── 翌日の朝 ───



 マークは路地裏で、遺体となって発見された。


 何者かに心臓を刳り貫かれた無残な姿で……


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