第6話 初めての狩猟
野獣属【オオネズミ】 討伐レベル1
それはこの『カンヴァス』において、最もポピュラーな魔物である。
大きさは中型犬ぐらい。高い環境適応力と繁殖力を持ち、森、山、草原、砂漠、雪原、ダンジョン、そして時には市街地にまで、とにかくあらゆる場所に生息する。
その一方で戦闘力は最低レベル。まったく戦闘経験が無い一般人でも、それなりの装備があれば簡単に倒せる。
その肉は多少臭みはあるが柔らかく、毛皮は手触りよく、骨や歯は砕いて肥料に、臓器は錬金術の素材に、尻尾は珍味として重宝され、捨てる所が無い。
故にいつでも安定した需要があり、新米ハンターにとって貴重な収入源となっている。
そんなオオネズミが大量に生息する地が、マイラの街の近く――歩いて半日ほどの場所にある。
そこはシンプルに『ネズミ平原』と呼ばれており、ある程度“腕が立つ”ハンターにとって、格好の狩場になっていた。
「へへ……狩りなんて簡単じゃねぇか!」
そう呟いたのは、新米ハンターのアンディ。
彼はマイラの街の製材所で働いていたが、酒と博打に溺れかなりの額の借金を拵えていた。
それで製材所の給金だけでは返済がままならなくなり、仕方なく副業を始める事になったのだ。
幸いアンディは生まれつき恵まれた体格をしていた。幼い頃からガキ大将として君臨し、成人した後も賭場や酒場の荒くれ者達を腕力でねじ伏せ、周囲から一目置かれていた。
そんな自分だからハンターとしても上手くやれるに違いない。そう考えたアンディはさっそくギルドで登録を済ませ、仕事用の斧を片手に『ネズミ平原』へ殴り込んだ。
オオネズミ狩りは予想以上に簡単だった。
やつらは弱いくせに自分を前にしても逃げようとしない。どころか自ら近づいてくる。
ネズミ達はフワフワの毛皮に覆われた丸っこい体と、くりっとつぶらなお目目を持ち、一般的に可愛らしいと言える姿をしていたが、アンディはそんなの気にせず斧を振るう。
一振りごとに血飛沫が上がり、オオネズミが斃れていった。
「ははっ!こんなに弱えなら毎日100匹だって余裕だ! 借金だってすぐ返せるぜ!!」
足元に積みあがっていくオオネズミの死体が宝の山に見えてきた。こんなに簡単に稼げるなら、もっと早くハンターになれば良かった!!
……などと舞い上がる彼は、先輩ハンターからの忠告をすっかり忘れていた。
『相手がオオネズミでも油断しちゃいけないだろ。たとえ弱くても魔物、一方的に狩られるだけの存在じゃない』
ズブリ……と右ふくらはぎに、何かが食い込む感触がした。
それはオオネズミの牙だった。いつの間にか背後から忍び寄られ、齧りつかれてたのだ。
「ちくしょう!」
痛みに顔をゆがめながら、食らいつく個体の頭を割る。
だが今度は左足に痛みが走った。アンディの意識が逸れた瞬間をネズミは見逃さなかったのだ。
たまらず膝をつくアンディ。ネズミ達は勢いに乗り、肩に、右手に、太腿に喰らいついてきた。
「くそっ!! 寄るんじゃねぇ!!」
殺到するネズミ達を追い払おうと、斧を闇雲に振り回す。
ネズミ達は一旦離れるものの、逃げ出す気配はない。距離を取りアンディの様子を伺っている。
そうしている間にも、更にネズミが集まってきた。
その数は数十……いや数百匹!
「な…なんだこの数!? こんなにいるなんて聞いてないぞ! ひぃっ! 寄るなぁ!!」
後ずさりしながら斧を振り回すアンディ。だが野獣たちは怯える様子も無く、なおもゆっくりと近づいてくる。
オオネズミは愚かな生き物だ。一見して勝ち目が無さそうな相手でも、一齧りぐらい出来るんじゃなかろうか?という希望的観測で襲い掛かる。
だがその愚かさが彼等の最大の武器でもある。食欲に憑りつかれた無謀な特攻が、自分達より強い生物に少しずつ少しずつ傷を負わせ、やがては死に至らしめる。
オオネズミは更に集まってくる。アンディが流した血……大好物の人肉の匂いに魅かれて集まってきたのだ。
そう、人が魔物の肉を求めるように、魔物も人の血肉を求めているのだ……
戦意を消失し、逃げるタイミングを伺うアンディだが、背後にもネズミの群れが迫っている事に気付いた。
囲まれた…… 完全に包囲された!!
その事実に茫然とし、思わず足を止めてしまったアンディ。その瞬間、数百匹の群れが堰を切ったように殺到した!!
四方八方から食らいつかれ、もはや彼に抵抗する術はない。
更に不幸な事に、オオネズミの牙には人間を一撃で仕留められる殺傷力は無い。デザートスプーンで果実を刳り貫くように、小さなお口で少しずつ少しずつ肉を削ぎ取っていくのだ。
全身を貪られる痛みが絶え間なく続く。アンディは気絶する事すら許されず、動脈を食い千切られ失血死するその瞬間まで、肉を抉られる苦痛に喘ぎ、泣き叫び続けたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はい! ここがオオネズミの群生地、ネズミ平原です!」
アニーと再会した翌日、イリスは皆を引き連れ『ネズミ平原』へとやってきた。
「ド直球なネーミングだな……。ここで昨日受けたクエストを達成しろってこと?」
裕真は懐からクエストの受注書を取り出し、見直した。
【 クエスト 『オオネズミ』を10匹討伐せよ 難易度F 報酬50マナ 】
ハンターギルドで登録を済ませたばかりの新人は、一月以内にクエストを一つ達成しなければならない。それが実質的な入門試験である。
そして新人向けのオススメのクエストとして紹介されたのが、このオオネズミ退治である。
書類の確認を済ませ懐にしまうと、次は目前に広がる平原を見渡した。まばらに草が生えてるだけの荒涼とした土地に、いくつか小さな影が蠢いているのが見える。
あれがオオネズミだろうか?
「そうです! やつらは年中発情していて 放っておくとすぐ増えます! だから定期的に狩って、間引く必要があるのです!」
イリスは妙に芝居がかった大袈裟な仕草を加えて語る。まるで情報バラエティのレポーターのようだ。
「そんなワケでハンターギルドではオオネズミ討伐のクエストが常設されています! 難易度も低く新人さんも大助かり! 街も大助かり! ギルドも潤って、みんな幸せ!」
先程からイリスのテンションがおかしい……。
裕真はもちろん、親友なはずのアニーも若干引いている。
しかしそうなるのも仕方ない。イリスは“Sランクになる宣言”をした結果、ハンター間で「やばい奴」という評判が広まり、今までパーティを組んでくれる仲間がいなかったのだ。
そんな風にハブられ続けていたイリスが、ようやく出来た仲間と初めてのクエストに挑むのである。否が応でもテンションが上がる。
「なにか質問がありますか? ユーマくん?」
イリスがぐっと顔を近づける。彼女のワインレッドの瞳に自分が写り込んでいるのが見えるくらいに。
「あっ、はい! 先生! 10匹討伐すれば良いんですよね!?」
彼女の勢いに飲まれ、思わず「先生」などと言ってしまった。
「……ところでどうやって探せば良いんですか?」
「探さなくても向こうから来るわ。このネズミ平原ではね」
そう言うや否や、ちゅう、ちゅう、という鳴き声がどこからともなく聞こえた。
人間の匂いを嗅ぎつけたのか、いつの間にやらオオネズミが集まってきた。イリスの言う通りである、
「うわっ! 本当に来た!」
「こいつらはバカだからね。自分より大きな相手でも一齧りぐらい出来るんじゃないかって襲い掛かって来るの」
「ちょっとイリス……ネズミ狩りなら近場の森で良いじゃないですか……。ここではそいつらが100匹単位で襲ってくるんですよ? とても新人向けの狩場とは……」
先程まで友人の異様なテンションに気圧されてたアニーが、ようやく口を開いた。
彼女が言うように、オオネズミを狩りたいだけならここに来る必要はない。本当にドコにでも生息しているので、マイラの街のすぐ近く……なんなら街の中、地下の下水道でも見つかる。
というかそもそも、ここは新人向けの狩場ではない。ひとたび足を踏み入れれば何百何千というオオネズミに襲われ、トロール(体長8m)でさえ食い尽くされてしまうのだ。
範囲攻撃魔法など集団を蹴散らす手段が無ければ、近づくべきではない場所だ。
だがそんな指摘にイリスは不敵に微笑むのだった。
「ふふふ、ノープログラム。いいから見てて♪」
一方、裕真は集まってきたオオネズミに見惚れていた。
ふわふわした毛皮に覆われた丸っこい生き物。まるで動くぬいぐるみのようだ。
「うわぁ…かわいい……。これを殺すのは気が引けるな……」
裕真は割と動物好きだった。暇さえあればSNSで犬や猫やカピバラの動画を見ていた口である。
「ふふっ、そう言うと思った。じゃあ、足元を見て下さい」
「足元?」
裕真、イリスが言う通り、自分の足元に目を向ける。そこには何か白っぽいものが転がって――
――いや、この形は…… 人間の骨! 頭蓋骨だ!
ちなみにこの人骨は、ほんの数十時間前までアンディだったものである。
その事実を裕真達が知る機会は今後一切無いが。
「じ...人骨っ!? このネズミ達の仕業なのか!?」
「そうよ、弱いといっても魔物は魔物。人肉が大好物で、人を襲うから駆除しなきゃダメなの」
などというやり取りをしている間にも、オオネズミ達は集まり続けた。その数は目算で百匹以上。
すぐに襲ってこないのは、愚かなりに裕真たちから危険を感じたからで、ある程度数が揃ってから襲い掛かるつもりだからだ。
数百のくりくりしたお目目がこちらを見つめている。
裕真の背筋に寒気が走った。人を喰うという事実を知った今、その目がこちらのどこの部位に喰らいつこうかと物色しているように見えた。
「さぁユーマ! あの時のアレをやって頂戴!」
あの時のアレ? 事前の打ち合わせは無かったが、裕真はそれをトロールを吹き飛ばした時のアレだと判断した。
「わかった!一斉駆除だ!! MP100! 《ショックボルト》!!」
杖からほとばしる巨大な衝撃波がネズミ達を襲う!! 集結していた100匹以上がド派手に吹き飛び、宙を舞った!!
その光景を目にしたアニーは、目が点になった。
「な… なんですか!? この威力!!!」
そんなに驚くほどか?と、裕真の方が逆に驚く。
アニーは裕真と違い、魔道具無しでも魔法を使える本職の魔術師である。その彼女からしても、100MPを使った攻撃魔法は驚愕に値するものらしい。
自分が貰ったチート能力『100万MP』の凄さを改めて実感した。
「ね? 凄いでしょ、アニー!! わざわざここを選んだのは、あなたにコレを見せたかったからよ♪」
「い……いったい彼は何者なんですか!?」
「ふふ、実はね――」
イリスはカクカクシカジカと裕真の事情を説明した。
「は? 冥王から邪神討伐を依頼された? で、その為に100万MPを? いやいや、冗談でしょ……。確かに凄い魔法でしたけど、冥王云々は飛躍しすぎ――」
「ユーマ、もっと凄いの見せられる?」
「もっと凄いの? う~ん……」
尚も疑うアニーを納得させられる魔法を見せてやれ、という事か……
杖の耐久力が不安だが、まぁ仕方ない。必要経費だ。
「……それじゃMP1,000、いっちゃうか!」
「いいわね、それ!」
「い……いっせん!?」
「MP1,000! 《ショックボルト》!!」
ネズミ平原の中心部に向かい、先程より更に巨大な衝撃波が放たれた!!
耳をつんざく轟音と共に、大量の土砂とネズミ達が空高く舞い上がり、キノコ雲が形成される。
そして数秒後、巻き上げられた土砂と数千匹のネズミの残骸が空から降り注いだ。
アニーは驚愕した。天変地異。そうとしか形容できない事態が、一人の少年の手で引き起こされたのだ。
「す……すごい……。こんなの私の師匠でも無理……というか人間の域を完全に超えてますね……」
「どう? これで信じてくれた?」
返事はない。灰色髪の若き魔女は茫然とした様子で、少年の声が耳に入らなかったようだ。
「え~と……、まだ信じられないなら、冥王様と話してみる? あと3日もすれば通信が来るけど――」
「あ……いえ、それには及びません。私もその話、信じましょう。その方が面白そうですし!」
我に返ったアニーは先程までの呆け具合から一転、目を輝かせ満面の笑顔でユーマの手を握った。
柔らかな手の感触と、意外と可愛らしい顔をしている事に気付き、ドキッとする。
初体面は大酒飲んで泥酔したうえ、キノコの苗床になったスリを見てけらけら笑うという最悪な物だっただけに、今現在見せているあどけない笑みが一層魅力的に感じる。
……それにしても「面白そう」って。
初対面時に感じた「相当な変わり者」という印象は間違ってなかったようだ。
話が早くて助かるのだが。
「ふふ、あなたならそう言うと思ったわ。さぁ、獲物を回収して帰りましょう。今後の計画についてじっくり話したいし」
「あ~ でも派手に爆破したから、バラバラに飛び散って……」
裕真は自分が作った惨状を眺めながらバツが悪そうに呟いた。
オオネズミを討伐した証明に死体を持ち帰らなきゃいけないのを忘れていた。
アニーに信じてもらう為に派手な魔法を使ったが、《シャドウボルトの杖》で気絶させた方が良かったかと後悔する。
「まぁ、探せば10匹ぐらい原型留めてるでしょ」
「あ、回収なら私にお任せ下さい」
そう言うとアニーはなにやらブツブツと意味不明な言語を呟きながら、右手をひらひらと動かした。
すると手から怪しく光る粒子が現れ、地面に吸い込まれていく。
それから数秒後、粒子が落ちた地点がモコモコと盛り上がり…… 大きな、小学生ぐらいのサイズのキノコが生えてきた!
その数は10体。しかもそのキノコには手足らしき物が付いており、人間のように立ち上がってアニーの前に整列した。
「私の使い魔のマイコニドです。この子達に手伝わせましょう」
+ + + + + + + + + +
妖樹属 【マイコニド】 討伐レベル3
歩くキノコの魔物。湿った森や洞窟の中に生息。
積極的に人を襲いはしないが、近づきすぎると攻撃してくる。
身体能力は子供並だが、毒の胞子を飛ばしてくるので注意。
毒対策を怠った不注意なハンターが時々犠牲になる。
+ + + + + + + + + +
「おお…… 召喚魔法ってやつ!?」
「まぁ、そんなところです」
アニーは『キノコの精霊』と契約している。その力を借り、キノコの精霊界から召喚したのだ。
召喚されたマイコニド達は人間と同程度の知能を持ち、専門的な知識が必要無い簡単な作業なら難なくこなせる。例えば原形を留めているオオネズミの死体を持ってこい、とか。
「ふむ…… 結構無事なのが有りましたね。この120匹が売り物になりそうです」
マイコニドが集めた獲物の山を吟味するアニー。
爆発の規模からして探せばもっとありそうだったが、そろそろ日が暮れる。
今現在ネズミ達は裕真の魔法を恐れて隠れているが、日が暮れれば夜の闇を味方につけて再び襲ってくるだろう。この辺で打ち切って帰るのが一番である。
「あとの残骸は……ネズミ達の晩御飯ね」
「共食い……」
オオネズミという魔物が、ますます可愛くなくなった。
「ところでユーマ、魔物を解体した事ある?」
「……いや、魚ぐらいしか捌いたことない」
学校の家庭科実習でイワシを捌いた時を思い出した。
「じゃあ教えてあげる。まず、喉を割いて血抜きします。これやらないと肉に血の匂いが残って不味いからね」
そう言うとイリスはオオネズミの喉を裂く。切り口から血がドロドロと流れ落ちた。
新鮮な血の匂いに裕真は眉をしかめ、うっと唸る。
「それでココとココに切れ目を入れて、皮をペリペリ~っと。ね? 簡単に剥がれるでしょ?」
手慣れた手つきで皮にナイフを入れ、ぺりぺりっと剥ぎ取る。白い肉が露わになった。
「次にお腹を割いて内臓を取り出して、捨てます。内臓も一応売れるんだけど、傷みやすくて持ち帰るのも手間なんで、私は捨ててるわ」
腹のあたりに切れ目を入れる。臓器がぼろんと溢れ出た。それは魚のワタとは比べ物にならない生々しさと臭気を放っていた。
そんな物に慣れていない裕真は、胃の中の物がせり上がるのを感じたが、なんとか堪える。
次にイリスは肉から臓物をぶちぶちと引き剥がし、地面に捨てた。
「……おっと、『魔石』を忘れてた。オオネズミのはちっちゃいから、ついつい忘れちゃうのよね」
先ほど捨てた臓物に手をつっこんで、ぐちゃぐちゃとかき混ぜる。
「……魔石ってなに?」
裕真はその光景から目を逸らしながら質問した。
「魔物は大気中の『魔力』を吸収して、体内に蓄えるの。それが結晶化したものが『魔石』よ」
「……ああ、冥王さまから聞いたような気がする。それを加工して貨幣にしてるんだよね?」
「そうよ、ただオオネズミのは小さくて見つけにくいし、面倒ならスルーしてもいいわ」
イリスは血と脂でべっとり汚れた手の平を裕真の眼前に差し出した。その上にはパチンコ弾サイズの透明な石が乗っていた。どうやらこれが『魔石』らしい。
「これを5、6個集めて、ようやく1マナ(約百円)ぐらいの価値ね。もっと強い魔物だと魔石だけでも十分な収入になるわ。さ、これで解体終わりです!」
「お…おお…… 肉は美味しそうだね。白くてツヤツヤして……」
「でしょう? 試しに焼いて食べてみる?」
「え…… いや、ここではあんまり……」
平原に目をやった。周囲には吹き飛ばしたネズミの残骸と人骨が散らばっているのである。お世辞にも食欲が湧く環境とは言えない。
「じゃあ、次はユーマもやってみましょう♪」
ネズミの死体の山から一体を掴み出し、ユーマに差し出す。
「俺も!? う…ハンターなら出来た方が良いんだよね……」
裕真はハンターという仕事を甘く見ていたのに気付いた。狩った魔物をお金に代えるには、当然こういう作業が必要なのを失念していたのだ。
お金を稼ぐ為、ひいてはこの世界で生きる為には、血と臓物ぐらいで怯んでいてはダメなのだ……。
「ちょっとイリス…… さっきからユーマさんが引いてるの、分からないんですか? 無理に勧めなくても良いじゃないですか」
苦悩する現代日本人に助け舟を出したのは、意外にもアニーだった。
……意外と言っては失礼かもしれないが、昨日の屋台での出来事から、こういう気遣いをしてくれる人だと思わなかったのだ。
「えー? ハンターに解体は必修事項でしょ?」
「それは普通のハンターのやり方。私達マジックユーザーには別のやり方があります」
マジックユーザーとは魔法の使い手、魔術を本職とする人全般を指す言葉である。
魔術士、錬金術士、神官、シャーマン、占い師などなど。
「え? じゃあアニーさんは解体しないの?」
「ええ、私はやってませんよ。《マジックバッグ》に放り込んで、ギルドの加工所に直接卸します。私の魔力でもオオネズミ30匹は入りますから、ユーマさんなら全部持ち帰れるはずですよ?」
「そのまま持って行ってもいいの!?」
◇ 《マジッグバッグ》仕様説明書 ◇
1.《マジックバッグ》とは、亜空間に荷物を収納できる便利な魔道具です。
2.起動していない状態だと普通のバッグですが、1MP使用でオオネズミ一匹分(中型犬ぐらい)の容量が増えます。
袋の体積と重量はいくら詰め込んでも変化しません。
3.容量拡張の限界は使用者の最大MPか、バッグの耐久力まで。
例えば1MPを10回使用しても、容量は10倍にはなりません。
10倍にしたいなら一度に10MP使用する必要があります。
(例:アニーの最大MPは30なので、オオネズミ30匹分まで拡張できます)
4.MPを1使用するごとにバッグの耐久力が1消耗します。
(よく出回るバッグの耐久力は100程度。ユーマが持つ耐久力3,000の高級品です。)
5.容量拡張の持続時間は24時間。
それを過ぎると中身が亜空間に閉じ込められ、取り出せなくなります。
ですが再びMPを使用し容量を拡張することで取り出し可能です。
6.バッグが破損すると中身は亜空間に消えてしまいます。
なので消えて困る貴重品は入れないのが一般的です。
7.現在の魔法技術では作製困難ですが、さほど貴重ではありません。
遥かな古代、神々の時代から使われている日用品なので、遺跡を漁ればゴロゴロ見つかるからです。
安くはありませんが、一般人でも購入可能な額で売られています。
8.生きている生物は入れられません。死んだ生物は入ります。
ですが、細菌やカビなどの微生物は生物と判定されません!
また腐敗や劣化を防ぐ機能も無いので、食品などを入れる際には注意!!
9.人間は生きてても死んでても入れられません。
誘拐、密航、死体遺棄などの犯罪を防ぐ為のプロテクトです。
稀にプロテクト無しの物が見つかりますが、所持しているだけでも犯罪になるので注意!
10.バッグ形態以外にもボックス、金庫、水筒、冷蔵庫など様々なバリエーションが存在します。
◇ 説明は以上です ◇
「なんだ、丸ごとでも良かったんだ…… そういうのはもっと早く教えてよ」
「私は自分で解体する方が良いと思うけどねぇ…… その方が魔物に詳しくなれるし、手数料取られないし ……いや無理強いはしないけど」
と言いながらもイリスの声は萎んでいく。
よくよく考えたら裕真に解体を教える必要など無いのに気付いたのだ。彼の力なら魔物を解体するより、その時間でもう1体狩った方が効率良く稼げる。
それにマジックバッグを最大まで拡張できるので、価値の高い部位だけ切り取って持ち帰るという事をしなくて良い。
「その……色々教えてくれようとするのは嬉しいけど、正直生き物を解体するのはあんまり――」
「ああっ、いいのよ! アニーみたく解体が苦手な人は普通にいるし、気にしないで!」
裕真が自分を傷つけまいと慎重に言葉を選んでいるのを察したイリスは、逆に申し訳なくなった。
自分が浮かれ過ぎていた事に気付き、反省する。
「別に苦手なわけでは。面倒なだけで……まぁ良いです、早く帰りましょう。今からなら急げば加工所が閉まる前に帰れます」
「ああ、うん、じゃあこいつらは俺のバッグに――」
裕真は獲物を掴み、ひょいひょいとバッグに放り込んだ。
「……あ! なにやってるんですかユーマさん! 《
「……なにそれ?」
アニー、それを聞きたいのはこちらですよ、と言わんばかりのあきれ顔。
「……あなたの世界には無いのですか? 食品などの劣化や汁漏れを防ぐ魔法ですよ?」
「それかけとかないと、血とか排泄物とか色んな汁で荷物が汚れちゃうわよ?」
「……あ~っ!!!」
裕真の荷物がネズミ汁で汚染された。
もっと早く言ってよと抗議したかったが、二人の様子からするにカンヴァスでは指摘するまでもない常識だったようで、黙るしかなかった。
汚れた荷物は街に帰ってからスライムに洗浄して貰ったが、その際に有機物の保存食も消化されてしまった。
まぁ現代日本人の感覚的にネズミのアレコレに触れた食品を食べるのは抵抗があったので、かまわないのだが。
【RESULT】 今回の成果、獲得物
オオネズミ丸ごと 120匹
仲間「アニー」の正式加入
オオネズミの解体手順
マジックバッグの注意点
【 現在の所持魔道具 】
ショックボルトの杖
耐久力 900/3,000
ショックボルトの杖(予備)
耐久力 3,000/3,000
シャドウボルトの杖
耐久力 1/3,000
シャドウボルトの杖(予備)
耐久力 3,000/3,000
ガードバングル
耐久力 1,990/2,000
マジックバッグ
耐久力 2,780/3,000
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