第7話 賞金首

 

 プロキオン公国首都『マイラ』、その街の工業区間に一際異彩を放つ建物があった。


【 ハンターギルド直営 魔物加工所 】


 牢獄か要塞のような堅牢な壁に囲まれたそれは、その名の通りハンターが持ち込んだ魔物を買い取り、解体、加工し、商品として出荷できる状態にする施設である。

 そんな施設が要塞並みに守りを固めているのには二つの理由があった。

 まず魔物の素材には宝石や貴金属並みの高値が付く物があり、それらの窃盗、強奪を防ぐ為。

 もう一つは持ち込まれた魔物が暴れ出した時、外に逃がさない為だ。

 もちろんハンターは持ち込む前にトドメを刺しているが、魔物の生命力は人類の想像を上回っており、死んでるように見えて実はまだ……という例が多々ある。

 なので、そうした事態が起きても対処できるよう設計されているのが魔物加工所なのである。


 もっともその堅牢な守りも、日中は扉が解放され自由に出入りできるようになっていた。

 不用心ではないかという指摘を稀に受けるが、扉は分厚い鉄でとても重く、なおかつ頻繁にハンターが出入りするので、いちいち開閉するのが面倒なのだ。


 怠慢といえば怠慢だが、それを咎めるハンターはほぼいない。

 ここに持ち込まれる魔物は小物ばかりで仮に息を吹き返しても簡単に対処できる、そこまで神経質になる必要はない。ヒドラなど首を刎ねられても死なない魔物も存在するが、そんな大物はこの街周辺にはいないし、ましてや自分達から狩りに行くなど絶対無い。

 ……と皆が思っているのだ。


 一仕事終えて換金に来たマークもその1人だった。

 今日の獲物は魔狼ワーグ、討伐レベルは5、野生の狼より一回り大きく、これが狩れるようになればハンターとして一人前だと言われている。

 しかしマークには、この程度が限界だった。

 若い頃は……今も25で全然若いが、ハンターを志した15の頃は、いずれドラゴンやデーモンだって討ち取れる一流のハンターになってやる、と息巻いたものだった。

 だが年月が立つにつれ自分の限界が見えてきて、ドラゴンなどとても敵わない目標だと気づいた。


 ふと周囲を見渡す。

 今日も開きっぱなしの扉を通り、獲物を担いだハンター達が次々にやってくる。

 彼らの獲物はオオネズミ、オオガラス、アルミラージ、魔狼ワーグ、マニコイド、ベビートレント、キラートマト……などなど、いずれも討伐レベル10を越えない小物ばかり。

 自分の腕前に折り合いをつけ、日銭を稼ぐためにリスクが少ない獲物を狩っているのだ。

 この中の大半は自分と同じように夢破れた者で、残りはこれから夢破れる者たち。

 そう考えると安堵すると同時に、わずかばかりの寂しさも感じる……。


 そんな感傷に浸りながら歩いていると、最近『ミッドランド』からやってきた新人と目があった。

 名は『シノブ』。ハンターランクは『E』、黒髪黒目で長身痩躯、それに加えて生白い肌が印象的な男。年は自分と同じくらいに見える。

 シノブは気さくで話し上手で、この街のハンター達とたちまちに打ち解けていった。マークとも気軽に挨拶を交わす仲になっている。


「よう、今日の成果はどうだい?」


 マークがいつものように声をかけると、シノブは肩に担いだ棒を掲げて見せる。

 それには額に鋭い角を生やした兎、『アルミラージ』が6匹も吊るされていた。



  + + + + + + + + + +

 

 魔獣属【アルミラージ】 討伐レベル4


 額から鋭い角を生やした兎の魔物。兎だが肉食で人間を襲う。

 主な攻撃方法は額の角を使った刺突。普段は草むらに潜み、獲物が近づくと強靭な脚力で飛び掛かり、首や心臓に角を突き立ててくる。

 また、後ろ足から繰り出される蹴りにも注意。腕の骨をへし折るほどの威力がある。


  + + + + + + + + + +



 マークは大したもんだと感心した。アルミラージはフワフワな外見とは裏腹に、けっこう危険な魔物である。たかが兎と舐めて心臓を串刺しにされるハンターが後を絶たない。それに加えオオネズミよりも賢く、勝ち目がないと踏んだらすぐに撤退する。足が速いので追撃は困難だ。

 それを1人で6匹も狩るとは、なかなかの腕である。まだEランクらしいが、試験を受ければすぐにでも昇格出来そうだ。


「へぇ、大量じゃないか」

「ああ、夕飯はちょっと贅沢して“下り物”にするつもりだ」


 シノブが言う「下り物」とは、このマイラの街から遠く離れた大都会、オリオン連合王国の首都『トリスター』から輸入される食品の事である。

 マイラで生産される物より高品質で美味、もちろんお値段もお高めで、マイラ市民の偶の贅沢として重宝されていた。

 そしてアルミラージはオオネズミより10倍以上の値で売れる。それが6匹分もあれば、独り者がちょっとした贅沢を楽しむのには十分だろう。


「おお、それは良かったな。……ところでアンディを知らないか? 最近見かけないんだが」


 アンディは製材所の工員だが、賭博の借金を返済する為にハンターを始めた男。マークとは特別仲が良いわけでは無く、顔見知り程度の関係である。

 だが同じハンターとして多少の仲間意識があり、死なれでもしたらやはり気分が悪い。


「ああ、あいつならネズミ平原に行ったぜ」

「……は? おいおいおい! あそこは1人で行く場所じゃないだろ! なぜ止めなかった!?!

「一応止めたさ、あそこは危険だって。だがあいつは所詮ネズミだって言って聞かなかったのさ」


 マークは頭を抱えて呟いた。またか……と。

 『ネズミ平原』がオオネズミの群生地で危険な場所だというのは、この街の住人全てに周知されている。

 だが一度でもオオネズミと戦い、倒した者は油断してしまう。

 弱い。こんな弱い魔物、何百匹いても怖くない、俺なら倒せる、楽勝だと。

 こうしてこうして思い上がった新米が毎度のように犠牲になるのだ。

 ハンター界隈ではその現象を「オオネズミの罠」と呼んでいる。


「数の暴力の恐ろしさを理解してなかったらしい。“ネズミも群れれば竜になる”って格言もあるのにな。まぁ生きて帰れたらハンターとして一段成長するだろ」

「お前って奴は……!!」


 シノブのドライな態度に激昂しかけたが、言葉に詰まってしまった。

 よくよく考えれば自分がその場面に居合わせても、そこまで必死にアンディを止めようとしなかっただろう。説明して分からないなら一度痛い目に会えと思う。

 だがそれでも苛立ちを覚えてしまったのは、好漢だと思っていた奴の冷徹な一面を見てしまったからだろうか?

 などと懊悩していると、買取窓口の方に人だかりが出来ていた。

 何事かと覗き込んでみると……


 Dランクハンターのイリスと、その仲間と思わしき少年少女が、大量のオオネズミを床に並べていた。



「オオネズミをあんなにたくさん……」

「100匹以上はいるぞ! そんな数どこで見つけたんだ?」

「ネズミ平原で狩ってきたらしいぜ?」

「マジかよ……津波のように襲ってくるネズミの群れを倒したのか!? トロールだって食いつくす大群を?」

「というか、あの数をマジックバックで? どんな魔力してるんだ」


 加工所に居合わせたハンター達が騒めく。

 オオネズミが弱い魔物といっても、この数を倒すのは容易ではない。たちまち周囲を取り囲まれ、四方八方から喰いつかれてしまう。だからこそ『ネズミ平原』は恐れられているのだ。

 更に獲物100匹をマジックバッグに収納してたという点も驚きのポイントだ。マジックバッグの収納量は所有者の最大魔力で決まる。普通のハンターなら2〜3匹、魔法主体のハンターでも10〜20匹が良いところだ。つまりこれをやった人物は国の中でも有数の天才、王宮魔術師クラスである事を示している。


「……なんかメッチャ目立ってない? 小分けにして売った方が良かったんじゃ――」

「それじゃ《保存プリザーブ》の効果が切れてしまいますよ」


 注目されることに慣れておらずオドオドする裕真とは対照的に、アニーは涼しい顔をしていた。

 ちなみに《保存ブリザーブ》とは、見えない魔法の庇護膜で対象を覆い、腐敗、乾燥、劣化、汁漏れなどを防ぐ魔法であり、主に食品の保存に使われる。

 腕の良い魔術師がかけた《保存プリザーブは千年でも二千年でも持続し、古代遺跡から発見された食品がまだ食用可能だったという事例が数多く報告されている。

 しかし残念ながらアニーはまだその域に達していない。持続時間はせいぜい24時間である。


「大丈夫だって。まだ腕の立つ魔術師で済む範疇だから」


 周囲のざわめきと視線に対し、イリスも平然とした態度をとる。

 ネズミ平原で百匹以上のネズミを倒し、持ち帰る。それ自体はCランク以上のハンターなら不可能な事ではない。

 だが裕真がしたのは、チート魔力で百匹どころか数千匹をまとめて吹き飛ばすという離れ技であり、Aランク、もしくはSランク相当の実力がなければできない芸当だ。

 それを知られれば今以上の大騒ぎになる。黙っているのが賢明。そう考えたイリスは内心を悟られぬよう、務めて平静を装うのであった。


 だがその様子がマークには気取って取り澄ましているように見えた。


「イリスがやったんじゃねぇな…… あいつの仲間か! あいつ、遂に“Sランク”を目指せる仲間を見つけたってことか!?」


 マークは歯噛みした。分不相応な夢を見てやがると笑いものにしていた少女が、その夢に向かい一歩前進したのだ。

 自分は小さなこの国で小さく纏まってしまったのに、彼女は先に進んでいくというのか……


「ははは、こりゃドエラい新人が入ってきたな」


 そんなマークを余所に、シノブは軽やかに笑うのであった。




    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




【 宿屋 おおとり亭 】


「かんぱーい!」

「おつかれさま~」


 加工所での換金を済ませた裕真達は、さっそく『おおとり亭』で祝杯をあげた。

 売却したオオネズミは120匹。1匹の買取価格は解体手数料差し引きで5マナ。

 それにクエスト達成報酬の50マナを足して750マナの稼ぎ。

 これは日本円に換算すると約7万5千円相当になる。


「やはりネズミではあまり儲かりませんね。まぁ新人の初クエストにしては上々ですが」

「あ…… 今更だけど、生態系とか大丈夫かな? ネズミを大量虐殺しちゃったけど……」

「……せいたいけい?」


 イリスが目を丸くする。裕真の世界では学校の授業で習う事だが、こちらでは必修科目でないらしい。


「大丈夫ですよ、あの程度で壊れる生態なら人類は苦労しません」


 一方、アニーには意味が分かるようだ。やはり魔術師だけあって色々勉強しているのだろう。


「あいつらは魔物の中でも特に繁殖力が高いんです。一ヶ月……いや半月もしたら、また元通りですよ」

「そんなに早く……てか、食料とかどうしてんの?」


 裕真はネズミ平原の光景を思い出した。ネズミ達が穴ぼこだらけにした荒野には雑草がまばらに生えているだけだった。あの無数のネズミ達が食っていける環境とは思えない。


「『魔力』よ! 魔物は水や食料が無くても、土地の『魔力』で生きられるの!」


 自分に理解できる話題になったので、嬉々として加わるイリス。


「だからあいつらはどんな場所でも住みつくの。砂漠でも雪原でも閉ざされた古代迷宮でも」

「そいつは恐ろしいな……」


 ぞっとする話である。つまりこの世界では、人が住めないような土地でも魔物達は平気でのさばり、繁殖し、人を襲い――ん?


「その魔物がなんで人を襲うのさ? 食わなくても生きていけるんだろ?」

「それは私達人類と同じよ」


 イリスはビールの入ったジョッキを掴み、裕真の目の前に掲げる。


「人は生きるのに必要無いけどビールを飲む。魔物も必要無いけど人を食べる。ただ美味しいからという理由でね」


 そう言うとジョッキの中身をぐいっと飲み干した。


「娯楽か……」

「ええ、だから魔物を可哀想なんて思う必要は無いのよ。狩ってお金に代えるのが世のため人のためなのよっと!」


 今度はおつまみのソーセージに勢いよくフォークを突き立てた。魔物に見立てたのであろうか?


「とは言え、やっぱオオネズミ程度ではね。もっと大物を狩って稼がないと。お金を集めることが強くなる近道だし」

「お金で?」

「そうよ、人類はどうやって魔物と戦ってると思う?魔力も身体能力も遥かに劣っている人類が」


 そう言われて裕真は暫し考えた。例えば最初に戦ったヒル・トロール。あんなのが日本に出たら、警察どころか自衛隊が必要になる。

 それを猟銃も戦車も無しに倒すとしたら、やはり――


「……魔法?」

「そうよ『魔法』よん、人は魔法の力があってよーやく魔物と対等に渡り合えるの」


 ソーセージを齧りながら答えるイリス。酔いが回ってきたのか、若干呂律が怪しくなってきている。

 そんな彼女に代わって、アニーが解説を引き継ぐ。


「それで人が魔法を使うには四つの方法があります。まず真面目に修行して魔法を習得する……つまり魔術師になることです。ですが、それには数年から数十年の歳月がかかりますし、本人の資質も影響しますので万人向けじゃありません」

「へぇ、やっぱり難しいんだ」


 言われてみればハンターが集まる加工所にも、一見して魔術師と分かる人は少なかった。


「で、他の三つですが、こちらはお金さえあれば誰でも魔法を使えるようになります」

「お金だけ? 修行とかはいらんの?」

「ああ、もちろん上手に扱うには訓練が必要ですが、ただ使うだけなら、という意味です」


 なるほど、銃みたいなものかと脳内補完する。

 引き金を引くだけなら誰でも出来るが、的に当てるには技術がいる……みたいな。


「それでその手段ですが、ひとつは『精霊』と契約する、ひとつは神々から『祝福』を受ける、そして最後は『魔道具』を手に入れる……という感じですね」

「精霊に祝福? 魔道具は分かるけど」 

「『精霊』とは万物に宿る霊的な存在で、それと契約することで精霊が持つ魔法を行使できるのです。『祝福』はその神様バージョンですね」

「ああっ! はいはい! 地球でもそういう話があるよ。神様とか悪魔とかから力を借りるってやつ」


 真偽はともかく、地球にも魔術の伝承は存在する。

 白魔術、黒魔術、陰陽術、シャーマニズム、ドルイド、ブードゥ……。

 神、天使、悪魔、精霊など、霊的な存在から力を借りるというのは魔術の定番だ。

 もっとも裕真が真っ先に連想したのは、なにか精神世界から自分の分身的な存在を召喚して戦う某有名RPGだったが。


「で、その契約にお金が必要なの? 精霊がお金貰って何に使うのさ?」

「ユーマさん、忘れてません? この世界のお金が『魔力』から作られているのを。『魔力』は魔法の力の源で、精霊達にとっても価値がある物なのです」

「……!! なるほど! そういうことか」

 

 『魔力』を原料に作られた『マナ硬貨』最大の利点がそれである。精霊やデーモンといった人外の者との取引にも使える。

 裕真は素直に感心した。超常的な存在が当たり前に存在する世界ならではの発想だと。


「ちなみに私は剣と弓の精霊と契約して、風の神の祝福を受けているわ!」

「私はキノコの精霊と契約して、大地神の祝福を受けてます」

「剣と弓とキノコ……? そんな精霊もいるの? シルフとかサラマンダーじゃなくて」

「言ったじゃないですか、“精霊は万物に宿る”って」


 ふむ……と裕真は唸った。どうも自分が想像している精霊とはちょっと違うようだ。強いて言うなら付喪神みたいなものだろうか? 俄然興味が湧いてきた。

 

「なんか面白そうだ。俺も契約出来る?」

「あ~、ゴメン、それは分からない。異世界人でもOKなのかどうか……」

「む……そうか、そういう可能性もあるのか……」

 

 裕真とイリス達、地球人とカンヴァス人、一見同じ人間のように見えるが、実は見えない所で決定的な違いがあるかもしれない。

 細胞とか遺伝子とか、もしくは霊魂とかエーテル体とかいったオカルト的な部分で。


「それよりあなたの場合、冥王様の説明通り魔道具を集めた方が確実だと思いますよ。有り余るMPを最大限に生かすなら魔道具が一番です」

「あ~…… やっぱそうした方が良いのかなぁ?」


 裕真は冥王に若干不信感を抱いている。なので冥王の言う通りにするのは抵抗があるのだが…… 邪神討伐をしてほしいという話まで嘘とは思えないし、裕真が戦闘面で不利になるような事は言わないと思う。 ……多分。


「攻撃は基本の三属性…… 《火球ファイアボール》、《氷柱アイススパイク》、《雷撃サンダーボルト》の三つは揃えたいわね」

「生け捕り用に《氷棺アイスコフィン》、アンデット対策に《聖光ホーリーライト》も欲しいですね」


 仲間達はなにやら魔法の名称らしき単語を羅列する。

 当然裕真の知らない魔法だが、名称だけで効果が想像できるタイプなのは助かる。コルツだのラハリトだの独自の単語だったらヤバかった。


「防御も固めたいわね、命はひとつしか無いし」

「《ガードバングル》だけじゃ足りないのか? トロールに殴られても平気だったんだけど」


 裕真はスマホのカメラで《ガードバングル》を覗き込んだ。

 すると【990/1,000】という数値が表示される。

 この数値がバングルの耐久力で、つまりトロール……体長8mの怪物に殴られても10ポイントしか減っていないという事だ。これなら大抵の攻撃はバングルだけで防げそうな気がする。

 だがアニーはゆっくり首を横に振る。


「足りません。《ガードバングル》は直接的なダメージしか防いでくれませんから。毒や呪詛といった搦め手への対策が必要です」


 搦め手……ゲーム的に言うと状態異常攻撃だろうか。

 確かにそれは必要だ。難易度高めのRPGだと、どんなにレベルが高くても雑魚が放つ即死魔法で倒されたりするし。


「呪いを防ぐ《ホーリーアンク》、毒を防ぐ《バイパーリング》、病気を防ぐ《神樹の腕輪》、ガスや酸欠を防ぐ《そよ風のイヤリング》、精神攻撃を防ぐ《ドルフィンヘルム》……これぐらいは揃えたいわね」

「身体能力向上のアイテムも欲しいですね。腕力を上げる《ゴリラアーム》、足が速くなる《カモシカの靴》、反射神経を強化する《ハヤブサの腕輪》、再生力を上げる《トロールリング》……」

「え……そんなに? ちょっと待って、覚えきれない」


 自慢じゃないが裕真は記憶力に自信が無い。いや、はっきり言ってザルだ。


「覚える必要は無いわ。どうせまだ買えないし」

「ああ、そう? それって全部揃えるのにいくら掛かるの?」

「あなたが使うなら耐久力が高い高品質の物じゃないとダメよね?」

「うん」


 魔法の威力は注ぎ込んだMP量で決まる。そして魔道具の耐久力は発動した魔法威力に応じて消耗していき、耐久力を上回る威力の魔法を使おうとしたら故障する。

 つまり魔道具の耐久力が魔法威力の上限となる。

 《100万MP》というチートを生かすには、少しでも頑丈な魔道具が必要なのだ。

 

「……え~と、だいたい50万ぐらいかな?」

「日本円で約5000万円…… オオネズミ10万匹分かぁ……」

「あはは、いやいや、そんな数買い取ってもらえないから。大丈夫、稼ぐための手段も考えてあるわ」


 そう言うとイリスは懐から一枚の紙を取り出す。

 それには恐ろしげな怪物の肖像が描かれていた。その姿はヒル・トロールに似ていたが、それを一層ゴツくした感じである。

 そして肖像の下には以下の文が加えられていた。



 + + + + + + + + + +


  DEAD OR ALIVE


 妖精属 【 トロル・キング 】

   討伐レベル50


  賞金 500,000 マナ


 + + + + + + + + + +



「……これは?」

「『賞金首』よ。あまりに強すぎたり被害が大きかったりする魔物は、高額の賞金が掛けられて指名手配されるの。この『トロル・キング』は南にある『トロールブリッジ』を百年ものあいだ支配している化け物よ」


 百年という数字に裕真は目を剥いた。日本だったら大正時代、文明開化がどうとか言ってた時代まで遡るのだから。


「百年も!? この国の軍隊は何やってたのさ!?」

「魔物だってバカじゃないわ。敵わない数の人間が来たら森に逃げる……、そして軍が引いたらまた橋を占拠する、その繰り返しよ」


 森の中は魔物の領域である。追撃しても生い茂る木々のせいで数の理を生かせないばかりか、トロル・キング以外の魔物まで襲ってくる。

 ではせめて橋が占拠されないよう兵を駐留させれば……という意見も出るが、それには結構な費用が掛かる。ケチって中途半端な数を配備してもトロル・キングに蹴散らされてしまう。

 結論として橋は放置され、トロル・キングの住処『トロール・ブリッジ』と呼ばれるようになったのだ。


「うわぁ… いやらしいことする……」


 環境を利用し狡猾に逃げ回る魔物……そんな奴をどうやって倒すのか……

 ……いや! 逃げるのが厄介なら、逃がさなければ良い!

 イリスがどのような作戦を立てているのか、なんとなく想像できた。


「つまり、こいつを討伐するには、相手が逃げ出さない少人数で近づく……。そして油断して襲ってきたところを俺の全力魔法でぶっ倒す……という作戦?」

「その通り! こいつの身体は普通のトロールより何倍もデカイし、外すことは無い……と思うわ」


 後半、イリスの声が萎む。まだ裕真の能力が未知数で、本当にトロル・キングに勝てるか自信が持てないからだ。

 だが裕真は挑戦してみる価値はあると考えた。仮に魔法を外して反撃を喰らったとしても《ガードバングル》が守ってくれる。同種の魔物『ビル・トロール』の攻撃を喰らった時は、耐久力1,000のうち10しか削れていなかった。

 いかにトロールの親玉といっても、さすがに百倍の攻撃力があるとは思えない。


「それで50万か… やってみる価値はあるな!!」


「あの……横からで失礼ですが、よろしいですか? お話が聞こえてしまったので……」


そう声をかけてきたのは、この宿の女将雲雀ひばりさん。ちょうど追加のビールを運んできてくれたところだ。


「なんですか? 女将さん」

「トロル・キングなら先日倒されましたよ? 『ミッドランド』から来られたAランクハンターさんに。」

「……は!? はい!?」


 ほろ酔いでトロンとしていたイリスの目が一気に見開かれた。雲雀さんは申し訳なさそうにしつつ話を続ける。 


「なんでも、『デュベル』という方らしいのですが、御存知ですか?」

「……あ! 聞いたことあります! 私も『ミッドランド』で修行してたので!!」


 茫然としている親友の代わりにアニーが答えた。

 『ミッドランド』とはこの世界の文化、経済の中心地で、前述の『王都トリスター』もそこにある。

 そしてここマイラの街は『アウトランド』と呼ばれる地方にあり、ざっくり言うと田舎である。


「ハンターとしてはもちろん、慈善家としても有名な方ですよ。稼いだお金のほとんどを恵まれない子供の為に寄付してるとか」

「へぇー…… すごいじゃない。くっ…… 私の50万が……」

(私のって…)


 こちらはまだ手を付けてもいないのに、気が早すぎだろ……と突っ込みたくなる裕真だが、なんか本気で悔しがっているようなので口には出さなかった。


「仕方が無い…… ここは計画を変更して『ナッツイーター』を狙いましょう」


 イリスは気持ちを切り替える為か深呼吸すると、懐からもう一枚の指名手配書を取り出す。それを見て今度はアニーが目を見開いた。


「ええっ! あの『ナッツイーター』を!? ある意味、トロル・キングより危険なのに……」


 ナッツイーター? 直訳すると「クルミ食い」?

 裕真はキョトンとした。リス科の小動物みたいな名称のどこに驚く要素があるのだろうか?


 ……いやまぁ、賞金首なのだから、凶悪なモンスターなのだろう。

 可愛らしい名前だけど、可愛くないんだろうなぁ……




    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 【 マイラの街 南西 クルミの森 】



 ナッツ、ナッツ、ナッツが食べたい♪


 食べたい♪ 食べたい♪ くださいな♪



 クルミの木が立ち並ぶ森に、不気味な歌がこだまする。

 その森の中をボロボロの鎧を纏った男が全力疾走していた。歌声から逃れようとしてるかのように。


 鎧はほんの数十分前まで新品だった。鋼より硬く、軽く、錆びない、ミスリルという金属で造られ、それに《防御強化アーマーアップ》の魔法も符呪し、より一層堅牢になった自慢の一品だった。


 だがあいつには…… あの『ナッツイーター』にはまるで役に立たなかった!

 奴の牙はミスリルの鎧をクッキーのように噛み砕いた!

 一緒に狩りにきた仲間達も、奴の餌食に……



 ください♪ ください♪ 食べたいな♪


 プリプリのナッツ♪ コリコリのナッツ♪


 あなたの“ナッツ”をくださいな♪



 おぞましい歌声が近づいてくる……


 いやだ! 死にたくない!! あんな…… あんな死に方だけは!!


 「うっ!」


 急に男はバランスを失い、倒れこんだ。

 ウサギの巣穴でも踏んでしまったのだろうか? 一瞬、地面が無くなったかのような――


 ……いいや、無くなったのは地面ではない。


 だ……


 地に伏せる男の前に、歌声の主が現れた。

 それは巨大なリス……体長2mはあるリスが直立してこちらを見つめている。

 そしてその口には、見覚えがあるもの……男の両足を咥えていた。

 ほんの一瞬で必死に逃走する男を追い抜き、痛みすら感じさせない速度でもぎ取ったのだ。

 男は今も痛みを感じてなかった。緊急時に分泌される脳内麻薬が痛覚を麻痺させてくれたから。 

 ……だが、恐怖までは麻痺させてくれない。

 巨大リス『ナッツイーター』は、咥えた足をぺっと吐き捨てた。人間の足など好みではない。『ナッツイーター』が食べたい物はひとつ――


「やっ やめてくれぇぇぇっ! 俺のコレは“ナッツ”じゃない!!」


 男は、今まで一度も出したことがない大声で懇願した。

 だが無意味だった。ハンターがオオネズミやアルミラージの命乞いなど聞き届けるだろうか? 

 もちろん否。それは魔物側も同じである。

 巨大なリスは遠慮なく男の股間に齧り付き、“ナッツ”の味を堪能するのであった。


 ひひ... ひひひ…… ナッツうめぇ……人間のナッツうめぇ!!


 もっとナッツを食べたい! 人間のコリコリプニプニしたナッツを――




 + + + + + + + + + +


  DEAD OR ALIVE


 狂獣属 【 ナッツイーター 】  

    討伐レベル40


  賞金 300,000 マナ


 + + + + + + + + + +





【RESULT】 今回の成果、獲得物


 クエスト:オオネズミ退治の報酬

       50マナ


 オオネズミ120匹の売却金

       700マナ


 街のハンター達の注目


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