第8話 ナッツイーター 前編
【 宿屋 おおとり亭 】
オオネズミ退治を済ませた翌日。
おおとり亭の一階酒場で朝食をとる裕真の元にイリスとアニーが訪れた。
「おはよう、ユーマ!」
「あ、おはようイリス、アニー。二人とも早いな、俺はついさっき起きたばかりなのに」
「私達は割と早起きな方だから。ところで昨日はかなりMPを使わせちゃったけど……どう? 調子は?」
「それなら、もうすっかり回復したよ」
そう言うと裕真はスマホを取り出し、画面を見せる。
【 MP 1,000,000/1,000,000 】
画面には裕真のMPが数値として表示されていた。冥王から貰った便利機能である。
「へぇ、凄いですね…… 昨日1,000MP以上使ったはずなのに一晩で全快ですか」
昨日、勇気が消費したMP内訳はショックボルトに1,100、マジックバッグに100、計1,200MPになる。
「そんなに凄いの?」
「凄いですよ! 私の何十倍ものMPが一晩で回復なんて!」
そう言うアニーのMPは「30」。
生来の魔法の素質と本格的な魔術修行、更に『精霊の加護』を受けてようやくこの数字である。
自分がいくら修行しても辿り着けない境地にいるのに、それを自覚していない裕真に少し苛立ってしまった。
「ちょっとアニー…… 声が大きい」
ヒートアップした相棒を窘めるイリスのMPは「20」
彼女の場合は生まれつきの資質と『精霊の加護』でこの数字だ。
ちなみに素質も修行も精霊の加護も無い一般人のMPは、たったの「1」である。
「普通はそんなもんなのか……貰った時はピンとこなかったけど、MP100万って本当に凄いんだな」
「はぁ……ピンと来ませんか……。本当に魔法の無い世界から来たんですね」
あっけらかんと言う裕真にアニーは毒気を抜かれた。
「例えるなら冥王様から毎日100万マナ(約1億円)のお小遣いを貰ってるようなものね」
「その例え 分かるけど気持ち悪いからやめて……」
鳥肌が立った。冥王のお世話になってるのは間違いないのだが……
「……そういやMPって、寝る以外の回復方法ってあるの?」
ふと浮かんだ疑問を口にする。初期装備として傷が治るポーションは貰ったが、MPを回復させるアイテムはなかった。
この世界には無いのだろうか? 超有名RPGに登場する『エーテル』とか『エルフの飲み薬』みたいな物は。
「え? それならもう持ってるじゃない。……ああ、冥王様から教わってなかったのね。マナ硬貨がそれよ、これを食べるとMPが回復するの」
「……え? これ食べられるの?」
マナ硬貨が魔力の塊ということは聞いていた。それを使って浴場の湯沸かし器を動かしたこともある。
だが人間が直接食べて使う物だったとは思わなかった。透明なプラスチックみたいな硬貨は飴のように見えなくもないが、触っても溶けないし匂いもしない。
「お湯で煮ても火で炙っても溶けませんが、口に入れた時だけ溶けるように作られているのです」
アニーはマナ硬貨の種類についてざっくり説明してくれた。
一般的に流通しているのは1マナ、10マナ、100マナ、そしてそれらの硬貨を半分に割ったハーフコイン(0.5、5、50)の6種類なのだそうだ。
他にも高額取引用に1万マナ、10万マナといった特別な硬貨もあるそうだが、それらを扱うのは貴族や大商人ぐらいで庶民が目にすることはまず無く、イリスとアニーも見たことがない。
ちなみに0.5マナ(約50円)以下の取引はどうしているかというと、各国が独自に発行している地域通貨(銅貨、青銅貨、鉄貨、塩貨、紙幣、貝殻など)を使用している。
「なるほど~、これでMP回復できるから誰でも簡単に魔法を使えるって訳か」
「そうです、魔法は戦闘だけでなく生活にも欠かせません。部屋に明かりを灯したり、暖炉やかまどに火を付けたり、食品を保存したり――」
ここで二人が言う「魔法」とは魔道具のことを指している。この世界の大半の人は、裕真と同じように魔道具無しでは魔法を使えない。
おおとり亭の湯沸かし器のように直接マナ硬貨を投入するタイプもあるが、ほとんどの魔道具は使用者のMPを動力源としている。
一般人のMPは1程度だが、それでも家庭で使うには十分な出力の魔法が使える。そしてマナ硬貨さえあれば即座に回復し、何度でも使用可能という訳だ。
「もしかして100万マナあれば誰でも俺と同じこと出来る?」
「どれだけマナを食べても最大MPは増えないわ。例えば私が100マナ食べても最大で20しか吸収できない」
「食べ過ぎた分はウ〇コになって出ちゃいますね」
唐突に下品な単語を口にしたアニー、ふひひっといたずらっぽく笑う。朝食中になんて話をするんだ。
ちなみに今朝のメニューはビーフシチューである。
「そ……そうか、もったいないな」
「まぁ食べ過ぎた時は出ちゃう前に使い切れば良いのよ」
「それはつまり、最大MPは増えないけど、お腹にマナは貯めておけるってこと?」
「そうよ、さっきの例えで言うと私はお腹に80マナ残ってるから、魔法を使ってMP減っても80MP分まで回復するってわけ」
それは凄く便利だと素直に感心した。戦闘などいちいち薬を飲む余裕が無い時でも、マナ硬貨ならあらかじめ飲んでおくだけで自動で回復してくれるのだ。
口の中でしか溶けないのも併せて凄い技術である。いったいどんな天才が発明したのだろうか?
「あ、でも際限なく貯められる訳じゃないわ。体内にマナを貯めすぎると健康に良くないから。例えば腹痛を起こしたり――」
「ウ〇コが止まらなくなっちゃいますね」
「ウ〇コウ〇コうるさい!」
裕真、朝食中である。
「……えーと、安全な量は自分の最大MPの10倍まで、と言われてるわ」
「俺なら1千万?」
「……いや、どうかな? あんた色々とイレギュラーだし」
「まぁ、どのみちそんな大量のコイン食えないか。どれ、試しにひとつ……」
ポケットから1マナ硬貨を取り出し、ひょいっと口に放り込む。
すると淡雪のようにあっさり溶けていく。味はしない。
「おお! 本当に口の中で溶ける!」
「あっ」「あっ」
小さく声を上げ、困惑の表情を浮かべる二人。
「どうかした?」
「……いや、硬貨って色んな人が手に触れてるじゃない? 直接食べたらバッチイわよ?」
「普通、消毒してから服用します……」
それを聞いて裕真は目を丸くした。そういえば地球でも親や先生に似たような注意をされた気がする…… 硬貨はバッチイので口に含んではいけません!と。
「おふっ」と
【 おおとり亭 裕真の部屋 】
朝食が終わったあと、裕真が借りている部屋で話の続きをする事になった。
「昨日は『ナッツイーター』を狙うって言ってたけど、そいつはどんな魔物なのさ」
「巨大なリスの化け物よ。好物は人間のキ〇タマ」
「ええ……」
異常な生態にドン引きする裕真。一方イリスはそんな反応になると分かっていたので、気にせず説明を続けた。
懐から一枚の紙を取り出し、テーブルに広げる。件の魔物の指名手配書だ。
【 狂獣属『ナッツイーター』 討伐レベル40 賞金300,000マナ 】
「生息場所は南西にある『クルミの森』。目にも留まらぬ速さで近づいてきて、一瞬でキ〇タマを食いちぎっていくそうよ」
「ちょ…ちょっと待って……。俺、そいつと戦うの嫌なんだけど……」
「気持ちは分かるけど、そいつが一番戦いやすい相手なのよ。高額賞金首の中ではね」
「??? 他の賞金首はどんな奴なのさ?」
「え~と… ギルドから貰った手配書一覧によりますと――─」
今度はアニーが指名手配書を取り出して、テーブルに広げた。その枚数は4枚。
´
①『クレイジーホーン』
討伐レベル25 賞金20万マナ
巨大な鹿の魔物。
聞く者を錯乱させる雄叫びを上げます。精神攻撃耐性が必要です。
②『ヘルハウンド・チーフ』
討伐レベル30 賞金30万マナ
火を吐く猟犬『ヘルハウンド』のリーダー。
群れを率い遠距離から火炎弾を放ってきます。
炎耐性と酸欠耐性、そして集団攻撃への対策が必要です。
③『ラビィくん』
討伐レベル35 賞金25万マナ
うさぎのぬいぐるみのような姿をした悪霊で、強力な呪殺能力を持っています。
呪詛耐性と、霊体への攻撃手段が必要です。
④『キング・マイコニド』
討伐レベル60 賞金70万マナ
マイコニドの王。
人体に寄生するキノコの胞子を放ちます。
毒耐性と寄生攻撃対策が必要です。
また素の身体能力もトロル・コング以上です。
「以上がマイラ周辺にいる高額賞金首です。これ以外は賞金1万前後の小物しかいません」
裕真は思わず「うわぁ……」と唸ってしまった。ここが魔物の蔓延る世界だとは聞いていたが、想像以上に恐ろしい生物が蔓延っている……
「なるほどね……それぞれ特殊な能力を持っているから、それに合わせた装備を用意しなきゃいけないのか……」
「そうよ、だから最初にナッツイーターを狙うの。そいつも決して楽な相手じゃないけど、物理攻撃しかしてこないから対策を立てやすいってわけ」
「その対策とは?」
「あなた(のキ〇タマ)に 囮になって貰います」
「ですよねー! そうだと思った!! だから嫌なんだよ!!」
「まぁまぁ落ち着いて。ユーマさんの圧倒的魔力ならガードできますって」
と言いつつも心の中で「多分」と付け加える。確証がある訳ではない。
「そうかもしれないけど、生理的にダメなんだよ! 巨大な獣が股間に齧り付こうとしてる光景を想像して下さい!!」
「ああ、うん…… 嫌なのは分かるけど」
興奮する裕真をどう宥めたものかと思案するイリスだったが、その必要は無かった。
一通り喚いた裕真は、席から立ち上がり窓を開け外の空気を吸い込んだ。茹った頭を冷やす為である。
「……まぁ、嫌だけどやるよ。お金は必要だし、犠牲者が増えるのは放っておけないし…… 男として」
(あら? やさしい……)
裕真の良心が、ナッツイーターの犠牲になるかも知れない人々を見過ごせないのだ。
自分には神から授かったチート能力があり、それで救える命があるのに、知らんぷりはできない。
「そ……そうよね! 放っておけないよね! それじゃ作戦に必要なアイテムを調達しに行きましょう♪ ところでお金、いくら持ってる?」
「冥王様から貰った5,000マナのうち、宿代とかで使った分引いて4,800マナ」
「私は貯金が1万ぐらいあるわ。アニーは?」
「す…すいません…… 修行帰りで、あまり貯えが……」
「あらそう? まぁ今の手持ちだけで十分ね。まず欲しいのは『全快ポーション』、ひとつ1,000マナはするけど、背に腹は代えられないわ」
「……全快ポーション? HPを回復する薬……で良いの?」
「えいちぴー……が何だか知らないけど、大抵の怪我を癒せる薬よ。千切れた手足がくっつくくらいの」
「!!! ほんとに!?」
切断された四肢の再接続、地球の医療なら大手術が必要になるやつだ。それが薬1つで解決するという……。
1瓶約10万円なんて高いなと思ったが、とんでもない! 破格の安さだ。
なお「全快」以外にどんなポーションがあるかというと、こんな感じである。
【応急ポーション】
軽傷(放っといても治る程度)を治す。
ご家庭の常備薬。
【回復ポーション】
重傷(地球では病院に行く必要がある傷)を治す。
【全快ポーション】
致命傷を治す
ちぎれた四肢も損傷が少なければくっつく。
【再生ポーション】
失われた身体の部位を再生する。
超貴重品。
【復活ポーション】
死んで数分程度の患者を蘇らせる。
AED的なもの。
以上は肉体的損傷を治すもので、これ以外にも毒や病気や麻痺や石化など、いわゆる状態異常を治したり、炎や電撃など魔法攻撃への耐性を上げるものなど、様々な種類が存在するらしい。
それにしてもMPの概念はあるのにHPは無いのは、ちょっとややこしい。
「あと私達の素早さを上げる魔道具ね。少しでもナッツイーターの速度に追いつけるようにしないと」
「出来ればユーマさんにショックボルト以外の攻撃手段も欲しいですね。ナッツイーターの素材は高く売れそうですし、爆破してしまうのはもったいないです」
「シャドウボルトじゃダメなん?」
《シャドウボルト》とは闇のエネルギーを放出し、対象の精神のみを攻撃して気絶させる非殺傷魔法だ。素材を傷つけず獲物を仕留めるには最適に思える。
「ナッツイーターは闇属性に耐性があります」
「え? そうなの?」
「はい、ナッツイーターが属する『狂獣属』は、狂って闇に堕ちてしまった獣でして、種属全体が闇耐性を持っているんです」
「他にも屍鬼、悪霊、デーモン、ドラゴン、ゴーレムなんかにも効かないわね、闇属性」
「そんなに耐性持ちがいるのか……」
「ですので、人気が無いんですよね、闇属性魔法って」
「そうか〜、良いアイデアだと思ったんだけど」
楽はできないと知り、疲労感に襲われる裕真。背もたれに寄りかかり、ダラリと腕を垂らした。
「まぁどう倒すかは状況次第ね。欲を出して怪我をしてもつまらないわ。……あ、そういえば裕真の杖、そろそろ修理が必要じゃない?」
「うん、そうだな。一応予備もあるけど、直しておいた方が良いよな」
「それじゃ錬金術店に行きましょう。……あ、錬金術ってのはアイテム作成に特化した魔術の事で、ポーションや魔道具を作ったり、魔道具の修理をしたりするの」
「ああうん、それは知ってる。冥王様から聞いから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【 錬金術店 コルネフォロス 】
イリスの提案通り、『全快ポーション』の購入とアイテムの修理を頼みに錬金術店に向かった。
この街に錬金術店はいくつかあるが、その中でイリスが選んだのがこの店『コロネフォルス』である。
開店して間もないが、評判がとても良いらしい。けっして広くはない店内だが、清掃と整理整頓が行き届いており、居心地が良い。
だがそれ以上に特徴的なのは店主だった。
引き込まれそうな大きな瞳と、背中いっぱいに広がるアメジストのような紫髪の美しいハーフエルフ、『ニーア』さんである。まだ幼さを残した顔つきから裕真と同年代に見えるが、ハーフエルフはニンゲンより長命なので正確なところは分からない。
そんな美貌の店主に修理の依頼をしたところ、細い眉をハの字にして申し訳なさげに謝られた。
「ごめんなさい、現在修理依頼がいっぱいでして……。こちらの品を修理できるのは、早くても半月後になってしまいます」
「えっ! 半月も!? 前に頼んだ時は半日程度で――」
イリスはちらりとカウンターの後ろに目をやった。
そこには修理待ちであろう品、剣や鎧や盾などの武具系魔道具がギッシリと並んでいる。
「すごい量ね…… 戦争でもあったの?」
「戦争じゃないですけど、それに近いですね。騎士の皆様がトロールの一斉駆除に乗り出したので」
「トロールを? 急な話ね」
「『デュベル』さんって方を御存知ですか?」
「うん、中央から来たAランクハンターだよね?」
「はい、その人です。その人が『トロールブリッジ』を占拠してたトロル・キングを討伐したでしょう? これを機に二度と橋を占拠されないようトロール一斉駆除を始めたそうです」
ニーアさんは更に詳しい事情を説明してくれた。
この100年、プロキオン公国はトロル・キングに苦汁を舐めさせられていた。
だがその魔物の首を他国のハンターに獲られてしまったので、騎士達の面目丸潰れ。市民からも冷たい目を向けられる……ように感じた。
なので名誉挽回に必死なのだそうな。
また、修理依頼が殺到しているのはこの店だけではなく、他店も似たような状況らしい。
「それで半月かぁ……そんなに時間をかけたら、美味しい賞金首を全部、中央のハンターに取られちゃう……」
「ま……まぁ、杖もバングルも予備があるし、すぐ修理しなくても大丈夫だよ、多分」
「……そうね、多分大丈夫よね。仕方ない、それは後回し! それじゃ『全快ポーション』を下さい」
「あ……すいません、そちらも品切れです……」
「はぁっ!?」
目を剥き声を荒げてしまうイリス。
「ちょっとイリス……落ち着いて」
「ご…ごめん、つい……。でも、どうして―― あ……」
言葉の途中で気づいた。強敵相手に全快ポーションは必需品である。トロールと戦う騎士達だって当然欲しがるだろう。
「お察しの通り、騎士の皆様がお買い上げになられまして…… おそらく他のお店でも同じかと」
「つ……次の入荷はいつ!?」
「早くても一ヶ月は……」
「一ヶ月!? あ〜もう! どこまで祟るのよ! デュベルってやつは!!」
「ちょっとイリス落ち着いて…… その人は別に悪くないだろ」
普通に仕事をしているだけのデュベルさんに対し、それは言い過ぎだろうと窘める裕真だが、彼女の興奮は収まらないようだ。
「……仕方ありませんね。その間、
「なにを呑気なことを! 賞金首全部取られても良いの!?」
「でも全快ポーション無しで賞金首と戦えませんよ? 命綱無しで崖を登るようなものです」
「大丈夫よ! こっちには秘密兵器のユーマ様がいるんだから!!」
「は?」
どうやら自分のチート能力を過大評価しているらしい。
貴重な協力者である彼女に、水を差すようなことを言いたくないが……
「イリス……今の俺じゃ自分の身しか守れない。ナッツイーターが男のアレしか喰わないといっても、戦闘になれば女だって狙うはずだろ?」
「だから大丈夫だって! ちゃんと作戦を立ててるんだから!! 私を信じて!」
……本当に大丈夫なのだろうか?
まぁ、イリスの方がハンターの先輩で、戦闘経験豊富なのは確かだ。
その彼女がここまで言うのなら平気……なのかな?
この後、ユーマ達は移動力が上がる魔道具『カモシカの靴』を三足、筋力が上がる『ゴリラアーム』を二双購入し、店を後にした。
その光景を一部始終眺めていた者がいたことに気付かず。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
《 ゴリラアーム 》
耐久力200 2,000マナ
効果:筋力上昇
戦闘以外にも工作や工事などにも使用される。
《 カモシカの靴 》
耐久力300 1,500マナ
効果:移動力上昇
険しい山道でも楽々歩ける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【 マイラの南西の平原 】
自信満々(?)なイリスに率いられ、早速『ナッツイーター』討伐に向かった。
件の怪物は街の南西にある『クルミの森』をナワバリにしているらしい。
その名の通り胡桃の木が生い茂る森で、大量のナッツが実っているのだが、それではナッツイーターの食欲を腹を満たすことはできない。
求めるものは人間の睾丸のみ。
故に常時空腹で気が立っており、男性を見るや即座に襲い掛かるそうな。
この怪物に対し、もっと入念に準備するべきじゃないかと意見したが、イリスは「大丈夫!」の一点張りだ。本当なのだろうか?
だがそんな不安も、歩いているうちに薄れてきた。
「おおっ! この『カモシカの靴』ってめっちゃ快適! 脚に羽が生えたように軽い!!」
魔法によって自分の脚力が強化されるという未知の体験に、足だけでなく心も浮き立つ裕真。
その様子を二人のカンヴァス人が微笑ましげに見つめていた。
「でしょう? ですがもっと早く歩ける靴もありますよ? ペガサスの靴とか、セブンリーグブーツとか」
「そうね、買えるなら買いたいわね。これから賞金首追いかけて国中歩き回るんだし」
などと出発前の不安も何処にやら、談笑しながら歩いていると――
「うぇ…… なにこれ……!?」
「ひっ!!! こ……股間がっ!!」
クルミの森まであと半日という地点にある平原、そこに7〜8人の人間が転がっていた。しかも全員、股間から大量の血を流して……。
あまりに凄惨な光景に裕真の足が竦む。だがハンターの少女二人は、恐れることなく犠牲者に近づいた。
「……ダメだわ、死んでる」
「股間のアレを齧り取られてますね……。まさかナッツイーターの仕業!?」
「そんな……ここは『クルミの森』からまだ遠いのに!?」
予想外の事態に困惑する一同。そんな時、犠牲者の1人から呻き声が聞こえた。
「うう……」
「この人、まだ息がある!!」
「マーク!? マークじゃないの!! いったい何があったの!」
それはギルドで出会った、イリスをからかっていた人だった。どうやらマークという名前らしい。
後に聞いた話だが、彼は相方のタッキー(イリスをからかっていたもう1人)と、そのほか数人のハンターとパーティを組み、魔狼狩りに出ていたそうだ。
マークはよろよろと上体を起こすと、か細い声で語る。
「ナッツイーターが……急に襲ってきて……お……俺は念の為に買っといた全快ポーションのおかげで助かった……
裕真は「おおぅ……」と呻き、目を覆った。
マークの股間も赤黒く染まっている。つまりそういう事である。
全快ポーションでは失われた部位まで治らない……。
「タッキーのアホめ……あれほどケチらず買っておけって言ったのに……」
マークはそう呻くと遺体のひとつに目を向ける。それは彼の相方のタッキーだった。
自分は急所を齧り取られた痛みで失神しそうになるものの、気力を振り絞り、全快ポーションを飲んだおかげで助かった。
タッキーも同じようにポーションを服用したが『全快』以下の物では出血を止められず……。
裕真はその人が全快ポーションを買わなかった理由に共感できた。
日本円にして10万円近い出費、節約できるならしたくなる。
だが、その判断が生死を分けてしまった。
命が懸かった物にお金を惜しんではいけない……という教訓を胸に刻むのであった。
「でもなんでここに現れたのでしょう? ナワバリから大分離れてるのに」
魔物がナワバリを変える理由……イリスはしばし黙考し、つい最近起きた“大きな変化”に思い至った。
「トロル・キング……トロル・キングが倒されたからよ! この近辺はトロル・キングとその手下達のナワバリだった! でもそいつが居なくなって、ここは空白地帯に!」
「それでナッツイーターが自分のナワバリを広げたと?」
「あ~、そういうのテレビで見た事ある……。害獣を駆除したら、そいつのエサになっていた獣が繁殖して、被害が拡大しましたってやつ!」
「この辺りは街道も近い……そこを利用する大勢の人達が犠牲になっちゃう!!」
その光景を想像し、戦慄した。
街道に転がる無数の犠牲者……。
その中には先日助けたアツシさん一家のような人達も含まれる……。
「嫌だとかキモイとか言ってる場合じゃ無かった! 一刻も早く駆除しないと!!」
【 現在の所持魔道具 】
ショックボルトの杖
耐久力 900/3,000
ショックボルトの杖(予備)
耐久力 3,000/3,000
シャドウボルトの杖
耐久力 1/3,000
シャドウボルトの杖(予備)
耐久力 3,000/3,000
ガードバングル
耐久力 1,990/2,000
マジックバッグ
耐久力 2,780/3,000
ゴリラアーム
耐久力 100/200
(試験運用で消費)
ゴリラアーム(予備)
耐久力 200/200
カモシカの靴
耐久力 299/300
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